57.死んでやるもんか――SIDE王子

 神殿ひきいる平民混じりの反乱軍に、父上が降参した。貴族達も寝返り、僕はすべてを奪われたんだ。王子としての地位も、豊かな生活も、敬われる立場も。


 何もない。王宮が落ちる前日、父上は僕を逃した。あの時のお顔は忘れない。優しい笑みを浮かべて、僕の髪を撫でた。


「お前は生き残れ。余計なことは考えず、母の実家を頼るといい。少なくとも、成人まで突き放したりはしないだろう」


 持たされた袋には、小粒だが質の良い宝石が入っていた。あとは金貨が少し。指輪や首飾りから外された宝石は、子どもの僕が少しでも多く隠し持てるように考えてくれたのか。革の袋の口を紐で縛り、父上はもう一度僕の頭を撫でた。それから両手で抱き締める。


 国王である父上が、こんな風に振る舞うのは珍しい。だからこそ、これが最期なのだと肝に銘じた。父上のお顔を覚えておきたくて、何度も涙を拭う。一緒に行こうと頼んだが、父上は首を横に振った。


「俺が一緒では逃げきれん。安心しろ、お前が逃げる時間くらい稼いでみせる」


 僕を逃すために、父上が殺されてしまう。泣きながらも、騎士団長に抱き上げられた僕は遠ざかっていく。途中で、用意された馬を使って駆けた。平民のように粗末な服に偽装した騎士団長は、僕を乗せて走り続ける。ずっと無言だった彼が、突然口を開いた。


「ここから先は、一本道です。どうか無事に辿り着かれますよう。ご武運とご健勝をお祈りします」


 馬は手綱を引かれて、ゆっくり立ち止まった。振り返った僕は、目を見開く。そこにいたのは、数人の男達だった。騎士団長は飛び降り、馬の尻を叩く。嘶いて馬は駆け出した。


「いやだ!」


「王の御子でしょう! そのような弱音はいけません」


 彼の叱責に近い言葉の直後、背中に隠していた剣を抜いた彼は、戦いに身を投じた。戻りたいと思うのに、馬は真っ直ぐに走り……僕は必死で手綱を握る。


 生き残って王家の血を繋げと命じる父上や、ご武運をと告げた騎士団長の言葉が、ぐるぐると頭の中で響き続けた。絶対に死んでやるもんか。生き残って、僕を裏切った奴らに復讐してやる。


 古代竜の花嫁なんて知るか。あの子のせいで全部おかしくなった。そうだ、あの子が悪い。王になる僕の未来や、父上達の命を奪った。神殿を唆した古代竜も、ただの長寿なトカゲのくせに。許さない。


 馬はやがて足を緩めるが、僕は考えに囚われていた。早足で歩く馬に揺られる僕は、見覚えのある景色に周囲を見回す。母上の実家がある領地は、何度か足を運んだことがあった。懐かしい道を通り、街を回り込む形で避ける。


 今の僕は追われる身だ。人目につかず到着した方がいいはず。平民のような服を着ていても、軍馬に跨る子どもなんて目立つ。気を引き締めて林を抜けた。ここは屋敷の庭を兼ねていた。だから……。


 ぱっと視界が開け、そこにある屋敷が目に飛び込む。だが屋敷は黒焦げの廃墟と化していた。


「なんで……母上、は?」


 滑るように馬から降り、駆け寄る。手綱を離された馬は、のんびりと草を喰み始めた。よろめく足で近づいた屋敷は、誰の姿もない。これから、どうしたらいいんだ?

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