下等生物

 男女──付き合いたての恋人たち。


『なんていうか、こうして動物園で猿とか象とか見てるとさあ。「ああ、人間ってまさに生物の頂点」って感じがして、気持ちいいよね』

『ええ? そんな気持ちでデートしてたんですか?』

『そんなって。じゃあ聞くけど、智花ちゃんはどんな気持ちで見てたっていうの?』

『そりゃあ、かわいいなあ、とか、おおきいなあ、とか、臭いなあ、とかですよ』

『普通だね。でもさ、ちょっとは思ったでしょ。どこだかわからない場所に勝手に連れてこられて、一緒に暮らしてた仲間と離れ離れになって、こんな狭いところに閉じ込められて可哀そう、とかさ』

『全然思いませんでしたけど。人間が頂点って考え方はどうかと思います。見損ないました。もう私、帰ります!』

『あ、ちょっと待って。そんなつもりじゃないからさ~。ねえ、待ってよ智花ちゃーん!!』


 一方、同時刻──猿。


『あの、人間の雄と雌、なんか揉めてましたね』

『我らのことを下等生物と呼びあっていた』

『さすが、長老様だ。人間の言葉を理解されてらっしゃる』

『どこだかわからない場所に勝手に連れてこられて、一緒に暮らしてた仲間と離れ離れになって、こんな狭いところに閉じ込められて可哀そうと憐れんでいた』

『なんですかそれ、哀れなのはそっちですよね。俺、ここで生まれましたし、だからってわけじゃないですけど、別にそんな狭いと思ったこともないですし。ていうか、たぶん、外の世界って敵とかいっぱいいますよね。いやですよ俺、殺されたくないし。ここにいれば黙ってたって飯は出てくるし、伴侶だって斡旋してくれる。怪我も治してくれるし、掃除もされる。いいこと尽くしですよ』

『愚かで下等だと思い込みたいだけなのだよ。さっきの雄を見なさい。可哀そうに。おそらくその生活は我ら以下であろう。自らで食事を調達しないといけず、住んでいる場所はここよりも狭かろう。怪我を治すにも対価を求められる』

『そして、雌にも逃げられていると──ほんと、哀れっすね人間って』

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