第211話 老伯
男は依頼主ではなく、仲介者だと言った。
ついてこいと男が言うので、オズとセーロは彼の後を歩いていった。
男は町を出て、夜の荒野へ歩いていく。
「おい、徒歩でサーティスまで行くのか?」
オズが男の背中に聞くと、男が振り向いた。
「もうすぐだ」
「もうすぐ……?」
やがて男は立ち止まり、天を仰いだ。
「何をしてる?」
「待っている」
「何を?」
「暗雲だ」
「……はあ?」
そのうちに、荒野の暗い空にゴロゴロと雷鳴が響いてきた。
セーロが怯えた声で言う。
「まただ……雨宿りした時と同じ、雨の気配なんてなかったのに急に……」
セーロの言葉を聞き、オズが横目で男を睨む。
(こいつ、雷の
すると男が短く言った。
「行くぞ」
「えっ? えっ?」「行くってどこに――」
セーロとオズが戸惑いの声を上げた、その瞬間だった。
突然の白光。
耳をつんざく音。
脳を揺さぶるような衝撃。
周囲の景色が真っ白に染まり、オズは遅れて雷が落ちたのだと理解した――。
――そして目に焼きついた光が収まり、視界が戻っていく。
「なぁっ!?」
セーロが間抜けな声を上げて、地面に腰を抜かした。
「……どこだ、ここは」
オズたちは丘の上に立っていた。
周囲を見渡すと、丘の下にはセブンスの町周辺と同じような荒野が広がっている。
しかし、その反対側は今いる場所のような丘が連なる丘陵地帯で、さらにその奥には険しい山々が見える。
男が言った。
「行くぞ」
男は丘のなだらかな斜面を、靴裏を滑らせながら下りていく。
オズはそれに続き、セーロは何度も尻餅をつきながら遅れて続く。
やがて丘を下りると、上からは見えなかった町があった。
それは滅びた町で、建物は基礎と一部の壁しか残っていない。
「……サーティスの、町?」
セーロが呟き、オズが頷く。
男は足を止めず町の跡地へ入っていった。
二人もそれについて行く。
しばらく行くと、焚き火の明かりが見えてきた。
東と南の壁だけが残った民家の跡地で、オリーブ色のフードを被った怪しい一団が火を囲んでいる。
男が近づくと、フードの者たちが一斉にこちらを向く。
男が言った。
「老伯。オズモンド=ミュジーニャを連れて参りました」
今度は全員の目がオズに向かう。
セーロがオズの背後にサッと隠れ、彼の背中に呟いた。
(絶ッッ対、ヤバい連中です! 今すぐ逃げやしょう!)
オズが口元を隠して呟き返す。
(もう遅い。こいつら全員、魔導騎士だ。それもかなりの手練れだな)
(ええっ!? ほら、やっぱりやめときゃよかったんだ!)
(あ、逃げられるかも。俺だけなら)
(お~や~ぶ~ん~!)
怪しいフードの一人が立ち上がり、男に近づいた。
「済まぬな。手間をかけた」
「手間など何も。お供できぬこと、お許しください」
「機会はある。また会おう」
「ハッ!」
男は一礼して、焚き火の場から離れていった。
しばらくしてまた雷鳴が響き渡り、町の入り口辺りに落雷した。
「行ったか……」
老伯と呼ばれた人物は、そう呟いてからオズに向き直った。
オズは彼をまじまじと見た。
まず目に入ったのは、白髪の多い、豊かな髭。喋っているときしか唇が見えない。
次に目を引いたのは右目の眼帯。
左目は猛禽のように眼光鋭く、自信と誇りを窺わせる。
〝老伯〟という呼び名に相応しい年齢――おそらく五十代半ばかそれ以上だが、襟元から覗く太い首と、服の上からでもわかる強靭な肉体。
オズが言った。
「……ジジイ。てめえ、何者だ?」
すると老伯ではなく、他の者たちがいきり立った。
声にこそ出さないが全員が腰を浮かせ、得物に手を伸ばしている。
「おっと失礼。怒らせちゃった?」
続いてオズが右目を押さえて言う。
「じゃあ、片目のおっさんで」
するとフードの一人が叫んだ。
「貴様ッ! その減らず口、二度と開かぬよう成敗してくれるわ!」
老伯は目を細めてオズを見つめ、それから他の者たちに腰を下ろすよう手で指示した。
叫んだ男以外は素直に従い、叫んだ男も渋々ながら座った。
老伯が一人の名を呼んだ。
「アルフレド。前金を」
「ハッ」
呼ばれたフードの一人――アルフレドが立ち上がり、オズの前に歩いてきた。
二十代半ばの金髪の優男だ。
老伯は入れ代わりに焚き火の元へ行き、腰を下ろす。
アルフレドが尋ねる。
「お前がオズモンドで間違いないな?」
「ああ、そうだ」
「引き受けてくれて感謝する。前金を……」
アルフレドが腰の鞄から金を出そうとすると、オズがそれを止めた。
「待て。まだ引き受けてはいない」
「そうなのか? 引き受けないとするなら――」
アルフレドはたっぷり時間を使って、辺りをゆっくりと見回した。
そして挑発的な笑みを浮かべて言う。
「――この西の果てからどうやって帰る?」
しかしオズは意に介さない。
「どうとでもするさ」
「帰れるか?」
「帰さないとでも?」
アルフレドの顔にわずかに険が浮かび、焚き火を見つめる老伯は口髭の下でニヤリと笑った。
アルフレドは下から手のひらをオズに向けて差し出した。
「では決めてくれ。我らも暇ではないのだ」
「俺にも連れがいるんだ。相談させてくれ」
するとアルフレドは首を傾げた。
「その、お前の後ろで縮こまっている小男か? 聞いてどうする、魔導も胆力もないように見えるが?」
オズはフン! と鼻を鳴らし、後ろのセーロに言った。
「セーロ。お前の意見を聞かせてくれ」
セーロは嫌そうな顔でオズを見上げた。
「何を言えば?」
「見立てだよ、いつものように」
「全部ですかい?」
「ああ。包み隠さず、すべてだ」
「わかりやした。……まず、この方々は皇国人ですぜ」
「「!!」」
驚くフードたちに気づかないフリをしながら、オズが問う。
「その根拠は?」
「訛りがあります。隠していますが隠しきれていやせん」
「ふ~む。他には?」
「親分がジジイ呼びで試した通り、老伯ってお方とそれ以外の五人のお方は主従関係にあります。五人の中でも上下関係はあるようですが、同僚のそれですな。主従関係ではありやせん」
「なるほど。このアルフレドが老伯の次か?」
「いいえ。この旦那は交渉役兼、財布持ち。きっと目端が利くお方なんでしょう」
「俺にとってのセーロみたいなもんか」
セーロは目をぱちくりとして、それから顔を紅潮させて怒鳴った。
「親分はあっしに財布持たせてくれねえでしょうが!」
「あれ、そうだっけ?」
「惚けたことを! あっしが金の管理すれば、もっと早く金が貯まるのに……」
オズが頭を掻きつつ、言う。
「地雷踏んじまったな。……でさ、俺はこいつらがどこぞの騎士団連中だと思ってるんだが?」
「同感です。少なくとも外道騎士の集まりではない。親分の見立て通り手練れ揃いなら、皇国の有名騎士団に違いありやせんぜ。少し探れば目星が付くかも……」
すると老伯以外の者たちが一斉に動き出し、たちまちのうちにオズたちを取り囲んだ。
いつの間にかアルフレドも剣を抜いている。
「ひぃっ!? 親分が言えって言うから言っただけなのにい!」
「悪かったよ。抱きつくな、セーロ」
オズは剣を抜かず、薄笑いを浮かべて考えを巡らせた。
(この感じ……五人全員がレディと同格かそれ以上か、やべぇな)
(でも問題は五人じゃない、
(この期に及んで腰を下ろしたまま。なのに奴から目が離せねえ)
(おっさんに呪詛を放って、その隙に逃げれば……セーロを連れては無理か?)
(いや。〝ユーギヴの鍵〟がある。いけるさ……!)
そうしてオズが、〝ユーギヴの鍵〟を呼び出そうとした、そのとき。
老伯が焚き火を見つめたまま、オズに言った。
「相談は済んだか? 結論を教えてくれ」
アルフレドが目を見開いて言う。
「老伯! まだこいつを雇う気ですか!? 危険です、賛同できかねます!」
「……アルフレド。儂がいつ、お前の賛同を求めた?」
低く、わずかに怒気を孕んだ声。
途端にアルフレドは顔面蒼白となり、俯いて目を泳がせた。
老伯が言う。
「オズモンド。どうだ?」
「その前に聞かせてくれ。あんたらは蛮族と繋がっているのか?」
老伯が首を横に振る。
「一切、関係ない。この機を利用しているだけのこと」
「あんたは嘘が苦手なようだ、それは信じよう」
「他に聞くことがある口振りだな?」
「あんたの目的だ。何をするために王国へ来た? なぜ俺なんだ?」
「雷の男がお前を選んだからだ」
「答えになってない。目的を教えてくれ」
老伯はしばし逡巡し、言葉を選びつつ答えた。
「……戦友の幻に会うためだ」
「戦友……幻?」
「形見、というべきやも知れぬ」
「死んだのか、その戦友。それを手に入れるために来たと?」
「手に入らなくてもいい。ひと目、見たいのだ」
老伯の真剣な様子に、オズは嘘やごまかしを感じなかった。
オズは腹を決めた。
「俺のことはオズでいい。そっちはおっさんでいいか?」
「構わん。名を明かしたくないから渡りに船よ」
オズが焚き火の元へ向かい、老伯が立ち上がる。
「よろしく、おっさん」
「頼むぞ、オズ」
二人はしっかと握手した。
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