第二章 普通の学校生活

第6話 委員会

 あの日から四日が経った。氷継ひつぎの体はすっかり癒え、今は学院に向かうため制服の袖に手を通して着替えている。


「あとはネクタイだな」


 自室から洗面所へ行き、先日と変わらず『10秒で分かる!ネクタイの結び方講座』を見ながら不器用にもネクタイを結んでいく。


「つーか……この動画10秒とか言ってるけど全然10秒に収まってねぇな」


 小言をぶつぶつと言いながらぎこちなく結び終え顔を洗い、寝癖を治してリビングに足を向けた。


「おはよう、母さん、ゆめ


 リビングにあるソファーでくつろぐ制服姿の妹とキッチンで朝御飯の用意をしているエプロンをした母に向けて投げ掛ける。


「おはよ、お兄。早いねぇ今日は」


「おはよう、ひー君。もう少しで朝御飯できるからねぇ~」


「うーい」


 軽い返事をして夢乃ゆめのが座るソファーへと腰掛けた。

 れんは既に任務へ出向いており、家には居ないようで、家には微かな風と目玉焼きを作る音がより鮮明に耳に届く。


 ───今日はトーストに目玉焼き乗せかな


 そんなことを考え数分後、テーブルには大皿に乱雑に千切られたレタスと玉ねぎ、ベーコンのサラダ。それぞれに置かれたバターが溶けて良い色の焼け目がついき、半熟の目玉焼きとベーコンか乗せられたパン。


「頂きます」


 三人は席につき、手を合わせた。氷継ひつぎは目玉焼きが乗っている食パンを手に取り口に運び、チラッと右隣に目をやる。夢乃ゆめのは幸せそうにパンを口一杯に頬張り、ニコニコしていた。


 談笑をしながら食事をし、いつも通り15分程で完食。食器をシンクに置いて、リビングにある時計に目をやる。


 ───まだ七時か。少しゆっくりしてから行くか


 食器を泡立てたスポンジで洗い終え、夢乃ゆめのの座るソファーに座ってスマホを弄る。中学時代は学内でも好成績を残しており、政治家を目指していたこともあって、ネットや新聞で世界情勢だったりに目を通すのが日課となっていた。


 今見ている記事の内容は、竹島の領土の問題について。2023年現在でも、その領土を巡っての両国の争いは収まっていない。【領界種】などの侵攻が進む中、そんな争いなどしている場合ではないのだが。


 ふと、スマホの左上に表示される時間に目をやると、時刻は七時二十五分になっていた。 


「おっと、そろそろ行くかな」


「っあ、お兄ちゃん、私も行く」


 ───っえ!?


 スマホから勢いよく顔を上げ、目を見開いて夢乃ゆめのを見る。あまり注目を浴びたくない彼からすれば正直な所、断りたいのが本音だった。


「……駄目?」


「ああ、いや……行くか」


「やった」


 結局、妹のお願いは無下には出来ず、一緒に登校することになった。


 あの日と同じように市電を使い学院へ向かう。夢乃ゆめの氷継ひつぎは二人席に座り電車に揺られた。窓際の席に座った彼はジッと窓の外を眺め、あの日のことを思い出していた。車道などの舗装はある程度終わっており、車も人も市電も一部制限はあるものの行き来が出来るようになっている。被害を受けた周囲のビル郡は上からシートが被せられ、大急ぎで工事が行われており、忙しげな声と金属音が響く。


 電車に揺られること数十分、[第二領域探査学院前]に到着した。同じ制服姿の学生達が一斉に降りていき、それに続いて二人も電車を後にする。

 それぞれ校舎が違うため校門をくぐってからそれぞれの校舎に続く動く歩道に別れた。四日も休んでいた為、授業内容にはすっかり置いていかれていだろうと、若干の不安に駆られながらも自席に着き、鞄から本を取り出す。まだ人も少なく、教室には二、三人程度だった。


 読んでいるのは魔法学。魔法全般のことが記載されている著書で、魔法に限らず、魔物や魔力など“魔”に関することが書かれている。氷継ひつぎが今読んでいる本は、全三冊からなるシリーズ物になっており、そのNo.1の第二章『魔法と魔術』───一冊全七章からなる───を読んでいる。


 魔法と魔術。あまりここに関しての研究は成されていないが、一括りに言えば、似て非なる物。

 使う媒体は同じ魔力ではあるが、魔術は魔法とは違い、魔法は詠唱をし魔法陣を出現させることで、業をこの世界に顕現させる。

 対して魔術は、詠唱をし指や杖などに魔力を込めて、空中に詠唱している言葉を綴ることで、業をこの世界に顕現させる。


 こういった物が大量に書かれているのが、魔法学の本。そもそも、あまり学生でこれ系統の物を読むような人はいないが。


「……これを想解エーテル術式に応用できねぇかな」


 氷継ひつぎが採用しているのは、魔法と同じく詠唱のみのタイプ。これは単に、魔術より魔法の方が広く普及していたからという理由で採用している。

 そもそも、魔術は魔法を一般化してからは、魔術その物が衰退している上、情報が少なすぎる。昔実在したとされている錬金術師は、一般化されていた魔法ではなく、魔術を用いて金を錬成しようとしていたとか。まあどちらかと言えば、科学的要素が強かったが。

 魔法が一般化されてからは、それだけの歴史があるが、それと同時に魔術に関する情報が殆どないというのも、また事実。


 二章丸々読み終わる頃には、席の殆どが埋っており、本を閉じた所でいつの間にか隣に座っていた、輝夜かぐやに声をかけられる。


「おはよう、氷継ひつぎ君。朝から勉強熱心だね」


「おはよう、天宮あまみやさん。来たときに声かけてくれればよかったのに」


「あまりにも熱心で読んでるから、なんだか声かけるの申し訳ないなって思ってたの」


 そう言って微笑みかけた。彼は、そうか、と微かに笑い本を鞄にしまって正面を向く。

 タイミング良くチャイムが鳴ると同時に教室のドアから犬寺けんじが入り、教室内に散り散りにいた生徒達が一斉に着席した。


「よし、今日から全員いるな。これから委員会決めをしていく。その後はそれぞれ決まった委員会が受け持つ場所へ行ってもらう」


 犬寺けんじがタブレットを操作して画像を映し出す。


「それじゃ、この中から決めてもらう。人数は決められていないが、あまりに塊過ぎている場合は、簡単に...じゃんけんで決めてもらう。それでは、五分間でしっかり考えろ」


 そう言うと、静かに聞いていた生徒は弾けたように近くの人と話を始めた。そんな中、氷継ひつぎは一人、壁に映し出された画像とにらめっこをしていた。


「どうしよう。めんどくせぇぞ、これ」


 一人小さく呟く。これまでの学生生活で、氷継ひつぎは委員会などの“面倒事”を全て回避して、勉強とトレーニングに力を注いでいた。だが、今回ばかりは強制なので逃げようがない。


 ───いや待て待て、武具整備オーバーホール委員会って何だよ。素人には無理だろそれ。え、もしかして、皆メンテ自分でできんの?


 そう。領域探査学院には普通の学校にはない、特殊な委員会が多数存在する。というか大半がそう。委員会、と大それた名がつけられてはいるが、どちらかと言えば、部活やクラブか何かに近しい物。


武具整備オーバーホール委員会

□武具製作委員会

□大魔法研究委員会

□エーテル研究委員会

□総務委員会

□漫画研究委員会

□心を清める委員会

□映画鑑賞委員会

□図書委員会

□生物飼育委員会


 と、こんな感じで。生徒が委員会を立ち上げることもできる、いわば学院内での娯楽の様な物。

 彼の得意とするエーテルに関係した委員会もあるが、自分自身でどうとでもなるだろうと考えている為、特に目にはつかなかった。

 氷継ひつぎは、そんな中から一つの委員会に目をつける。


 ───よし、決めたぞ。生物飼育委員会にしよう。一番楽しそうだしな!


 氷継ひつぎ一人、首を上下に動かして頷く。


「ねぇ、氷継ひつぎ君。何にするか決めた?」


 氷継ひつぎの様に、一人で黙々と考えていた輝夜が問いかけてきた。彼は、少しどや顔気味で答える。


「ああ、生物飼育委員会にすることにしたよ。一番楽しそうだからな」


 その言葉に輝夜かぐやは、あっと言葉を漏らして、一瞬沈黙して口を開く。


「あ~と......本当~にそれでいいの?」


「へ?何がだ?」


「……いえ、なんでもないわ。なんでも」


 彼は、頭上に疑問符を浮かべて聞き返したが、輝夜かぐやは微妙な間の後にはぐらかす。疑問に思った彼だが、特にそれ以上言及はしなかった。


天宮あまみやさんはどうするんだ?」


「そうね、特に決めてる訳じゃないのよねぇ」


「なら同じとこでもいいんじゃねぇか?嫌いじゃないだろ?動物」


「まあ...うん。嫌いじゃないよ、動物は」


 ───いっか、嫌いじゃないしね


 その後、無事二人──計三人───は生物飼育委員会に所属が決まり、飼育場に向かうことになった。

 飼育場は学院の地下にあり、【地下防都領想区域】の一角で飼育を行っている。一角、と言ってもかなりの敷地を使っているが、どうやら更なる土地拡大も計画されているらしい。


「なあ、天宮あまみやさん。結局ここってどんな動物を飼ってんだ?兎とか鶏とか?」


「そういうのじゃないわ、育て方によってはとても狂暴よ。......あと、その天宮あまみやってやめない?クラスメイトなのよ?」


「あーまあ確かにそうか。んじゃあ天宮あまみやで」


「下の名前で」


「なんでだよ」


「いいじゃない、それくらい」


「それはまあ......追々で」


「ふーん、まあいいですけど」


 ジトッと見つめられ気まずそうに目を逸らす。


 ───つーか本当に何飼ってるんだよ


 ここに来ても何を飼ってるかなどの具体的な説明はされず、むしろ「わかってるよね、これくらい」の扱い。内心、来る場所間違えたんじゃないかとすら思っている。

 そしてとうとう飼育場に到着し、氷継ひつぎは今、とてつもなく巨大な檻の前に立ち尽くしていた。ここで飼っているのは、彼が想像していた可愛らしい小動物なんかではなく、むしろ、もっと巨大で狂暴な生き物だった。


「これは......動物型の領界種か!!」


 巨大な檻の中にいるのは、地球や領域の守護者、救世主であり、人類の敵と言われる【領界種】だった。

 だが、そこにいる奴らには普段見せる狂暴性はなく、一般的に飼育されている動物と何らかわりない姿を見せている。忌むべき相手を使役、飼育する発想はなかった訳ではないが、まさか実現していたとは思うまい。


「はぁ……やっぱ漫画の方がよかったかも知れねぇ」


 他クラスのメンバーも揃い、委員会担当の教員によって説明を受けて、放課後に飼育を担当する一体を決めることとなり、各自教室へと戻された。

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