一丁の拳銃

@Samrai

拳銃と僕

 僕はいじめられている。もう高校生だから、不登校になるわけにはいかない。僕は私立高校に通っているため、出席日数に関する規則が厳しいし、高い学費を払ってくれる親にも申し訳ない。なぜいじめられているかは、はっきりしない。同中の人は少なかった。だから僕の過去を知る人は少ないはずなのに。


 いじめっ子たちなんか、いなくなればいい。気がついたら毎晩こんなことをつぶやくようになっていたある日。僕が朝目覚めると、ベッドの枕元に拳銃があった。少しの恐怖で震える手に力を入れて、右手で持ち上げてみる。思いの外重くてさらに力を入れてみる。なんだか怖くなって手を銃から離す。ボスンと音をたてて、ベッドに落ちた。母はもう仕事に出てしまい相談できない。父は…少し前に交通事故で他界している。もしかしたら夢かもしれない、なんて思いながら急いで駅に向かった。あと5分で電車が来るのだ。


「おーい、あいつが来たぞ」

いじめっ子のボスが言った。

「おいおい、今日はちゃんと金、持ってきたよな?」

そいつが気安く肩を組んできた。

「やめろよ。」

僕は冷たく低い声で言い放った。しかし、そいつは怯むはずもなく、

「そこの自販機でスポーツドリンク、奢れよ〜?」

わざわざ周りに聞こえるような声の大きさでからかうように言った。

「嫌だ。」

そう言った瞬間、平手打ちを喰らった。

「口答えするな。次はないぞ。」

強く睨まれて、仕方なく自販機に行く。周りの奴らがケラケラ笑う。途中、足を誰かが引っ掛けてきた。僕はバランスを崩し、転ぶ。周りの笑い声がさらに大きくなる。まただ、この感じ。クラスの誰も僕の味方ではない。


 昼食を食べに屋上に行こうとすると、屋上に続く階段の一番上にいつも通り背の高いスラッとした男性が座っていた。

「先生、こんにちは。」

「ういっす。」

彼はブラックコーヒーの缶を口に近づけて片手を上げた。彼はなぜかこの時間に必ずここに居る。「今日も屋上で弁当食べるのか?」

「そうですよ」

早く屋上に出たい僕はそっけなく答えた。

「今日は少しだけ曇ってるぞ。日焼けの心配はすくないな。」

先生はにっこりして楽しそうに言った。


 屋上から教室に戻ると、僕の数学のノートの裏表紙に「バカ」の二文字があった。昨日は表紙に書かれた。それを見て雑に机に押し込む僕を見て、近くの女子のグループがクスクス笑う。不快になって机に視線を戻そうとすると、教室の隅で本を読んでいるショートカットヘアの女の子を見つけた。その子は僕の方すら見ず、ずっと本を読んでいた。


 やっと一日が終わって教室を出て家に帰る。今日は母の帰りは遅くなるので、夕食は自分で作る。買い物をして、家に帰るとエプロンをつけてキッチンに立つ。軽くいなり寿司とサラダを作る。たんぱく質が足りないな、と思い、豆腐の味噌汁を作る。味は悪くない。自分の分を取り分けて椅子に座ると、膝の擦り傷に気が付く。多分、今日あいつらに足を引っ掛けられて転んだときのだ。学ランにはきっと血がついている。でももう外は雨が降っているし、血の落とし方が分からないからそのままにした。

 片付けをして、母の分のご飯を用意してベッドに入る。右手に硬いものが当たる。今朝の銃だった。日中はすっかり忘れていたけど、どうやら夢ではないようだ。もしこの銃を…考えるのをやめた。中学生の頃の嫌な記憶が蘇った。忘れるために強く目を瞑る。突然涙が出てきた。嫌な記憶のせいか、いじめのせいか、分からない。高校に入学して3ヶ月。いじめられて3ヶ月。もう慣れているはずなのに。明日なんか来なければいい。止まらない涙を必死に拭いながらまぶたを閉じた。


 嫌でも地球の自転は止まらない。朝日は昇って家を出る時間が来た。今日は母の仕事は休みだ。「そろそろ行ってくる」

「いってらっしゃい」

母は布団の中から手を振った。昨日は夜遅くに帰ってきたらしい。ちゃんと食器は洗って棚にしまってあった。母は女手一つで今まで育ててくれた。だから朝早くから夜遅くまで働いて、休日も少ない。そんな母には感謝してるし、だから家事はほとんど僕がやる。今日も自分で作った弁当を持って電車に乗った。


 教室はいつもと違って静かだった。何があったのだろうと思いながら席に座ろうとしたら、滑って尻もちもついた。ローションが塗られていたのだ。クラスメイトはゲラゲラ笑う。僕は犯人も分かっていたが言い返しても聞く耳を持たないと思い、仕方なく雑巾で拭こうとした。雑巾を取りに教室の隅に行くとき、また本を読んでいる女の子がいた。彼女の口角は下がったままだ。こちらを見ることもなく、笑うことなくずっと本を読んでいる。ただ、助けてもくれない。だから僕からしたら、味方ではない。雑巾で床を拭き終わるとちょうど始業のチャイムがなった。


「今日は一段と元気がないな」

屋上へ続く階段の手前にいつもの先生がいた。「はい」

とにかく一人になりたい僕はそっけなく返す。今日はまだいいことが何も起きていない。

「何にそんなに落ち込んでるんだ?話、聞くぞ。」

先生は僕の気持ちなんか知るわけがないので、ずかずか僕のスペースに入ってくる。「僕はいじめられてて辛いんです」なんてすらすら話せる自信がない。自分でも自分の気持ちが分からないのに、言語化できるわけがない。昨夜の涙の意味も分からないのに。ただ、無視することは流石に良くないと思い、

「先生は普段は何をしているのですか」

と聞いた。

「なんだ〜そんなことかよ。」

彼は笑って返した。

「俺はね、スクールカウンセラーだよ。お悩み相談聞くやつ。この時間は予約が入ることがほとんどないから、ここにいるのさ。君にも会えるしね。」

別に僕は彼に心を開いているわけではないから相談するはずがないのに。まさか、誰かがこのスクールカウンセラーに僕の事情を話して、僕へのいじめを解決しようとしているのか。しかし、僕の味方はクラスに誰もいない。母にも学校のことはほとんど話していない。だとしたら、誰だ?

「どうした?ぼーっと突っ立って。そんなに衝撃的だった?俺がスクールカウンセラーなの。」

笑いながら彼はコーヒーを飲んだ。

「ほらほら昼飯の時間なくなるぞ。」

話しかけてきたのは先生の方じゃないか。僕は急いで屋上に出て、弁当を広げた。今日の卵焼きは少し塩を入れ過ぎたっけ?少し塩辛い気がした。


 教室に戻る途中、あの女の子とすれ違った。彼女は

「放課後、体育館裏。」

とだけつぶやくように言うと、図書室に向かった。唯一クラスで何もしてこないあの女の子。彼女の意図と今日の放課後に何があるのか分からないまま自分の席に座る。


 放課後、僕は言われた通り体育館裏に行く。そこには呼び出した本人しかいなかった。

「単刀直入に言うよ。君をいじめている彼らは君の過去を知っている。だからいじめるんだ。」

衝撃が大きく僕の膝が崩れた。嫌な記憶が蘇る。


 あれはまだ僕が中学生だった頃の夏の日。晴天で、雲一つない青空だった。

「今日はさ、あのケーキ屋さんに行きたい!インスタで流行ってるところ!」

僕の彼女の陽日が言った。

「いいよ。」

僕は元気いっぱいで明るい彼女が本当に好きだった。彼女はクラスの中でもトップクラスの容姿で、例えば道端で転んだ小さな子に手を差し伸べるような善人だった。彼女は人気者でクラスの男子からも、さらには他のクラスの男子からも告白されるほどだった。僕たちは笑い合いながらケーキ屋さんまで歩いていた。二人で手を繋いで青信号の横断歩道を渡ろうとしたその時、バイクが突っ込んできた。僕は怖くて繋いでいた右手を離し、目を強く瞑って走って戻った。目を開けたときには、彼女は倒れて冷たくなっていた。あんなにも暑い日にだ。鮮明な赤い血が広がっていたのを見たらますます怖くなって逃げてしまった。僕は助けの手を差し出すことさえしなかった。極端に言えば、人殺しかもしれない。

後日、もちろんあれは事故として片付けられて、バイクに乗っていた人が責任を負っている。しかし、僕の中では僕も悪人だ。僕はどうしたらいいか分からず、母にも真実を話したことはない。ただ、この真実を知っている人が一人いた。現場から少し離れた場所にいた、同じクラスだった小野水美だ。


「大丈夫か?」

ショートカットヘアの女の子は手を差し出した。「ああ、座って話を聞いてもいいか?」

「ええ、いいですよ。」

僕は力の入らない足を抱えて体育座りをした。「君と同中の小野いるでしょ。あの子、佐橋と付き合ってるんだよ。佐橋が入学早々に自慢していたから有名な話だ。」

「…!」

僕の頬が引きつった。佐橋といえば、クラスのいじめっ子のボスだ。まさか、その繋がりで僕の過去が広まったのか…?

「そんで、小野が佐橋に話したんだ。」

やっぱりだ。

「君は知らないかもしれないけど、君のいないグループラインで『このクラスには人殺しがいる』と噂になっている。」

いくらなんでも人殺しはなくないか?僕は動揺して目を大きく見開いた。確かに助けることはできなかったけど。しかし、小野は僕らとは違う学校に通っているから、責めることも内容を聞き出すこともできない。

「とにかく、君がいじめられている理由はそれだ。じゃあね。」

彼女は僕に背を向けて歩いて去ってしまった。

僕はしばらく魂が抜けたようにぼーっとしていた。気がつくと夕焼けが広がっていた。我に帰って、帰路につく。足はまだガクガクしている。ところで、あの女の子の目的は何だろう。想像しているよりも多弁だった。でも、僕には特別な感情を抱いているようには見えない。あの子は誰の味方なのか?


 また朝がやってきた。昨日の夕焼けがきれいだったはずなのに、空には雲が広がっている。枕元に伸ばした右手に拳銃があたる。僕はその拳銃を握って、通学バッグに入れた。通学バッグは少し重くなる。でも構わない。僕は右手にぐっと力を込めて、駅へ向かった。


「今日の放課後、体育館裏に来いよ」

いじめっ子のボスが耳打ちした。体育館裏。今最も嫌いな言葉だ。通学バッグに入っている拳銃を思い出す。もう何も怖くないかもしれない。僕は素直に頷いた。


 放課後、僕は体育館裏に行く。通学バッグを持っている右手は汗でぐっしょり湿っている。こつんこつんと膝に拳銃があたる。もし、僕がこの拳銃の引き金をひいたら、彼を殺してしまうことも可能だろう。少し怖いような、心強いような複雑な気持ちだ。一歩一歩体育館裏に近づいている感覚を確かめながら歩く。

 ついに体育館裏に着いた。まだ誰もいない。拳銃を取り出しやすい位置に動かしておく。

「おい」

呼び出した本人が来た。すると、いきなり胸ぐらをつかまれる。

「俺はお前の過去を知っている。あの事件は俺の大切な彼女、水美を傷つけた。水美はあの衝撃を忘れられず、今でも枕を濡らしている。俺はお前を許せない。今日はとどめを刺す。」

いつもより低い声で脅される。僕は咄嗟に胸ぐらをつかんでいる彼の手を振り払い、拳銃を出した。拳銃なんて使ったことないから、握り方もよく分からない。右手で強く握り、銃口をまっすぐ相手に向ける。彼は3歩ほど下がり、声を震わせて言う。

「おい、お前、ど、どこでそんなもの手に入れたんだ?」

怖がっていることが分かる。僕も怖くなってきた。僕が彼の生死を握っている。僕の右手も震える。ふっと嫌な記憶が蘇る。右手を離した感覚、バイクのブレーキ音、道路に広がる血液の鮮やかさ。どれも鮮明に脳裏に浮かぶ。もし、ここで引き金を引いたら、僕は正真正銘の人殺しだ。僕は拳銃を下ろす。鞄にしまう。そして、震える声で言った。

「君が流した噂は本当だ。助けられる人を助けなかった。もうあんな思いをするのは嫌だ。だから…。」

僕の頬に涙が伝う。泣くつもりなんかなかったのに。強がるつもりだったのに。

「だから、この銃は下ろす。もちろん、人殺しになりたくないという気持ちもあるけど、僕は善人も悪人も生きていてほしい。」

「何、お前、過去にしたことの正当化か?悪人を認めて、お前の生きる権利を守ろうってことか?」

彼はまた近づいてくる。

「違う!」

僕は強い口調ではっきり否定する。彼は足を止める。

「僕は…。善悪とか関係なく、一人の命がなくなるのが嫌なんだ。」

足の震えと涙は止まらないけど、強く彼の目を見る。

「かっこつけんなよ」

彼はそう吐き捨ててどこかへ行った。


「かっこつけてんね」

「…っ!」

振り返って見ると、そこにはあのショートカットヘアの女の子がいた。

「いつから見てたんだ?」

「途中からだよ。たまたま通りかかっただけ。」なんだか悔しい。

「あ、もう涙止まってる。」

僕は右手で頬を触る。涙は乾いていた。きっと佐橋がいなくなってから時間が経っていたのだろう。

「そんなことより、なんだい?あれは?善人ぶって、銃を下ろしてさ…」

「別に善人ぶったわけじゃない。僕の心の底から思ったことを言っただけ。」

彼女の言葉がすべて終わる前に強く言う。

「とにかく、僕の意志で僕は動いた。君には関係ない。このことは誰にも言わないでほしい。」

僕は彼女を睨んで帰路についた。彼女は少し悲しそうな表情をしていた。

 玄関のドアを開ける。やっぱり誰もいない。僕はイライラしながら乱暴に冷蔵庫を開ける。麦茶を一気に飲む。もう夜ご飯を作る元気もなく、とりあえずカップラーメンにお湯を注ぐ。

 食べ終わったラーメンの容器をすすいでゴミ箱に捨てる。歯を磨いて布団に入った。思い出したくもないのに今日の体育館裏の出来事が脳裏に浮かんだ。ふと、あの女の子のことを考える。そういえば同じクラスなのに彼女の名前すら知らない。でも、彼女はきっと善人だろう。


 次の日、クラスの教室に入っても誰も何も言って来なかった。昨日のことが噂になっているかもしれない、と思った。廊下に出てトイレに行こうとすると、昨日のあの女の子にまた

「今日、放課後に体育館裏で。」

と言われた。昨日は強く言い放ち過ぎたため、謝るのにはちょうどいい。トイレから戻って席に座ると、チャイムが鳴った。

 4時間目の終わりを知らせるチャイムが鳴った。僕はいつも通り屋上に向かう。そういえば、今日はまだ嫌がらせを受けていない。違和感を感じながら階段を登ると、いつも先生がいるところに、あの女の子がいた。

「やあ。」

「なんで、君がここに…?」

「なんでもいいでしょ?」

彼女は少し笑った。思っていたよりかわいい。「一緒にご飯食べよう?」

彼女は僕が頷かないとそこをどかないだろう。僕は仕方なく頷いて、屋上にあるベンチに二人で並んだ。


「君の弁当おいしそう。特に卵焼き。」

彼女は自分のサンドイッチを開けながら言った。僕が少し顔をしかめると、

「別に欲しいって言ってるんじゃないよ。私に心開いているわけでもないだろうし。」

全くその通りだ。きっと彼女は頭の切れる子なんだろう。

「あのさ、君の名前を教えてほしいんだけど。」僕は彼女に聞いた。

「浅井」

浅井さんはサンドイッチをかじりながら言う。「ちゃんと言っておかないと、と思って、色んな先生に君のことを聞いたら、鶴野が必ず屋上で昼ご飯を食べるって教えてくれたから待ち伏せしたの。」

「鶴野って誰?」

「この学校のスクールカウンセラーの先生。」

驚いた。まさか彼女があの先生と繋がっていたなんて。浅井さんは僕のことを気にせず、前を向いたまま続ける。

「私は中学生のころ、いじめられていた。ちょうど君みたいに。クラスメイトから無視されて、持ち物が失くなったり落書きがされるのは日常茶飯事だった。まあ、私はクラスであんなんだからね。」

確かに、ずうっと本を読んでいられたら話しかけづらい。

「実は君がいじめられているのを知っていた。さらには理由が分からないのも知っていた。だからあの日、君に話したんだ。強い言い方になったから、君は辛かっただろうけど。」

「僕はいじめの理由が分からないように見えたのか?」

「ああ。3ヶ月間行動が変わらないからね。」

参った。彼女は本当に頭がいい。

「別に、私は君の味方って訳ではない。私は中学生の時に一人でも話してくれる人がいればいいのにって思ったから、君に話しかけた。だけど、何を話せばいいか分からなくて、あんな風に尖った感じになったんだけど。」

浅井さんは笑いながら言う。僕は彼女の横顔を見る。やっぱり綺麗だ。僕は視線を前に戻して言う。

「なんか、ありがとう。僕はいじめが原因で学校に行くのが億劫になってた。そんな時に君が話しかけてくれて、その時はしんどかったけれど、なんか、あなたのことが気になって、学校に行く理由ができたっていうか…」

僕は鼻声になる。視界が歪む。浅井さんは僕が話し始めてからずっとサンドイッチを食べる手を止めて、聞いてくれている。次から次へと涙が僕の頬を伝う。言葉が見つからなくて、もう声が出ない。

「ふふ。無理して言わなくてもいいよ。気が向いたら話してくれればいい。」

彼女はそう言って、僕にハンカチを貸してくれた。

「私の好きな本に、『心を開かないと大切な人に出会えない』って書いてあるの。もし人にとって自分のことを考えてくれる人が大切な人なら、自分のことを話さないとその人を見つけられもしないんじゃないかな。」

彼女は前を向いてそう言った。恥ずかしいのか、頬が少し紅くなっている。

「じゃ、もうそろそろ授業始まるから、私行くね。もし君が来れなさそうなら適当に理由つけとくけど。」

「お願いします。」

僕は彼女に素直にお願いする。

「了解。今日の放課後はいいや。今会えたから。」

彼女はそう言うと、スカートをひらっとさせて教室に向かった。僕の涙はまだ止まらない。もう少し心を落ち着かせたい。浅井さんが理由をつけてくれているし、もう少しここにいよう。


 僕はその日、午後の授業をサボった。浅井さんが教室に戻ったあと、僕が上手く話せなかったことについて考えた。浅井さんは「心を開かないと大切な人に出会えない」と言った。きっと、僕はまだ自分にさえ心を開いていない。だから素直に気持ちを表現できないのだろう。もっと自分に素直になりたい。辛いなら辛いって認めればいい。そうすれば涙の理由も分かるし、涙を消すこともできる。浅井さんに話そうとしたことで気がつけた。涙を拭って、空を見上げる。綺麗な青空が広がっている。僕は前より少しだけ前向きになって、屋上をあとにした。


「よ!帰るのか?」

いつもの先生に話しかけられた。

「はい。鶴野先生。」

「いつの間に俺名前を。」

先生は少しだけ笑った。

「少し明るくなったね。猫背で何かを警戒しているような歩き方だったのが嘘みたい。」

先生は手に持っている缶コーヒーを傾ける。

「同じクラスの浅井さんと話したんです。彼女が大事なことに気が付かせてくれて。」

「浅井ね。今日の朝、相談室に来たよ。「高野を知ってるか」って。」

そういえば、今日は鶴野先生がいつものところにいなかった。

「今日はいつものところにいなかったですね。」「ああ、今日はあの時間に君と浅井が行くことを知ってたから相談室にいたよ。」

「それはありがとうございます。」

僕の周りには僕のことを気にかけてくれている人がいる。それが嬉しかった。

「ほらほら帰りな。こっそり帰るなら急がないと、バレるぞ。」

楽しそうに先生は言う。

「そうですね、さようなら。」

「うぃ〜」

僕はお弁当しか持ってないけど、帰路についた。


 家に着いて、布団にダイブした。枕元にそっと手をのばす。拳銃はなくなっていた。良かった。僕はきっと変われた。誰かを消したいとも思わなくなって、代わりに僕を気にかけてくれる人を見つけることもできた。僕は幸せな気持ちに浸っていると、玄関のベルが鳴った。外に出てみると、そこには浅井さんがいた。

「え、なんで…」

僕が驚きのあまり口がしまらないでいると、

「なんでって。どうするつもりだったの?この荷物?」

「ああ、ありがとう。」

浅井さんは僕の荷物を届けてくれた。彼女がどんな理由をつけたのか、なんで僕の家を知っているのか気になるが、今はどうでもいい。彼女がどう考えているかは分からないけど、彼女が僕を忘れないで気にかけてくれていることが嬉しかった。「ありがとう。」

僕は荷物を受け取るときにもう一度言った。

「2回も言わなくていいのに。」

彼女は笑った。彼女はきっと少し勘違いしてる。でもいい。いつか彼女に心を開き、自分のことを真っ直ぐに話せるようになって、彼女が今日この瞬間僕がどんな気持ちなのか分かってくれればいい。

「じゃあね。明日はちゃんと来てね。」

彼女は手をひらひらさせて僕に背中を向けた。「うん。」

僕は小さく頷いた。

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