52.ならば手を下すか

 王家が降伏した話を、得意げに持ち帰ったのはソシアス侯爵だった。まるで自分の手柄のように、誇らしげに語り続ける。その中に、気になる言葉があった。


 国王陛下は潔く投降されたが、王子が見つかっていない。つまりイグナシオはどこかへ逃げた?


「逃がされた、のが近い」


 ギータ様はあっさり教えてくれた。というのも、国王陛下は民にここまでの不満が溜まり、神に見放されたのであれば、国王の座は返上すると口にした。投降した後も抵抗はなく、それどころか護衛の騎士や城の侍女などの使用人も、ほとんどは退職金を払って解雇したらしい。


 破門された直後から動いていたと聞いて、同情より溜め息が漏れた。どうしてここまで出来る人が、あんな愚息を育てたのかしら。それに前回の私に対する仕打ちも、国王陛下は静観した。だから気の毒に思う感情はない。


「国王は幽閉が決まった。この国は宗教国家になるらしい」


 他人事とばかり、突き放した発言をするギータ様は、この先の展開も読んでいるのだろう。ある程度は私も想像できる。宗教国家となれば、当然ギータ様がトップよね。愛娘を花嫁に捧げる両親は、宰相のような地位を狙うわ。


 神殿と対立するか、お互いに利を分け合うか分からないけど。


「お前が思うより、人の欲は深く醜い」


「ギータ様はどうなさるの?」


「花嫁と加護を与えた者を連れて、俺の屋敷に引き篭もるか」


 あの驚くほど長い年月をかけて彫刻した、鍾乳石の神殿? ペキが爪を研ぐわよ。


「その前に、雑事は片付けるが吉だ」


 伏臥した竜が身を起こす。そう宣言された気がした。


「次の仕掛けがようやく動く」


 楽しそうなギータ様は、私の白い髪を指先で掬い唇を寄せた。どきどきして息が苦しくなる。でもやめて欲しくない。じっと見つめる先で、ギータ様はもう一度唇を押し当てた。


 きゃーっと叫んで転げ回りたい気持ちになる。もちろんしないけど。お膝の上に乗るのも恥ずかしかったけど、今は慣れてしまった。だから、いつかこの行為も慣れるはず。そう思う反面、ずっと恥ずかしいままかも知れないと思う。


「最後に公爵夫人を見たのは、いつだ?」


 問われて、そういえばここ最近は顔を合わせていないと気づく。セサル達が噂話を持ち込んだ辺りが、最後かしら。にやりと笑うギータ様の指先が、私の頬を辿った。


「あの女は、自分に都合のいい娘とお人形ごっこをしているぞ」


 意味がわからず首を傾げれば、空中に映像が投影された。一度目の人生で知るテレビ画面みたい。後ろが透けない映像は、大きめの人形と向き合って座る公爵夫人だった。テーブルにはお茶の用意がされ、お菓子を摘みながら公爵夫人は一人で話し続ける。


「狂人みたいです」


「近いが、あれは幻覚と会話している。近いうちに、その幻覚に裏切られて命を絶つだろう」


 そこで様子を見るように私を撫でる。後悔するはずがないわ。復讐を選んだのは私だもの。


「随分平和な最期ですね」


「ならば手を下すか」


 誘う悪魔の誘惑を拒めなかった。頷く私の顔はきっと、ひどく醜い。それでも過去の絶望を思い出せば、心は揺らがなかった。

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