第213話 天馬騎士

「……金獅子! 〝骨姫〟ロザリー!」


 レーンは思わずそう叫び、すぐにハッと口を押さえた。

 金獅子とは王国に数人しかいない大魔導。

 初対面ではるか格上の騎士の名を呼び捨てにするなど、相当に無礼な行為であるからだ。

 しかしロザリーは、にこやかに笑ってレーンに歩み寄って手を差し出した。


「ご存じでよかった。説明の手間が省けます」


 レーンは遠慮がちにロザリーの手を握った。


「レーン=イナークでございます! ご無礼をお許し下さい!」

「何も失礼など。レーン卿は対西域騎士団連合の方ですね?」

「弱小ながら騎士団長をやっております。……今は部下を奪われた一人騎士団の身ですが」

「事情がおありのようですね。ですが、私は王命を受けて馳せ参じております。今は私の用件を優先してもよろしいですか?」


 レーンが目を見開く。


「王命……! もちろんです、ロザリー卿!」

「対西域騎士団連合の総帥閣下の元へ案内していただきたいのです」

「……はっ」

「気が進みませんか?」

「いえ。今は貴女にここへ来ていただけたことこそが重要。すぐに向かいましょう!」

「ありがとうございます、レーン卿」


 そして二人が要塞内部へと移動し始めて、すぐのこと。

 今度は西側の城門のほうがにわかに騒がしくなった。

 レーンが足を止め、西側の城門を凝視する。


「今度こそガーガリアン共が攻めてきたか……?」


 ロザリーがレーンの横に並び、西の空を眺める。


「いいえ。城門の上の兵たちは空を指差しています。たぶん……あれのことかと」


 ロザリーが指差したものに、レーンは目を凝らした。

 空に浮かぶ白い粒にしか見えなかったものが、だんだんと大きくなる。

 それは西の空高くで、白く羽ばたいていた。


「天馬! ……ダレンのクリスタ殿だ!」


 翼の生えた白馬――天馬ペガサスに乗った騎士は、ロザリーとそう年が変わらない少女だった。

 短い髪が風になびき、活発そうな瞳がレーンを捉える。


「レーンさん! どーもっす!」


 上空からレーンに向けて大きく手を振る天馬騎士。

 レーンが上空へ向かって叫ぶ。


「生きていたか! 心配したぞ!」

「何とか! 九死一生っすよぅ~」

「ダレンも無事だな!」


 クリスタは天馬の上でグッと拳を掲げて見せた。



 ――〝守護者の間〟。

 扉を開けてレーンが入ってくると、一瞬の間を置いて嘲笑が起こった。

 総帥ボーゴンがいう。


「どうした? 早くも怖気づいたのかね?」


 再びの嘲笑。

 しかし、レーンに続いて二人の少女が入ってくると、一同は顔を見合わせ、囁き合った。


「誰だ?」「さて……」


 レーンが二人のうち、短髪の活発そうな少女を指し示す。


「こちらはダレンの姫、天馬騎士クリスタ殿でございます。伝令を伝えるため、危険を冒して参られました」


〝守護者の間〟がざわめきに包まれる。

 その中をクリスタが三歩、前に出て、姿勢を正して毅然と声を発する。


「ダレンは健在! 我が父ハンス卿の指揮の下、目下奮戦中でございます!」


 おおっ! といっそう大きなざわめきが起こった。

 レーンが言う。


「お聞きになりましたか? ダレンはまだ耐えている! 今すぐ救援部隊の編成を!」


 すると、途端にざわめきが小さくなった。

 総帥ボーゴンがコツコツとテーブルを叩く。


「……クリスタ殿。奮戦中というが、私はダレンがかなりの劣勢にあると見ているのだが、違うかね?」


 クリスタが胸を張って答える。


「攻められているのですから劣勢ではあるかと思います。しかし、ダレンの兵は今も意気軒高! ダレンは落ちません!」

「落ちないならば援軍は必要ないのではないかね?」

「え? あ、いや、それは言葉のあやで……」

「ダレンからの【手紙鳥】が昨晩から途絶えている。それはすなわち、【手紙鳥】役の魔女騎士ウィッチに不測の事態があったことを意味している」

「う……それは」

「クリスタ殿、ここは軍議の場だ。誇張なく、正確に教えていただきたい。今現在、ダレンの騎士はどの程度生き残っている?」

「……半数程度でしょうか」


 再びざわめきが大きくなる。


「ただでさえ少ないダレンの騎士が、半数!?」

「もう落ちる直前ではないか」

「危ない、危ない。乗せられるところだった」


 総帥ボーゴンは話の流れに満足そうで、対するクリスタは拳を握って身体を震わせていた。

 レーンが言う。


「救援は出さない……ということですか?」


 一同の視線が総帥ボーゴンに集まると、彼はこくりと頷いた。

 クリスタが悲痛な声で叫ぶ。


「ダレンをお見捨てになるのですか!?」

「口を慎みたまえ、クリスタ殿。我ら勇敢なる守護者が守るのは、ダレンではなく獅子王国そのものなのだ。今の戦況でランガルダン要塞の兵は、一兵たりとも無駄にはできんのだよ」


 クリスタは力なく、その場に膝をついた。


「そんな……ダレンの戦力だけでは脱出すら無理っすよぅ……」

「私も残念だよ、クリスタ殿」

「う……うぅ……」


 立てずにいるクリスタにレーンが歩み寄り、脇を抱えて抱き起した。


「行こう、クリスタ殿。ここにいても時間の無駄だ」

「レーンさん……」

「私も行く。ダレンへ向かおう」

「……グスッ。はいっ!」


 その様子を見て、総帥ボーゴンが眉を顰める。


「今度はずいぶん物分かりがいいのだな、レーン卿?」


 レーンは流し目で総帥を見て、言い放った。


「大きな助勢を得られたので。あなた方ではなく、そちらを頼りに救援に向かいます」

「ほう! その大きな助勢とは、もしやもう一人の可愛らしい騎士殿かね?」


 突然、話の矛先を向けられて、ロザリーは紫の目を瞬かせた。

 レーンが「その通りです」と言うと、一同に笑いが起きた。

 レーンが言う。


「ご紹介が遅れましたね。ロザリー卿?」


 ロザリーはこくりと頷き、一歩前に出た。

 そして魔導騎士外套ソーサリアンコートの襟を広げ、胸の金獅子章を見せながら自己紹介した。


「〝骨姫〟ロザリー=スノウオウルにございます。王命を受け、蛮族を討つために罷り越しました。以後、お見知りおきを……」

「おおおッ!」

「金獅子の!?」

「何とッ!!」


〝守護者の間〟が大きな驚きに包まれる。

 中でも目を剥いて驚いたのは、総帥ボーゴンと天馬騎士クリスタの二名だった。


「行きましょう、ロザリー卿。クリスタ殿」


 レーンに促され、二人は〝守護者の間〟を出ていった。




「ロザリー卿。度々の無礼、平にご容赦願いたい!」


〝守護者の間〟を出てすぐ、レーンはロザリーに対し深々と頭を下げてきた。


「ご意向も聞かず、勝手にロザリー卿も救援に行くようなことを……」

「大丈夫ですよ、レーン卿。私の用件は済みましたし」

「そういえば。いったいどのような用件だったのですか?」

「私は王命で対西域騎士団連合及び首吊り公と協力して事に当たれ、と申しつけられています。ですが、同時に命令は聞かなくてよいとも申しつけられております」

「ほう。どこの指揮下にも入らず、独立した戦力として事に当たれと」

「ええ。なので、よく知らない対西域騎士団連合がどういうものか知りたかったのです。これから連携を取って動くべきか決めるために」

「なるほど……どういった印象でしたか?」

「臆病ですね。用心深いのとは違う。リスクを恐れ後手を踏み、より大きなリスクを招く方々かと」


 レーンが大きく頷く。


「まさしく。ダレンもその一例と言えましょう。それで、ロザリー卿。ダレン救援のことなのですが……どうか、お力をお貸し願えないでしょうか」


 ロザリーは黙して考えた。

 真っ先にランガルダン要塞まで来たのには、もう一つ理由がある。

 それは蛮族ガーガリアンの軍勢の規模を見定めるためだ。

 最前線ランガルダン要塞から墓鴉ハカガラスを飛ばすのが効率的だと思われたが、さらに前線に城が生き残っているという。

 敵を知るに絶好の機会だと、ロザリーは判断した。


「行きます。すぐに向かいましょう」


 するとレーンではなく、クリスタが後ろから抱きついてきた。


「ありがとうございます、〝骨姫〟様ぁ~! 感謝感激っす~!」


 抱きついて足まで絡めてくるものだから、ロザリーはブンブン振って振り落とそうとした。

 しかし天馬の騎乗で鍛えたバランス感覚なのか、いくら振っても振り落とせない。


「もうっ! クリスタさん、離して!」

「嫌っす! 感謝! 感謝!」

「~~っ! レーンさん! この人いつもこうなのですか!?」


 するとレーンは見慣れてるのか、特に顔色も変えずに行った。


「ええ、クリスタ殿はいつもこんな感じです」

「話し方も変です!」

「話し方も普段からこうですね。男兄弟の中の紅一点で、兄たちに敬語を強要されてこうなったと聞いております。天馬騎士の特性上、伝令役を務められることが多いので、父親であるハンス卿が伝令時の話し方だけ矯正したのだとか」

「そんな事情までは聞いてません! 離れなさい、クリスタさん!」

「離れないっす!」

「離れないと救援の方法を決められません!」

「おっ?」


 クリスタは腕を外し、ストンと地面に下りた。

 ロザリーが言う。


「クリスタさん。ダレンにはあなたの他にも天馬騎士が?」

「いないっす。死んだ母が皇国生まれの天馬騎士で、その力を女の私だけが受け継いだっす」

「そう……私も天馬で移動できたらと思ったんだけど」

「できるっすよ?」

「ほんと? クリスタさんの天馬はずいぶん小柄に見えたけど」

精霊騎士エレメンタリアの使い魔なんで、通常の馬とは馬力がケタ違いっす。あ、でも……じょならですけど」

「えっ、何? よく聞こえなかった」


 レーンに聞こえないように、クリスタがロザリーに耳打ちする。


「処女なら。じゃなければ天馬は嫌がって乗せないっす。〝骨姫〟様は処女っすか?」


 ロザリーの顔がみるみるうちに紅潮する。


「~~ッ! レーン卿!」

「ハッ!」

「あなたはランガルダンに残って!」


 レーンは固まり、すぐに抗弁してきた。


「いいえ! ダレン救援は私が言い出したこと! 私もお供します!」


 しかしロザリーとクリスタが矢継ぎ早に言い返した。


「あなたは天馬に乗れないのっ!」

「乗れないっす! ぷー!」


 レーンはわけがわからないという風に、目を白黒させた。

 ロザリーは少し冷静さを取り戻し、声を潜めてレーンに言った。


「私はダレンの人々を伴って戻るつもりです」

「は……感謝の言葉も――」

「――しかし帰りも天馬で、とはいきません」

「……たしかに。大勢を徒歩で連れ帰るのは難儀ですな」

「そこはどうにかします。でも、オラヴ川を渡るのに手間取るかもしれません」


 レーンがしきりに頷く。


「仰りたいことはわかりました。ロザリー卿が対岸近くまで来たら、要塞から牽制をかけるのですな?」

「お願いできますか?」


 レーンは顔を顰めて言った。


「掛け合ってはみますが、総帥が騎士を出すかはお約束できません。その場合、私一人でも何らかの方法でやってみますが、どれだけ効果があるか……」

「そういえば、配下を奪われたと仰っていましたね」

「ええ。お恥ずかしいことながら」


 ロザリーはランガルダン要塞の敷地を見回した。

 そして西の城門近くまで歩いていき、そこの地面に両手を置いた。

 ロザリーの瞳が紫に輝く。

 すると次の瞬間、地面がグラッと揺れた。


「ロザリー卿、何を……?」


 レーンが驚いた様子でそう問うと、ロザリーは立ち上がって答えた。


「要塞の地下に私の使い魔を五百体ほど埋めました」

「五百!? 今の一瞬でですか!?」

「ええ。なのでそのときが来たら――おいで一号!」

「イェーイ! オレ様登場!」


 ロザリーがしもべの名を呼ぶと、彼女の影からアクロバティックに宙返りしながら骸骨――ナンバーズ一号が飛び出してきた。

 レーンとクリスタは驚いて身構えている。


「スケルトン……?」

「〝骨姫〟様の使い魔っすか?」

「特別製のスケルトンです。意思疎通ができて、そこらの騎士には負けない戦闘能力も有しています」


 ロザリーが一号に命令する。


「私が戻るまで、こちらのレーン卿に従って動きなさい」

「エーッ。上司ハ女ガイイナァ」

「そんなこと言わないの。レーン卿は地下の〝野郎共〟を動かせないから、あなたが代わりに動かすの」

「……ソレッテ、オレ指揮官?」

「そう、指揮官! やれそう?」

「ヤルヤル! 超クール! 指揮官サイコー!」

「レーン卿、一号も納得したようなので、この子を通してスケルトン兵を動かしてください」


 レーンは一号のことをおっかなびっくりと伺い見た。

 一号はウキウキした様子で、リズミカルにステップを踏んでいる。

 レーンは小さく頷いた。


「……自信がないとか言える状況ではありませんな。お任せください」

「お願いします。一号、ちゃんと言うこと聞くのよ?」

「オケオケ!」

「では行きましょう、クリスタさん!」

「了解っす! ……〝骨姫〟様、乗れるんっすね? やっぱりしょじ――」


 そうクリスタが口走った瞬間、彼女の頭にゴチンとげんこつが落ちた。


「いざ! ダレンへ!」

「あうぅ、お願いするっす!」

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