第13話 戻りきた日常
それから俺とカエデは、特に大きなことに巻き込まれることはなく、家に帰還することができた。
とは言っても、彼女のことが心配なので…俺の住んでいるアパートに来るように言うと、反論することなくアパートに来てくれた。
そして…アパートに入ると同時に、彼女の様子が変化した。
「ねえ…七星クン…どこにも行かないよね?」
「どうしたんですか?俺はどこにもきませんよ、ましてやさっき、あんなことがあったばかりなのに到底……外に出る気力はないですよ」
「そう…だよね…ごめんね、変なこと聞いちゃって」
彼女は俺に謝ると部屋の方へ、トコトコと歩いていった。
その背中には、なぜか寂しさと罪悪感を覚えてしまった……。
俺も彼女の背を追いながら、ついていった。
部屋に着くと相変わらず、ベッドや机…椅子程度しか置いていなかった。
表すのならば、質素…この二文字にかけることしかできない。
そして、彼女は相当疲れていたらしく…カーペットすら敷いていない、床にそのまま寝転んでしまった、そして……そのまま、夢の中へ行ってしまった。
普通ならば「行儀が悪い」と言われるだろうが、あのような出来事があったのならば、仕方ないと思いそのまま見逃す他ない。
だが……流石に少し不衛生な場所で寝かせるのは可哀想なので、俺のベッドで寝かせることにした。
俺は彼女に近づき、その小さい体を持ち上げた。
その体の軽さに、俺は驚かされることになった。
「よいしょ…軽いなぁ、いや……これ…異常なほど軽くないか?」
彼女は145センチの身長はある確かに平均的には低い方だ、だが…彼女は身長の割に体重が全く合っていない。
……なんだろうか、空気をそのまま持ち上げている感じ?
何を言っているか全く理解できないだろうが、そう表現するしか説明ができない…逆にこれを説明できる人がいたら、俺は尊敬してしまうレベルである。
「…ふう、可愛い顔してるな…どんな運の持ち主なんだろ………」
彼女をベッドに運び終えて、少し休息を取ろうと思い…その暇つぶしとして、彼女の寝顔を覗いてみた。
整った顔つきに、光すら弾くような白色の髪を有しているのが印象的である。
一言で言えば“可愛い”…その言葉で表すことしかできない。
他にも感想があるとか、お前は人を見る目がないと思われるだろが……正直なところ………。
……こんな彼女がいるって、まだ実感できていない…というか、実感しろと言われると困難を極めるほど。
だが彼女の寝顔を何時間見るほど、俺は暇ではない。
まずは彼女が目覚めた時のために、風呂や食事の準備をしないといけない……ということで、残念という名の感情を残しながら、大きくため息をした。
「とりあえず…風呂の掃除とかしてくるか…カエデさんは…まぁこのままで大丈夫かな……」
熟睡している彼女を横目に、俺は立ち上がった。
だがこのまま離れるのも悲しいと思い……俺は掃除に行く前に、彼女の白色の髪を数回撫で回す。
撫でた時、彼女が少し声を上げたので、もう少しだけこの場にいたいな欲求を抱く。
が、そんな欲望よりも、自身のやるべきことを俺は優先した。
欲望を脳の片隅に残しながら風呂場に行った…。
とは言ってもそんな時間はかからない、最低でも20秒を越すことは確実にないと言える。
「……よしやるか、今日はカエデさんもいるからいつも以上に綺麗にするように…自分なりに頑張ろうか」
風呂場の横にある掃除道具に手を伸ばした、掃除道具はまるで、槍掛けのように丁寧に配置されていた。
その中の一つを選んで取り出した、ゆっくりと倒れないように慎重に取り出す…。
掃除道具を取り出すと、人が1人しか入ることのできないバスタブを洗い始める。
ゴシゴシという音を響かせながら、懸命にバスタブを洗う。
風呂場にある窓から、夕陽が差し込めているので少し暑い、プラスで何かの虫の鳴き声が聞こえ、夏を感じさせる。
「…ん、結構終わったな…よしそろそろお湯をはるか、軽く…40℃くらいに調整しておくか」
風呂場にある自動お湯はり機能を使い、ピピと音を響かせながらその他の調整をする。
この調整も、彼女に合わせて念入りに行う。
正直なところ、疲れている体にこのような仕打ちはどうかと思う。
が………彼女を家に連れてきたのは、自分だと思い出した。
「よし…あとは…夕食の準備だよな……さて、ちょっと冷蔵庫の中を見てくるかーーー確かあまり食材は無かった気がするけど…」
さてさて…食事の準備を…と、考えながら風呂の掃除を完全に終わらせた。
風呂の中から出てリビング…とは言っても、そんな大きくないのだけど。
そんな事を考えながら部屋に行くと、意外な光景が広がっていた。
彼女が目覚めていたのだソファに座って、部屋の中心に大きく置かれた木製の机の上を見ている。
その光景を見て、俺は彼女が何をしているのか気になって仕方なくなった。
そして、衝動的に彼女に声をかけてしまった。
「あの、カエデさん大丈夫ですか?どこか調子でも悪いんですか?」
無心の状態に陥っている者に対する定型文のような、ものを言って反応がくるまで待つ。
……だが彼女からの反応は全くない、むしろ声すら聞こえていないように見えた。
「あのお?カエデさん?大丈夫ですか…」
彼女の反応はまだなかった、だがこのセリフを言った数秒後彼女の顔が少し動く。
顔を動かした時、赤い目がこちらを覗いてくる。
が、その目には……生気というものが全く感じられなかった。
「え……カエデさん?」
そんな生意気な声を出した時にはすでに遅かった、彼女はすでに俺の間合いに入っていたのである。
突如、間合いに入った彼女がこんなことを聞いてきた。
「七星クンさ…私のこと嫌い?」
「…はい?」
「だからさ…私のこと嫌いかって聞いてるんだけど?どうなの?」
「いや、何を言ってるんですか……カエデさんのとは大好きですよ…」
「じゃあ…ずっと一緒にいてくれる?いて…くれるよね…?」
俺はこの時、彼女に一つの感情が芽生えていると確信した。
あの日、カエデに告白された日と同じような感情を俺は彼女から察知した。
その感情とは“狂気”…ソレに近い、いやソレと同じ類のモノであった。
あるいは、ソレから派生したモノだと俺は思った。
この台詞を聞いた途端、体が一瞬ビクッと震える、汗も髪と髪の間を伝って、頬へと流れてくる。
逃げ出したいという感情が俺に生まれる、彼女に対する恐怖によるものであるのは、誰が見ても一目瞭然であった。
「……ッ」
確かに俺は彼女が嫌いではないし、
だがこの彼女は人間とは思えない、異質さを際立たせており、獣などという人類のどれにも当てはまらないモノ……。
「は…はい、カエデさんとなら……一緒に…」
最後まで声をそうとするも、途中で息がつまり出なくなった。
続けて言おうとすると、彼女の方が先に声を出したことに気づいた。
「……本当だよね?信じて大丈夫?」
その質問が飛んでくることは、脳内で既に推測の範囲に出ていた。
並びにその質問に対する答えも、決まっているのである。
俺は固唾を飲み込んだ、そして答えを彼女に対して吐き出した。
「———信じていいですよ、カエデさん」
「………ありがとう、七星クン」
そう言うと、彼女が離れる。
彼女が離れると彼女の顔が垣間見えた、その顔には喜びのような感情と、寂しさのようなもの、ソレに加え狂気の
続けて彼女が口を開いた。
「えっと……さっきから似たような質問ばっかきちゃってごめんね……ちょっとさっきのことが…気あって…」
さっきのこと………ああ、だいたい予想はついた。
彼女が似たような質問を聞いてくる理由も、これで結論が出る。
つまるところ彼女は俺のことが守りきれなくて、その罪悪感で自分んことを責め過ぎてしまい…。
”俺に嫌われることが“、怖くなって聞いてきたのだと……これが正解かどうかはわからない。
だけど、俺が出せる結論はこれしかなかった。
「…大丈夫ですよカエデさん、俺は全く気にしてないので…俺もカエデさんのことを守れなくて、すみません…次は絶対……俺が守りますから」
「ありがとうございます………そして、ごめんなさい…」
その悲しみと懺悔という感情が入り混じった、言葉を俺に返してくる。
彼女の声は……微かにしか聞こえないほど小さく…彼女の声はあまりにも、俺に対する罪悪感が強いのだと感じる。
そして…あまりにも荷が重すぎるモノだと自覚させられた。
その言葉に対して返す言葉を作ることが、俺には到底不可能であった。
返す言葉が作れなければ、彼女を悲しみの底から引き出すことも出来ない。
俺は視線を床に向ける彼女に近寄る、ゆっくりと音を立てずに。
俺の行動に虫たちも扇動させられたのか、部屋の外から聞こえる鳴き声も次第に大きくなる。
そして虫の鳴き声もピークに達した途端、俺は彼女に抱きついた。
「───え?」
彼女の口から一つの言葉がこぼれる。
俺が抱きつくと彼女は少しずつだが、離れようとした。
すかさず彼女が逃げないように、俺は抱きしめる力を強めた。
「ナナ…」
「わかった…だから俺からもお願いです…一生離れないでください……」
台詞を言い終えると彼女が少しふふっという、小さな笑い声を出した。
「ありがとう」
この一言を聞くだけで…俺は嬉しさという感覚だけが脳内に渦巻いていた。
その感覚は、他のものに変えれないような代物で
あるというのも…ここで気づくことになる。
もう…この状態から、戻りたくないと思ってしまった。
「…じゃあ、ご飯食べる?」
「え…いいんですか?カエデさん……さっきから少しきつそうですけど………」
「いや…大丈夫だよ……それより…七星クンのほうこそ……大丈夫?」
明らかに体調が悪いという感情を、露わにしている彼女を見て、心配という気持ちを脳内に充満させると。
今度は彼女の方から聞いてきたのである、自身の保身より…自身の大切なものの保身に走る彼女には……狂気を再度、感じらせてくる。
「…はぁはぁ……七星クンは、やっぱり優しね……そういうところ、私は好きだよ………」
儚く散りそうな言葉を投げかけられる。
その言葉を聞いて、精神が崩壊しそうになる。
ここで、もし彼女が亡くなったらという、妄想に深く沈んでしまった。
─────深い深い、深海のような。
暗い……。
そんな憂鬱な雰囲気で、彼女を見ていると…彼女から声をかけられた。
「どうしたの?そんな暗い顔して…七星クンのほうが…ケホッ……具合悪いんじゃないの?」
……その言葉に返答しようと、いつも彼女と話す時の様な感情に変えようとした。
だが……どうにも、運命はそれを許してくれないらしい。
その運命に抗おうとした。
だが…。
「どうしたの?喋らないけど?」
「…………………ああ…」
この言葉でしか返答ができない、これ以上……全く言葉が口を通って
……喉に異物感がある。
それは物理的なものではなく……感覚、もしくは概念的なものであった。
だが、それは確実に…“何者かによる干渉であると”……。
「大丈夫?やっぱり体調悪い?」
…無理やり喉から、声をひっぱり出そうとした。
だが…喉は言葉を口の通してくれない。
肺に力を入れて……思いっきり、口から空気を出そうと試みた。
そして…。
喉を通して、口から一気に息を吐いた。
自身が出す「はぁーーー」という、声の様なもののと共に。口から空気が漏れる。
それは、風の如く……強く吹いていたと、自身の中で思った。
「はぁはぁはぁ……」
「…………休む?」
彼女が声をかけ、ゆっくりと近づいてきた。
予想だが……俺のことをベッドまで、支えて連れて行こうとしたのだろう。
だが……俺は彼女の、優しさと気遣いを
彼女が既に1メートルという、超至近距離まで近づいてきた時。
俺は彼女に対して、強く手を押し出した。
すると当然のように、彼女はその場で動きを停止させる。
「…え?どういうことなの?」
彼女は驚きの表情を俺に見せる。
「だ、だ、大丈夫ですから…本当に気にしないでください…」
「…本当にお願いだから……絶対に無理だけはしないでね?」
彼女が注意もしくは助言のようなものをしてくるが、今の俺には全く聞こえていなかった。
そもそも耳に、先ほどまで鳴っていた虫の音すら、耳に入ることを拒んでいた。
「じゃあ…カエデさん……お風呂入った方が良いですよ……」
「う………分かった……けど、七星クンもキツかったりしたら、本当に言ってね!?」
すごく大きな声で彼女が主張する、その声は本心からでているモノだと…老若男女、誰が聞いても理解できる。
それくらい……心配していると、俺はようやく理解できた。
———そして、俺に後ろ姿を見せながら…お風呂場へと向かっていった。
「……じゃあ……食事の準備でもしような………くっ……」
…実際は完全に治りきっていない、喉からほぼ無理矢理と言っていい形で言葉を漏らす。
千切れそうで、溶けそうで、儚く弾けそうな……。
少しずつ…一歩一歩小さく……足を自分の足を動かす。
歩くごとに足が痛い……予想だが、さっきの戦いの怪我は治りきっていない。
あの老婆は怪我を治すと言ったが……実際は、表面上の処置が限界だったのだろう。
「…カエデさんがお風呂から出てくるまでに…ご飯を早く作っておかないと…ね…」
台所へと歩く…部屋自体は小さいのに、自分の歩く速度が遅すぎるがため…。
目的の場所に行くまでに数時間かかったと、錯覚させられるほどであった。
足を動かして、台所へ着いた。
キッチンの火をつけて……料理を作ろうとする。
作る際に必要な物を出して、調理の準備をした。
調理とは言えど………
もしコレがなければ、見た目も悪く、コゲだらけの炭のようなものになっているだろう。
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そして
出来はなかなかのものであったが…正直なところもう少し良いものを、作れたのではないかと思ってしまった。
確かに時間があまりない上に、食材が少なかったことを除いても、もう少しは良いものは作れたと後悔する。
恋人が家に来ていると言うのに、こんな質素なもので本当に良いのか?
そう考えていると、風呂場からガチャと言う音が聞こえr。
彼女が出たのだと、考える必要もなく理解した。
「あ、カエデさん…お風呂出たんですね」
彼女の姿が見える、服装はこの前の部屋着と同じで、Tシャツを着て下にはショートパンツという…理性を破壊しに来ている服装だった。
と、彼女は口を開き何かを言おうとすると…。
地面に倒れ込んだ……。
「え?」
呆けたような声を出した途端、再度彼女が口を開いた。
「七星…クン…うっ…」
そう言った彼女は、次の瞬間…。
口から紅の液体を吐き出した…それは見間違えるはずもなく…血液であった。
その量は一滴ではなく…溜まりが出来るほどの量だった。
「…あっ………カエデさん……」
状況を処理できずに、彼女へと近づいた。
その時の感覚はフワフワした。
夢の中にいるような感覚とは、このようなことであるのかと…その情報量と、拒否反応を示す脳内で唯一思ったことだった。
「カ………エ…デ…?」
「………………」
問いかけても、彼女からは何も返ってこない…。
────部屋の中には、虫の鳴き声ともうすぐ沈みそうな赤色とオレンジ色混じった…夕陽だけが、その部屋の中に響いていた。
第13話 終
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