11.王宮からの帰り道で誘拐
お茶会を無事に終えて、帰路に着く。馬車の中で大きく息を吐き出した。王妃殿下の視線が、私の動きに注がれていて、食べた物の味が分からなかったわ。
ジャム入りのローズティーは甘いはずなのに、まったく覚えていない。出された茶菓子の中で一番無難そうな焼き菓子を齧ったけれど、何味だったか思い出せなかった。
二度目の時は、よく叱られたわ。マナーの授業と勘違いするほど、指先の動き一つまで指示が入った。あの頃の私は、甘い物なんて王宮でしか食べられなくて。どうしても二つ三つと手を伸ばしてしまった。それが見苦しいと叱られ、手に鞭をもらったこともあったわね。
それでも、王妃殿下はあまり無理難題を仰らなかった。出来た時は褒めて下さったわ。私が不甲斐ないせいで、数回だったけれど。褒められたのなんて、お祖父様以外初めてで嬉しかったのを覚えている。
両親、妹、使用人、イグナシオ。皆の態度や性格が、記憶にある二度目と真逆になっているのは間違いない。にも関わらず、どうして王妃殿下は以前と同じなのかしら。国王陛下はどうだった? あまり接点のない方だから、区別が付かない。
あれこれ考える私は、突然揺れた馬車の中で転がった。急停車した馬車で頭を打ち、痛みに動けない。何が起きたの? 起きあがろうとした私の耳に、騎士達の声が届いた。
「何者だ!」
「馬車を守れ」
がやがやと騒がしくなる外を見ようと、這うようにして扉にしがみ付く。いきなり開けるのはやめて、窓部分から外を覗いた。
「うそっ……」
野盗らしい。徒党を組んだ粗野な男達が三日月形の剣を振り回し、騎士は防戦一方だった。それもそのはず。安全な王宮との往復なので、護衛の騎士は3人しかいない。対して、野盗は10人以上だった。馬車を守る立場の騎士は、背に馬車を守る形で左右と後ろに立つ。前方の御者は見えなかった。
前回ではこんなことなかったわ。混乱してしまい、対応が出来ない。悲鳴が上がり、後ろを守る騎士がケガをして倒れた。止めを刺そうとする動きに、思わず馬車の扉を開ける。
「やめて! 殺さないで」
「こりゃ……当てが外れた……」
野盗の一人が額を押さえて天を仰ぐ。彼らが口々にこぼす内容から、貴族令嬢を拐って身代金を要求する予定だったらしい。ついでに若い女で発散しようと目論んだ。貴族令嬢ではあるが、今の私では役立たずね。
ある意味ほっとしながら、慌てて駆け寄る騎士二人に指示を出す。
「傷ついた彼を助けてあげて。私はこの人達と行きます。お父様に身代金を用意するよう伝えてください」
この場で最善の方法よね? 誰も死なないし、私は身の危険もない。身代金が入れば帰してくれるわ。
野盗のボスらしき髭の男に、私は一歩進み出た。
「ソシアス公爵家のフランシスカよ。身代金は用意させるので、騎士を殺すのはやめてくださる?」
「……ちっ、しょうがねえ。この嬢ちゃんを連れてくぞ」
「騎士を殺したら、身代金は減額させるわ。でも無事帰したら、増額をお願いできるわよ」
どうせ私のお金じゃないもの。両親がいくら払うか分からないけど、今の溺愛ぶりなら惜しまないと思う。
「交渉上手だな。分かった、手出しはさせねえ。だからお嬢ちゃんは大人しく出来るか」
「もちろんよ、この靴で逃げるほど考えなしじゃないわ」
ひょいっと裾を摘んで、踵の高い靴を見せる。これでは走ることも難しい上、靴を脱いでも貴族令嬢の足では逃げられなかった。柔らかな足の裏は、僅かな棘でも傷つくわ。
逃げないと言い切ったことで、興味を引いたらしい。野盗のボスは、ひょいっと私を小脇に抱えた。
「お嬢様!」
「早く行って、お父様に伝えなさい」
彼らを逃す言葉を紡ぎ、私は涙する騎士達に見送られながら、誘拐された。
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