抜けると寂しい長い友

 エリの髪は綺麗だ。

 まあそれを言うのなら、全体的に顔や容姿もいい方だけど。


 ただ彼女はとにかく、昼間はぐうたら寝ている。

 しわくちゃの布団にくるまっている彼女は、御世辞に言っても綺麗ではない。


 髪はぼさぼさ、口は半開き、まぶたは腫れぼったくて、何より瞳が死んだ魚だ。

 百歩譲ってたしかに小動物的な可愛さもなくはないが、それにしたって不細工なノラ猫といったところがせいぜいだろう。


 だけど陽が沈み、夜の時間になると変わり始める。

 まず目に光が宿って、ソシャゲのデイリー要素を巡回する。


 無料ガチャでちょっといいものを引けた時などは、明らかに溌溂はつらつとする。表情は変わらないはずなのに、ほんとうに、見た目の歳相応の少女のような、はっと惹きつけられるような横顔にかわる。


 まつ毛が少し上向きで、鼻や唇はツンと伸びていて、やわらかい。

 思わずわたしも学生の頃に戻って、並んで夢を追いかけていた、いまは眩しい友人たちの事を思い出す。


 寝ている間に運営がトチっていて、詫び石が配られていた時などひとしおである。


 そういう時のエリは、本当に綺麗だと思う。お世辞抜きで。

 なんというか、顔つきのようのものもそうだと思うが、おそらくエリのその髪がい、ちばん変わっているのではないだろうか。


 長い髪ではないにしろ、一日寝転がって布団に押し付けられていれば、寝ぐせもつくし静電気も帯びている。


 しかしそうした現実的な部分も、西日が朱く射している間まで。

 夜の帳が降り、青白い月が上り始めると、途端に彼女の髪が艶を帯び、よく馴染んだ柘植つげの櫛で梳いたように、しっとりとまとまってゆく。

 嘘のように、彼女は豹変する。


 不思議である。

 とにかく不思議であった。


 陽が沈み、一日のこの夜のあいだばかりはコイツにもなにか知性が宿っていて、利発そうに見えるのだ。


 *


 しかしそんなわけで、私はこの観賞用のご主人様ペットにさして美容のコストはかけていないが、それでもなんとなく気分を変えたい時はある。


 部屋の模様替えまではする資金も暇もないにしろ、ずっとここに居るエリの髪色を変えてみたら、この空間の雰囲気もガラリと変わるのではなかろうか。


 わたしは近所の薬局で、ブリーチとカラーリング剤を買ってきた。

 それほど考えたわけではないけれど、なんとなく金髪にしたらおもしろいだろう。


「なにをする、やめろーっ!」


 風呂場まで運んで様々な準備を進めていくと、タスマニアデビルのような声で呻り、威嚇する。


「こんなことをしても無駄だからな! 私の髪はすぐに戻るんだ」


 そう……なのか!?


 なら、失敗しても大丈夫だろう。

 本人もわざわざ身体を動かし暴れたりはしないので、スマホでレクチャー動画を見ながら、適当に進めていく。


 ――結局、半日ぐらいなんやかんやと格闘したが、それなりには上手くできたと思う。誰かの髪を染めたのは初めてだけど、それにしてはいいんじゃないだろうか。


 よろよろと、その場で寝そうなエリを連れて行き、寝床まで引きずってやる。

 今日ばかりは、コイツも頑張っていたと思う。


 なにを……かは、わからないが。


 もう陽が沈んだというのに、ぐでんと背中を向けて寝ているエリの背中は、北欧系の美少女のようだった。


 色むらはあるし、髪の根元はまだ黒いけど……

 ――いやたしかに、ところどころでは拙い部分もあるけれど。


 ダメ……か?


 ダメだった……。


 冷静になって見てみると、田舎のヤンキーみたいだった。


 とはいえ、そこは流石に吸血鬼様。

 翌朝には寝ぐせが酷くなっていたものの、夕方ぐらいにはかなり馴染んでいた。


 夜には上京したてのヤンキーくらいにはなっていた。


 結果的に、気分転換には成功したといえるだろう。


 *


 しかし、その三日後。

 バイトがおわり部屋へ帰って来た時の事だった。

 わたしはそのエリの姿を見て、また二度見した。


 髪の色が、戻ってる……?


 あれだけ苦労して金髪にしたエリの髪が、元の黒色に戻っていた。


『こんなことをしても無駄だからな! 私の髪はすぐに戻るんだ』


 伏線回収か?


 わたしは彼女の表情に違和感を抱き、すぐにスマホの画面を操作した。

 インストールしているソシャゲの一つで、また詫び石が配られていた。


 五十個か……しけてんねぇ。


 ふとスマホの画面から目を外すと、エリの座っている横にクシャクシャに広げられた、エコバッグが落ちている。

 そういえばこの部屋中に、なにかケミカルな匂いが漂っている。


 わたしは部屋のゴミ箱を確認するが……ない。


 ただし部屋の真ん中に、堂々と黒のカラーリング剤の、空になったパッケージが落ちていた。


 隠す気すら、なかった。


 わたしはため息をついて、部屋に散らばったそのごみを片していった。

 こうして眺めてみてもエリのその髪は綺麗な黒に戻っていて、わたしよりずいぶん髪を染めるのは上手かった。


 でもお前、その寝床の上でやるなよ……。

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