第12話 英雄

ナンケー地方北東部 サナーガの首都チョーセーでは、太い眉で大きな鼻をした目つきの悪い小太りの男が、赤い派手な鎧をまとう灰色の髪をした男に剣を突き付けていた。


「このれ者が!!よくも余の前に帰って来れたものだな!!??」


リョーブとの戦に敗れ帰国した沙阿しゃあを、兄であるサナーガの王 沙馬駄しゃばだは鬼の形相ぎょうそうで叱責した。


「兄上…大王…申し訳ありません…どうか罰を…」

「ふん!!当然だ!!こいつの首をねろ!!」


沙馬駄しゃばだは何の躊躇ちゅうちょもなく弟である沙阿しゃあの首をねるように命じたが、羽根付き三角帽をかぶり銀髪で目つきの鋭い美女が 沙馬駄しゃばだの前にひざまずき許しを請うた。


「お待ち下さい!!此度こたびの敗戦は副官である私の責!!どうか私の首をねて下さい!!」

「辞めろ!!羅裸亜ららあ!!お前のせいでは無いと言ったはずだ!!」

「フン!!左様さように死にたいのなら良かろう!!二人の首を並べてやるわ!!」

「兄上!!」


沙阿しゃあは思わず周囲の群臣達の顔を見回したが、沙馬駄しゃばだを恐れているのか 誰もが下を見て目を合わせたようとすらしなかった。


(フッ…なんと惰弱な……これも兄上が恐怖で支配した結果だと言うのか…ん?)


群臣達が恐れるなか 細身で穏やかな表情の男が一人、末席から前へ進み出て沙馬駄しゃばだの前でひざまずいた。


「大王!!どうかお待ち下さい!!」

「ほう?王将龍おうしょうりゅう 貴様は余に意見をする気か?」


目の前の王将龍おうしょうりゅうと呼ばれた男は 蹴り飛ばされ剣を突き付けられたが、尚もおくする事なく沙馬駄しゃばだの足元でひざまずいた。


「意見ではなくおいさめです…どうかお聞き下さい…」

「フン!!くだらぬ話なら貴様の首もねるぞ!!」

沙阿しゃあ様の失態 王弟おうていと言えど罪はまぬかれませぬが、敵を打ち破りキィドを陥落寸前まで追い込んだ事は敗れたとはいえ大王の御威光ごいこうを何らおとしめるものではございません…どうか広いお心でお慈悲を……」


王将龍おうしょうりゅうの話を聞き、沙馬駄しゃばだは後ろを向き言った。


「ほう?貴様は余の心は狭いと言うつもりか?」

「そ…その様な事は……」


しばしの沈黙に周囲は皆 冷や汗を流した…後ろ向きで表情はわからないが 烈火の如く怒り狂ってるに違いない、最早もはや 誰もが三人共 首をねられると確信したのである。しかし…沙馬駄しゃばだは不気味な笑いを浮かべながら振り向いた。


「グフフフフ…今のは ほんの戯言ざれごとだ!!余は心が広い、此度こたびは許すが次は無いぞ!!」

「は…はっ…あ…有り難きお言葉……感謝いたします…」


沙馬駄しゃばだと周囲の者は退席し その場には三人だけが残った。


「ふう〜…肝を冷やしたぞ…王将龍おうしょうりゅう…いや、友よ…大きな借りが出来たな?」

「当然の事をしたまでです」

沙阿しゃあ様!!ご無事で何よりです!!」

羅裸亜ららあよ 無茶はするな兄上なら本気で殺すぞ?」

「申し訳ありません……」

沙阿しゃあ様 キィドでの事をお聞かせいただけますか?」

「うむ…酒でも飲みながら語ろう…あの様な屈辱はシラフではとても語れん」


商業都市キィドでは 多くの民が傾国廉けいこくれんのいる屋敷を取り囲み大騒ぎを起こしていた。


「ああ…姫様!?ようやくお目覚めに!?」


軍医と侍女じじょが心配そうに見守るなか、美しく長い髪の美女は目覚めた。


「ここは……私は…」

「サナーガを追い払った後、戦場せんじょうで倒れられたのです…3日間も……」

「3日も!!??……それで…あの外の騒ぎは?」

「それが…キィドの民が屋敷を何日も取り囲み……」

「民が…そう…民は怒っているのね…ここで戦をした事を……」


軍医とそばにいた侍女じじょは 顔を見合わせ大笑いした。


「ど…どうしたの!?一体何が??」

「ウフフフ、あれは姫様を心配する民が何日も様子を見に来ているのです」

「私を心配して??どう言う事なの??」

「今や姫様はキィドの民10万の間では英雄ですぞ、その身を犠牲にして民の為に戦ったのです」

「え!!??私が英雄!!??」


傾国廉けいこくれんが意識を取り戻したと聞き、キィドの民は歓喜してお祭り騒ぎになった。店先では彼女の姿を模した商品が売られるほど人気を博したのである。


「まさか…こんな事になるなんて……」


傾国廉けいこくれんは、踊り子風の衣装をまとう美女をかたわらに自慢の美しく長い髪を指でクルクルしながら頭を悩ませていた。


「民に慕われる英雄なら即位に反対されませんよ?」

「そ…それは……全部 貴女の…華桃かとうさんの差し金でしょう!?」


華桃かとうは とぼけた顔で誤魔化したが いくさに臨み重傷を負った姿で戦う傾国廉けいこくれんを、わざとらしく民に印象付けるように部下に命じていた。


「情報操作って恐ろしいですね?ここまで凄い事になるなんて想定外ですよ、アハハハハ〜!」

「仕掛けておいた本人が言う?…全く…店先に自分のお菓子やら玩具おもちゃが並んでるなんて恥ずかしいわよ…」

「そうそう 知ってますか?あの陸汎りくはんさんも、露店で姫様玩具ひめさまおもちゃを買ってましたよ?」

「え?陸汎りくはんが!?…何に使う気かしら……」


傾国廉けいこくれんは少し引いた…あの無駄に立派な髭の強面こわおもてが自分の玩具おもちゃで何をしているのか想像したくも無かった。


「それに こう言うお面もありましたよ〜」


華桃かとうは懐からお面を取り出し身に着けてみせた。


「そ…それ…本当に私の顔?全然似てなく無い?……」


「ヴァル…それ全然似てないよ……」


長い髪で赤い着物を着た美少女ヴァルは、遊びに来たせい傾国廉けいこくれんのお面で出迎えた。


「そうなんですか??」

「リョーブのお姫様はね、もっとこう…何と言うか美人なんだけど…ちょっとキツい感じの人かな?」

「え〜?でもこのお面 可愛いと思うけどな〜」


ヴァルは傾国廉けいこくれんのお面を残念そうに見回した。


「あの人は多分そんなふうに、テヘペロしながらウインクは絶対にしないと思う」

「良いな〜お姉ちゃんは お姫様に会った事あるんでしょう?」

「まあね 二回くらい会ったかな?」

「どんな人なの!?凄く美人で強いんでしょう!?」

「うん…美人だけど……」


せいは 出会った時の傾国廉けいこくれんを思い出した。

一度目は戦場せんじょうで、敵に捕まりそうになって倒れていた…

二度目は目の前で倒れそうになり、華桃かとうっこされていた…


(ん?倒れている所しか見ていない……もしかして弱いのかな?)


「ねえ?教えてよ〜」


(ヴァルが目を輝かせている…本当は弱いなんて言えない……)


「つ…強いよ 多分…たまに倒れるけど……」


せいは(誤解してるけど…)ヴァルの夢を壊さない様にそう答えた……


数日後 サナーガの首都チョーセーでは陰湿で陰険な顔をした男が沙馬駄しゃばだし出されていた。


比羅津ひらつよ 余はリョーブをいつになったら得られるのだ?」

「大王 今は戦にてリョーブを得るのは難しいかと…」

「今はだと?いつなら良いのだ?」

「時が来れば…その為には少々策をろうする必要が……」

「ふん!つまらぬ策なら首をねるぞ!!」

「ウヒヒヒヒ、どうかお任せを……」


陰湿で陰険な男の下品な笑いが チョーセーの政庁に響いていた……

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