第12話 薬の原料

 スレーが黒猫になって一ヶ月。イーリスが闇の薬屋で過ごして、ようやく仕事とスレーの黒猫の姿に慣れてきた頃。

 シヴァンはふと言った。


「スレー。もう、時間も経ったから、そろそろ元の姿に戻れるんじゃないか?」


(そうなの?)


 驚いてスレーを見ると、彼はのんびりと言った。


「黒猫の姿が楽すぎて、戻ることを忘れてしまいそうでした。やればできそうですね」


 確かに楽と言われればそうかもしれない。

 黒猫の姿の場合は、水を浴びて、ぶるぶると体を震わせれば身支度は完了。服は着替えなくていいし、四足歩行は慣れたら楽らしい。


 スレーは自分の部屋に入って、元に戻る準備を始めた。姿が戻ったときには、服は身につけていないから、身支度を整えてからということだ。

 シヴァンは呆れて息をはいた。


「あいつ、俺が言わなかったら、ずっと猫のままでいたんじゃないか……?」

「そうですよね。スレーさんも楽だと言っていましたし」

「こっちは動物がいるより、人間がいる方がいいんだよ」

「まぁ、そうですよね」


 人間だったら家事の分担も減る。シヴァンの言うこともわからなくはない。

 スレーは黒猫になったことで、少しは気が楽だったのではないか。


「戻りました!」


 スレーの部屋から喜びの声が聞こえてきて、イーリスはホッとした。

 無事にスレーは、黒猫から人に戻ったようだ。


「お待たせしました」


 そう言って、ドアを開けてスレーが現れる。

 少年姿の黒髪に緑の瞳のスレー。

 毎日会話していたのに、久しぶりに会ったような気分になった。

 人間の姿をまじまじと見てしまう。


「その姿で、その声。ずっと戻らないんじゃないかと心配していました」

「イーリスさんも、お店を手伝っていただいて助かりました」

「たまにドジをするけどな」


 スレーの優しい言葉と、シヴァンのいらない一言が重なった。


「ドジは失礼ね!」


 イーリスはあっかんべー、とシヴァンに向けて舌を出す。

 シヴァンは横で変顔をしているのに無視してきた。

 もう、とむくれる。


「ともかく、ちゃんと戻れてよかったな。これで、ずっとできなかった薬の作成もできるな」


(スレーが、闇の薬屋の薬を作ってたんだ。黒猫の姿だと、鍋で煮たり混ぜたりが難しいよね)


 一ヶ月も薬屋にいたのに、知らなかった。

 煮たり混ぜたりはイーリスの魔法使いのイメージだ。黒いローブを着て、大きな鍋を使って。


「どうやって薬を作るの?」

「それは、企業秘密……」

「教えても構いませんよ。おもな原料は鉱物なんです」


 シヴァンがもったいぶるように言ったが、スレーは快く教えてくれた。


「鉱物って……」

「水晶とか、ダイヤモンドとかですね。原料の値段が高いと、薬の値段も跳ね上がるんです」


 スレーが丁寧に教えてくれる。


「前にロマニオさんが買って行った、若返りの薬も鉱物が原料なんですか?」


「もちろんです。アメジストという紫色の鉱物が原料ですよ。粉状にして、水と一緒に沸騰させて、最後に魔力を込めて完成です」


 紫色のとろりとした液体の薬。鉱物のアメジストの紫色がそのまま薬の色になるらしい。

 イーリスはさらに興味がわいた。


「楽しそうね。作っているところを見てみたいな」

「いいですよ!」


 スレーはシヴァンと違って親切だ。優しいし、意地悪も言わない。


「そういえば……」


 思い出して、ポケットを探る。あったあった。


「スレーにも、ポプリ作ったの。前にいいなって言ってたでしょ? 元の姿に戻れた記念にプレゼントよ」


 シヴァンに取り寄せてもらった花で作ったポプリだ。今回はバラの花。美肌効果が期待できるけれど、スレーは今のままで充分に肌がキレイだから、純粋にかおりを楽しむだけでもいいかもしれない。若いし。


「うわぁ。嬉しいです! ありがとうございます!」


 受け取ると、スレーは早速においをかぐ。

 

「好きなにおいです。これは、バラですか?」

「よくわかったね。バラだよ!」


 二人で会話が弾んでいると、シヴァンがしょげていた。


「なんだ、俺だけにくれたんじゃないのか……」


「シヴァンが材料を取り寄せてくれたから作れたのよ。ありがとう」


「じゃあ。俺のやつも、においがしなくなったら、また作ってくれるか?」


「もちろんよ。布袋の中身を詰め替えてあげるわ」


「わかった。そのときは頼む。よく眠れるから気に入っているんだ」


 そう約束したら、シヴァンの機嫌は少し戻ったらしい。

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