第19話 運命の告白・後編


「いやー美味しかったねー」

「そうだな。ありがとな冬姉」

「あたしも!ごちそう様、お姉ちゃん」

「ふふっ、どういたしまして」


 俺達は京都駅からアパートの最寄り駅へ戻り、いよいよそのアパートの目の前に来ている。


 時刻は20時を回り、辺りはすっかり暗くなっている。


 行きしなと変わらず、俺の両腕を取って歩く二人。

 いい加減慣れてきたけど本当周りの視線が痛い。


 まぁいいや、それももう終わりだ。


「さ、着いたぞ二人とも」

「……そだね」

「……とうとう、か」


 まず美亜がパっと俺の腕から離れた。


「お姉ちゃん、約束通りあたしからね」

「……うん」

「お兄ちゃん悪いんだけどここでちょっと待っててくれる?」

「分かった」


 俺は冬姉と一緒にアパートの敷地内にあるベンチに腰掛けた。


「お姉ちゃん二人きりだからって抜け駆けしたらダメだよー!」

「しないしない。私も……心の準備がいるからね」

「いつものお姉ちゃんらしくないね。そんなんじゃあたしがお兄ちゃんの事取っちゃうよ!」

「……心配してくれなくて大丈夫だよ。ほら、行って来なさい」

「……うんっ」


 少しだけ心配そうな視線を向けた美亜はそのまま小走りで部屋に向かった。

 準備が整い次第、スマホに連絡をすると言ってからな。


 さて……美亜を待ってる間、ずっと肩が震えてる冬姉をなんとかしないとな。


「……冬姉、大丈夫か?」

「夏君まで……大丈夫だよ。今震えてるのは只の緊張、私だって女の子なんだからフラれるかもって不安なの」

「……」


 それも嘘じゃないんだろうけど……

 

 俺は冬姉の手に自分の手を重ねた。


「冬姉……強がらなくて良いんだよ。俺のせい、なんだろ?」

「……!」


 冬姉は少し驚いた顔をして俺を見上げた。


「……冬姉、俺と出掛ける時凄く不安そうだったからさ。俺が事故に遭ったから……だろ?」

「……違うよ。私が事故に遭わせたせいだよ」

「言い方の問題じゃん。ったく──」


 俺は並んで座っている冬姉の体を優しく抱き締めた。

 右手で頭を、左手で冬姉の腰を優しく。


「覚えてるか?初めて会った時もこうしてたよな」

「……覚えてる。忘れる訳ない」


 気が付くと、冬姉の震えは止まっていた。


「俺も忘れる訳ないと思ってた事があったんだ。それを思い出す為にも、元気出してくれよ冬姉。俺ならもう大丈夫だから」

「……ごめんね、ありがとう夏君……」


 冬姉が俺の肩にコツン、と頭を預けた時だった。

 ブブブ、とスマホが鳴る。


「美亜の準備が出来たみたいだ。えらく早いな、それじゃ冬姉悪いんだけど……」


 俺は肩に頭を乗せたままの冬姉の背をぽんぽんと優しく叩いた。


「……うん」


 冬姉は拳一つ分、俺から離れた。

 

 そしてニコッと微笑んだ。


「夏君、私ももう大丈夫。さ、行ってらっしゃい」

「おう!」


 そうして俺は冬姉に見送られながら、思い出の詰まったドアを開けた──





 お兄ちゃんはあたしの大好きな人だ。


 あたしを好きだと言ってくれた記憶を失ったからってそれは何一つ変わったりしない。


 だけど……だけどさ……!


 あまりにも今の状況は辛すぎる……!

 初めてだってあげたのに……


 神様、そんなにあたしはお兄ちゃんにふさわしくない?

 そんなにお姉ちゃんの方が良いの……!?


 それでも……あたしは絶対諦めたりなんかしない。


 お兄ちゃんはあたしの全部なの。


 お兄ちゃんと出会ったあの日から、あたしはずっとお兄ちゃんだけを見て生きてきた。

 

 悲しい思いだっていっぱいしたよ?

 お兄ちゃんはずっとお姉ちゃんを見てたから……


 ようやく手が届く所まで来たんだ。


 頑張って、頑張って、ようやく……!!


 正直凄く不安。

 お兄ちゃんはあたしとの事、思い出してくれないかも知れない。


 ……お兄ちゃんが悪い訳じゃない。絶対ね。

 けど、その時あたしはお兄ちゃんを責めずにいられるだろうか。


 理不尽は現実に迫った時、あたしは──


 ううん……大丈夫。お兄ちゃんはきっと受け止めてくれる。


 だからぶつけよう。あたしの想いの全部を。


 お兄ちゃん、あたしは覚悟が出来たよ。


 さぁ──





 玄関のドアを開けたがそこに美亜はおらず、どうやらリビングで待っているらしい。


 俺は廊下を抜け、リビングのドアに手を掛けた。


 その時、ドアの奥から美亜の声が聞こえてきた。


『──お兄ちゃん、覚悟は出来てる?引き返すなら今しかないよ』

 

 覚悟、か……


「そんなもん、とっくに出来てるよ。きっと記憶を失う前からな」


 俺は躊躇う事なくドアを開けた。


 そこには──


「み、美亜!?お前、服は!?」

「……あの時と同じ反応だね」


 美亜は服を着ておらず、下着姿で髪を下ろしている。


 その姿は、あまりにも先輩・・と酷似していた。

 

 ……なるほど、俺が美亜に手を出すわけだ。


「……まだ、何も思い出せない?」

「……っ」


 体の前で腕を交差させて、悲しそうな顔をする美亜。


 記憶の扉が開く音はまだ聞こえない。


 俺は突っ立っているのもあれだと思い、いつもの小さなテーブルの前に移動しようとした。


 すると、美亜は俺よりも一瞬早く俺の眼前にまで来ていた。


「……もう言うことは無いと思ってた。だけどしょうがないよね──」


 ぎゅっ、と口を引き結び何か決意を秘めた瞳を俺に向ける。


「……み、美亜……?」


 美亜は少しも躊躇する事無く、その柔らかい体を押し付けてきた。


 そして──


「んっ……!」

「……!!」


 ──背伸びをして優しく唇を触れ合わせた。


「……お兄ちゃんって本当反応良いよね」

「ちょ、お前どこ触って──」


 慌てて飛び退いた俺は、バランスを崩して床に仰向けで倒れ込んでしまう。


 そのまま美亜が馬乗りで俺の胸に手を当てた。


「凄いよお兄ちゃん……ドックドクしてる……」

「み、美亜!俺はこんな事するつもりじゃ──」

「……こんな事……?じゃあ……」


 美亜は部屋に響き渡る声量で叫んだ。


「──じゃあ思い出してよっ!!!!」


 あまりにも悲痛すぎる叫びは俺の脳内に深く突き抜けていく。


「あたしがこんな事言うのは間違ってるけど!!それでもっ……こんなのあんまりだよっ!!!」


 ──大粒の涙が美亜の綺麗な瞳から落ちてくる。


「……ずっと、ずっと我慢してたけど……あたしヤだよ……!!」


 ──その涙は俺の口元へと流れ込む。


あの日・・・の事を教えてから、記憶が戻らなくても少しは変わった……だけどっ、それでもお兄ちゃんがあたしを見る目はやっぱり"義妹いもうと"で、だったらもう一度するしかないっ!!」


 ──涙の味を感じた時、激しい頭痛が俺を襲った。


「あたしをお姉ちゃんだと思って……!もう一度あたしを抱いてっ……!!」


 美亜は全身を震わせて、落ちてくる涙を拭おうともせず大きく息を吸い込んだ。


「あたしはお兄ちゃんの事が大好きっ!!だからお願い・・・!!!」


 俺の頭を両腕で包み込んだ美亜は、隙間なく唇を押し当てた。


 まるで、フラッシュバックするかのようにあの日・・・の光景が甦る。


 ──あたし達、結婚だって出来るんだよ!?


 ──あたしは外の世界に連れ出してくれたお兄ちゃんが大好き!もう義妹いもうとじゃ居られないの!!


 そして、美亜への想いが唐突に溢れだしてくる。


 ……そうだ。俺は美亜に告白をした。


 みっともなくて、無様で、美亜を傷付けるような最低の告白を。


 なんだ、答えなんて出て無かったんじゃないか。

 俺の心にあった気持ちはたった一つだけ。


 でも、それが答えなんだろう。


 それは記憶を失ってからの俺の気持ちと同じ。


 俺は無事同じ選択肢を選べたという事だ。


 なら、今俺がやる事は決まってる──


「……美亜、ストップ」

「ヤだ!!お兄ちゃんが思い出してくれるまで、あたしは──」


 俺に覆い被さり続ける美亜の口を、今度は俺が塞いだ。


「……っ!?」


 俺からのキスに、目を見開いて驚く美亜。

 

 少ししてから俺はそっと、美亜の唇から離れた。


「もう一度、告白をするよ。俺は美亜の事が好きだ。一人の女の子として、好きだ」

「……それ……あの時の……!」


 美亜は自分の唇に触れながら固まった。


 どうやら気付いてくれたようだ。


「……お兄、ちゃんっ……思い出して、くれたの……?」


 ぼろぼろと、先程よりも更に涙を流して口元を押さえている。


 俺は腹の上でそうしている美亜を、強く抱き締めた。


「……ごめんな。絶対に忘れちゃいけない事を忘れてた」

「……ほんとだよっ。あたし、苦しかった……!あたしのせいでお兄ちゃんがって……!!」

「美亜のせいじゃねーよ。それにこうして思い出せたんだ、美亜のおかげでな」

「……うぅっ……お兄ちゃんっ好き……大好きっ……もう絶対忘れないで、二度と義妹いもうとにしないで!!」

「……あぁ、約束する。俺も大好きだよ、美亜──」


 俺達はもう一度深くキスを交わした。


 お互いの気持ちを溶け合わせて確認するように──





「お兄ちゃん……確認だけしてもいい?」

「どんな確認だ?」

「どこまで思い出せたのかの確認」

「……ばっちこい」


 俺達は手を繋いでいつもの小さなテーブルの前に座っている。


 勿論、恋人繋ぎでな。


「じゃあ聞くね。あたし達がした・・時、あたしは何回イっちゃったでしょう?」

「なっ!?」


 こ、こいつ、なんて事聞いてくるんだ!?

 

 えーと……そんなん男の俺は分からんぞ……

 ……でも凄くきゅーってなった瞬間が何回かあったような……


 くそっ、当たってくれよ!!


「2回だっ!!!」

「ぶっぶー5回以上でーす」

「うそぉ!?てか以上てなに!?」

「ふふっ、別に当たってなくても良いの。お兄ちゃんの顔見てたら本当に思い出してくれたんだって分かったから。回数なんて分かんないくらい……だったし。正解なんて無いが正解かも」

「……なんだそれ……」

「じゃあ次にする時はちゃんと1回ずつ教えてあげる♡それじゃ第2問」

「お、おう」


 美亜は少しだけ笑顔を薄めた。


 俺は、確かに美亜との記憶を思い出した。

 

 そう、美亜との記憶は。


 そして美亜はそれを見抜いていた。


「花火の日……お姉ちゃんの服装を覚えてる?他の人の服なんか覚えてないものだろうけど、お兄ちゃんがお姉ちゃんの事で覚えてない事があるわけないよね?」

「……」


 それは実に的を射た言葉だった。


 冬姉の事が好きだから、俺が冬姉の事で忘れてる事があるというのは、つまりそういうことだ。


 ──冬姉との思い出だけが今の俺には欠けている。


 美亜は繋いでいた手を離し、玄関を指差した。


「お兄ちゃん、最後の記憶を取り戻しに行こう。お姉ちゃんが待ってる」


 俺は立ち上がり、ベンチで待ち続けてくれている冬姉へと体を向けた。


「美亜、ありがとう行ってくる」

「……お礼を言うのはあたしだよ。お兄ちゃん、あたしを好きになってくれてありがとう」

「先に返事を聞かなくて良いのか?」

「良いよ。記憶を全部取り戻すまで待っててあげる」

「……そうか。それじゃ冬姉を呼んでくるよ」

「あたしも行くよ。ついでに外で待っててあげる」

「分かった」


 俺達は揃って玄関を出て、冬姉の所へ向かった。


 何故だか躊躇いなくこの玄関を出る美亜に感動を覚えてしまう。


 俺達がベンチに座る冬姉の居るベンチへ向かうと、夏だというのに冬姉は震えていた。


「……お待たせ、お姉ちゃん」

「……冬姉……」


 顔を上げた冬姉は、涙を流していた。


「……ごめんね、次は私の番なんだよね。分かってるんだけど……怖くてっ……」


 今にも消えてしまいそうな冬姉を見て、美亜が冬姉を抱き締めた。


「大丈夫、大丈夫だよお姉ちゃん。お兄ちゃんはちゃんと思い出してくれるよ」

「……美亜は上手くいったんだね。でも……私との事は、分かんないよ……!」

「いつものお姉ちゃんはどこに行ったの?あたしのライバルのお姉ちゃんはもっと手強い女の子だったよ?」

「だって……怖いのっ……思い出したせいでまたって……どうしてもその気持ちが消えないのっ!」


 その言葉を聞いた美亜は冬姉の体から離れ、一歩後ろに居た俺の隣に来た。


「……ならずっとそうしてなよ。あたしがお兄ちゃんを一人占めしてやるんだから」


 美亜は俺の唇に自分の唇を重──


「……さい」

「え?なんて?もう遅いから──」

「待ちなさいっ!!」


 冬姉の怒号がアパートに響く。


 ……こりゃまた苦情が来そうだな。ご近所さんすみません。


 美亜はあとほんの数ミリまで俺の唇に近付いた所で、俺から離れた。


 冬姉は立ち上がり、俺の左手を取った。

 一瞬だけ美亜に笑顔を向けていた気がする。


「夏君、行くよ!!」

「え、ちょ、んないきなり!」


 冬姉に引っ張られ、美亜から離れていく。


「美亜に取られちゃう前に、思い出して貰わないといけないって気付いたの!」

「冬姉……」

「後で、美亜にお礼を言わないとね……」


 玄関へ着くと、俺達は同時にドアノブに手を掛けた。


「夏君、告白って怖いね。2回目なのに、全然変わらないや」

「大丈夫。冬姉に出来ない事はない、そうだろ?」

「そんな事ないよ。今までそうしてこれたのは夏君が居たから。だから──」


 冬姉は俺を見上げ、また俺も冬姉の瞳を見つめた。


「──ずっと一緒に居てね」

「約束する。だけど告白が早いな?部屋に入ってからだろ?」

「そうだったね。よし、行こう!」

「おう!」





 リビングに着いた俺達は、先程とは違い薄暗い部屋の中で、ベッドに腰掛けていた。


 5分程ずっと指を絡めて手を繋ぎ、俺の肩に冬姉が頭を預けている。


「……冬姉、ずっとこうしてるつもり?」

「……ずっとこうしてられたら良いなとは思うよ」


 思えば、冬姉はこのぬるま湯のような幸せな環境に、ずっと居たいと願っていたのかもな。


 だから、今日を期限と決めた。


 ならいつまでもこうしている訳にはいかない。

 時間は限られている。


「冬姉……美亜が待ってるぞ」

「……分かってる。だけど私は皆が思うような強い女の子じゃないの。あの・・熱が無いと告白も出来ない、臆病な女の子なの……」


 熱……


 予想は出来る。だけどそれは話を聞いたからだ。

 

 今、俺の知らない熱を生み出すにはどうすればいい?


 答えはさっきの美亜が教えてくれた──


「冬姉、俺は美亜が好きだ」

「!」


 握っていた冬姉の手が、びくっと震えた。


「冬姉がこのままでいるなら、俺は美亜を選ぶ」

「……」


 冬姉は俺の肩から頭を離し、顔を髪の毛で隠した。


「……どうしたら私の事を選んでくれる?」

「自分で分かってる事を聞くのか?」

「……分かってる……けどっ……!」

「俺、言ったよな。冬姉を愛してるって。俺がそう思うのは、いつもの……最高に可愛い冬姉なんだ。臆病な冬姉じゃない」

「臆病な私だって私だよっ……愛してるって言うなら全部、全部の私を愛してよ!!」


 気が付くと、冬姉の両目からは再び涙が流れていた。


 それでも俺は冬姉をさらに追い込んだ。


「嫌だ。俺の知ってる冬姉はもっとワガママで、小悪魔で、傍若無人な人だよ」

「俺の知ってる……?私の告白を忘れちゃった夏君が何を知ってるって言うの!?」

「……」


 冬姉はそう言った直後、自分の口元を押さえて頭を横に振った。


「あ……ち、違っ……ごめん、今のは──」

「その通りだよ。だからさ、思い出させてくれよ。冬姉の告白をさ」

「……! 夏君、わざと……」

「ほら、あんな言い方したんだ。早くしてくれよ」

「むぅ……ほんと意地悪だ。変わらないね、ずっと……」

「出会った頃からか?」

「……うん」


 俺はそれをきっぱりと否定した。


「いーや、変わったさ」

「そ、そうかな?」

「あぁ、だってあの頃の俺なら冬姉を愛してるだなんて絶対言えなかった」

「! も、もう……」

「冬姉、俺は言ったぞ。告白を聞いてくれって言ったのは冬姉の方だぞ?」

「うん……そうだね。よしっ」


 冬姉はベッドの後ろへ回り、両手を広げドレスワンピースの胸元を強調させた。


「夏君、ここおいで」

「了解だ」


 俺は後頭部を冬姉の胸へと預け、心臓の鼓動に耳を傾けた。


「……夏君、幸せ?」

「超幸せ」

「やっぱり夏君はおっぱい星人だね」

「ふっ、否定はしない」

「美亜より大きいの、嬉しい?」

「……それってどう答えるのが正解?」

「実はお尻派ですって言ったら座布団1枚あげてたね」

「冬姉派って言ったら?」

「……」


 冬姉は俺の胸の前で手を組んで、耳に口元を近付けた。


「──私を選んでくれたら、もう一生離さない」

「……浮気したら?」

「え、普通に殺すよ?」

「……肝に銘じておきます」

「私、重いからね。覚悟しなさい夏君」

「はは……」


 こりゃやっぱぶっ飛ばされるな。

 俺がそう思った時だった。


「だけど──」

「ん?」

「夏君の告白次第では考えてあげる人も居なくはない」

「……うん。ありがと」


 俺はお礼と同時に冬姉の両手に自分の手を重ねた。


「……夏君って、本当父さんと同じ事をするね」

「え……?そ、そうなのか?」

「そのせいで私の心は掻き乱されてばかりだよ」

「ご、ごめん……?」

「ううん……だからこそ私は夏君に恋したんだと思う」

「……」

「ねぇ、夏君」

「……ん?」


 冬姉は俺の名前を呼ぶと同時に、俺を抱き締める力を強くした。


「もう好きになる余地なんか無いと思ってた。だけど前にも増して、今、私は夏君の事を愛してる──」


 冬姉は心臓の鼓動で、言葉で伝えて来た。

 それは唐突で、思わず俺は冬姉の方を振り返った。


 瞬間、冬姉の後ろにあるはずの無い、白く輝く特大の花火が見えた。


「……どこ、見てるの?私を見なさい」


 俺はすぐに冬姉の方へと視線を移し、そこからもう二度と目を逸らす事が出来なくなった。


 一筋の涙を流す冬姉があまりにも儚くて、乙女で、目が離せない。


 既に奪われている心が、ドクンと弾む──

 

「……んっ……」

「……っ!」


 視線が合ってすぐに、俺の唇を冬姉の柔らかい唇が塞いだ。


 とても長くそうしていた気がする。


 やがて唇を離した冬姉は、涙で言葉を途切れさせながらも、やっとその言葉を口にしてくれた。


「……な、夏くんっ……私……は、夏君を、愛して……るっ……!!」


 もう頭痛は起きなかった。


 冬姉のキスがあの痛みを全部溶かしてくれたから。


「冬姉、俺もだよ。また毎朝キスをしよう?」

「……!!」


 俺のその言葉で、冬姉は全てを察してくれたようだ。


 冬姉は俺とキスをしたとは言ってくれたが、毎朝のあのお願い・・・の事は言わなかった。


 全てを伝えるにはこれで十分だろう。


「……な、つ……くんっ……」

「……うん……」


 大粒の涙を溢す冬姉は、せっかくの綺麗な顔をぐしゃぐしゃにしながら俺を抱き締めた。


「ごめんね夏君っ……良かった……!良かったよぉ……!!」

「心配掛けたな……」

「私……私……!!」

「大丈夫、もう大丈夫だよ冬姉」

「……あぁぁっっ……!!!」


 しばらくの間、冬姉は泣き続けた。

 玄関の前で俺達の会話を聞いていたらしい美亜も、少ししてから部屋に戻ってきた。


 ずっと泣いている冬姉を見て、美亜も込み上げてくるものがあったのだろう。


 俺達三人は、日付が変わるまで抱き合った──





「二人とも、最後にいいか?」

『……?』


 時刻は日付が変わって9月1日深夜1時半。


 あれから風呂に入って髪を乾かして、寝る準備を整えた。

 俺と美亜は今日から学校だから、そろそろ寝ないといけない。


 だけど、その前にこれだけはやっておかないといけない。


「俺の答え、聞いてくれないか?」

『!』


 ベッドの上で顔を見合わせた二人は、頷き合ってから俺を見た。


「聞かせて……?お兄ちゃんの答え」

「ふふっ、覚悟は出来てるんだよね、夏君♡」


 俺も二人の目を見て頷いた後、息を呑んでからはっきりと告げた。


「俺は二人の事が大好きだ、愛してる!!」


 俺の告白に、二人は少し呆れたように笑う。

 

「どっちかなんて選べない……!俺は──」


 両手を広げて俺の言葉を待つ二人の元へ俺は駆け出した。


「ハーレムルートを選──ぶぅぅっ!!!」


 ──俺の両頬は強烈な平手打ちに見舞われた。


 膝から崩れ落ちた俺は、ピクピクとベッドの端に手を掛けて二人を見上げた。


「……ふ、冬姉……さっきもう一人なら許すって……」


 冬姉は腕を組んでぷりぷりと怒り出した。


「許すなんて言ってない、考えるって言ったの!それに告白次第って言ったよね!?なに今のハーレムルートって!夏君バカなの!?」


 さらに美亜が続く。


「そうそう!!それにもう一人って言い方、お兄ちゃんあたしの事2番目の女扱いしてるよね!?」

「そ、そんな事ない!!ふ、二人とも、話し合お──」


 冬姉と美亜は声を揃えて叫んだ。


『夏君(お兄ちゃん)の、ド畜生ーーーー!!!!』

「む、無念……」


 ──こうして俺の誕生日は幕を閉じた。  


 無事記憶を取り戻し、二人から運命を決める告白を受ける事も出来た。


 俺の告白は大失敗に終わった訳だが……


 義理の妹で童貞を卒業した俺は、義理の姉の家に追い出されてから、こんなドタバタな日々を送った。


 そしてそれはこれからも続いて行く。


 冬姉と美亜、二人の女の子が俺にくれる幸せな日々はな。





「夏君、美亜~学校でしょ?そろそろ起きなさーい」


 9月1日午前7時。


 昨日の疲れで体の重い俺は、うなだれながらも無理矢理体を動かした。


「あ、あれ冬姉……早起きだな」

「いや眠たいけど、夏君がキスして起こしてくれなかったから私が起こすしかないでしょ?」

「す、すみません……」


 なんで俺が謝ってんだろ。


 ……まぁいいや。あんまりこの話題を引きずると──


「お兄ちゃんー、あたしはまだ寝てるよ?キ・ス♡」

「やかましい!お前もさっさと起きろ!」

「お兄ちゃんのけち……」


 そんな、いつもの朝を迎えた俺達は、例の小さなテーブルを囲って朝食を取った。


 三人揃って手を合わせた後、美亜が少し暗い顔をして冬姉の方を向いた。


「……そうだお姉ちゃん、あたし達今日には実家に帰るよ……?」

「……うん。約束だもんね」

「……」


 ……本当、一度決めたら頑固な姉だ。


 俺はキッチンの冷蔵庫に貼ってあった、あのプリントを持ってきた。


 そしてそれを二人の目の前で──


「ふんっ!!」

『あっ!』


 ──真っ二つに破いてやった。


「な、夏君、なんで……?」

「決まってるだろ」

「……さすがお兄ちゃん」


 俺と美亜はこくっと頷き合って、冬姉を真っ直ぐに見つめた。


「俺は大好きな二人と離れるつもりはねぇ!ずっと一緒に居るって約束したろ?」

「……あー……もう、ずるいよ夏君──」

「ひひっ!諦めなよお姉ちゃん──」


 二人は同時に立ち上がり、俺の両脇を挟むように並んだ。


「必ず、私達を幸せにする事」

「絶対、浮気は許さないからね」


 二人は俺の大好きな最高に可愛い笑顔を見せた後、両頬に唇をちょん、と触れさせた。


 そして、俺が決して断る事の出来ないあの言葉を言い放つ。


お願い・・・!!!』


 俺も二人が好きであろう満面の笑みで答えた。


「あぁ……任せろ!」


 そうして俺達が笑い合った時、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 

「ありゃ、誰だろ?」


 モニターを見に行った冬姉は、そこに映った人物を指差して美亜を呼んだ。


「これ、美亜の友達じゃない?」

「ほんとだ、麗ちゃんだ。あたし出てくるよ」

「おっけー」


 玄関へ駆け足で向かう美亜を見て、冬姉が優しく微笑んだ。


「……美亜、もう心配は要らなそうだね」

「あぁ。美亜は成長したんだよ」

「……ふふ、ありがとね夏君」

「家族皆のおかげだよ」


 俺達がそうやって穏やかな雰囲気で居ると、穏やかでない足音が廊下から響いて来る。


「お、に、い、ちゃ、ん……?どういう事???」

「……へ?」


 ドスンドスンと足音を響かせていた美亜の後ろに、美亜とのデートの時に出会った緒方の妹がそこに居た。


「あ、あの、麗ちゃん、だよな?緒方の妹の」


 彼女は素直に頷いた後、美亜の後ろから飛び出して俺の目の前にやって来た。


「……先輩、スマホ見てへんの……?」

「スマホ……?」

「……連絡したのに。一緒に学校行きたいって……」

「え!?」


 俺は慌ててスマホを取り出し、未読のメッセージを見返した。

 

 するとそこには確かに、"緒方"の名前が。


 そうだ!

 退院してからまたこのアパートに帰って来た日、確かに緒方からメッセージが来ていた!!


 後で返事をしようとしてそのまま忘れてたんだ!!


 ……え、待って。なんでこの子が俺の連絡先を──


「……せっかく兄さんを半殺しにして連絡先聞いたのに……」

「お、おぉ可哀想に緒方の奴……」


 いや、あいつなら最愛の妹の拳を受けて喜ぶか?

 

 てかそんな事より理由が分からんぞ!?

 

「な、なぁ麗ちゃん。なんで俺の連絡先を知りたかったの?それに一緒に学校って……」

「……そんなん決まってる……」


 そして小さな体の麗ちゃんは、大災害を招く言葉を発した。


「……うち、先輩の事好きやから──」


 俺は殺気というものを、生まれて初めて実感した。

 それは身震いを起こし行動の一切を封じた。


「な、つ、く、ん?学校に行く前にちょーっとお話しよっか~???」

「あたしも聞きたいなぁ~。ねぇお兄ちゃん、浮気はダメって言ったよね???」

「ま、待って……俺は何が何だか──」


 さっきまでの俺の大好きな笑顔はどこへやら。

 鬼の形相の二人は、白目を向いて怒声を飛ばした。


『説明してっっっ!!!!!』


 家を追い出され、記憶無くして……

 どうなってるんだ……俺の人生は……


 もう俺はこう言うしか無かった。


「勘弁してくれ……」


 俺のドタバタの人生は終わらない──

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