第193話 バウンティハンター骨姫 起

「……来ない」


 舞踏会から一週間後。

 ミストラル城下、城壁近くにある安宿〝蝙蝠コウモリのねぐら〟。


「来ない来ない来ない、来ない~っ!」


 ベッドルーム一間の狭い空間に、ロザリーの叫びが反響する。

 するとベッドのマットレスがむくっと持ち上がった。


「うるさいねェ……」


 ベッドとマットレスの隙間からヒューゴの迷惑そうな顔が覗く。


「壁、薄いんだからさァ、もうちょっと常識的な声量で叫ぼうヨ」


 しかしロザリーの声量は大きいまま。


「だって! 来ないんだもん!」

「うるさいってば、御主人様。いったい何が来ないンだい?」

「騎士団からのお誘い!」

「あァ、ネ……」


 そう言ったきり、またベッドの下へ引っ込もうとするヒューゴ。

 ロザリーはそうはさせじと、マットレスをガシッと掴んだ。


「逃げるなっ! ヒューゴ、すぐ来るから心配するなって言ったよね!?」

「アー、うるさい。そりゃア大魔導アーチ・ソーサリアだって知れたんだから、普通は引く手数多あまただと思うサ」

「でも来ないじゃない!」

「普通じゃない、ってことだねェ」


 ロザリーの顔が曇り、しゃがみ込んでマットレスの隙間に顔を近づける。


「……どういうこと?」

「どこからかストップかかってるってことサ。ロザリー=スノウオウルを騎士団に入れるなってネ」

「ええっ!? またネクロだからって嫌がらせ?」

「それはどうかナ。先王弟殿下だっけ? あの御仁からもお誘いないンだろう?」

「そうね、少し期待してたんだけど」

「王国でも上から何番目かの偉い方だろう。そんな御仁がキミを気に入っているにも拘わらず誘ってこないわけ。さァ、ストップかけてるのは誰だ?」

「……え~っ、獅子王陛下ってこと?」

「もしくは、その右腕」

「あぁ、コクトー様ならやりそう……もしかして、舞踏会で言ってた〝根回し〟ってこれのこと!?」

「まァ、そう仮定すれば理由は明白なンだがね」

「そうなの?」

「キミは大駒過ぎるのサ。どこの騎士団に入るにせよ、その騎士団がとても大きな力を持つことになる。適当にそこらの弱小騎士団に入っても、そこが王都守護騎士団ミストラルオーダーくらいの戦力を持つことになると考えたら、宮中伯が頭を悩ますのもわかるだろう?」

「戦力バランスがおかしくなるってこと? う~ん……でもじゃあ、私はどうすればいいの?」

「一応、他の金獅子はどうしてるのか軽く調べてみたンだが……〝首吊り公〟は西の防衛拠点、〝黒獅子〟は南の防衛拠点。〝不老不死〟は騎士団に所属していないようダ」

「それって……国の端っこで自分の騎士団を持つか、もしくは騎士団に入るなってこと?」

「そンなとこかな。どこの国でもそうだが、王様は実力者が恐いンだよ」

「……納得できないっ」

「ほうほう。ではどうする? 王国を乗っ取るってンなら付き合うよ?」

「そうじゃなくて。騎士団に入れないっていうなら仕事を都合してよってこと。私たち、もう文無しじゃない」

「まァ、ね。またこの安宿の世話になるとは思いもしなかったなァ……」

「その安宿ですら、もう……」

「エッ? そこまできてる?」


 ロザリーは暗い顔でこくんと頷いた。


「今週末まで、かなぁ。その後どうしよう……」

「マズいねェ……宿無し文無し希望無し――果ては外道騎士コース、か」


 ヒューゴの言いように、ロザリーが瞳を潤ませて抗議する。


「そんなのやだっ! 最低限の暮らしは確保しなきゃ……!」

「荷運び業、再開?」

「それも悪くはないけど。その前に昔のつて・・を頼ってみようかなって」

「ツテ?」

「ヒューゴも来る?」

「いや、日差しが強いから結構。仕事が見つかったら手伝うヨ」

「はぁ~い」



 ――王都、貧民街。

 馬小屋を乱暴に増築したような酒場。


「バカ言うんじゃねえよ、嬢ちゃん」


 口入れ屋ビンリューの反応は、思っていたより素っ気ないものだった。


「冗談で言ってるつもりはないんです、ほんとに仕事が欲しくて」


 ビンリューは紫煙をため息交じりにフーッと吐き出した。


「これを見な」


 そう言ってビンリューがテーブルに投げて寄越したのは、〝ミストラルトリビューン〟という王国を代表する新聞だった。


「これが?」


 ロザリーが何気なく新聞を裏返す。

 すると新聞の表紙には、ロザリーの姿がドーンと鎮座していた。


「うわ、これ絵じゃなくて写真ですよね? いつ撮られたんだろ……」

「叙任式だな。ほら、見切れてるのは獅子王陛下の腕だ」

「あ、ほんとだ。念写師いたんだ」


 ロザリーの姿の上には〝新たな金獅子誕生!〟の見出しが躍り、記事欄にはロザリーのプロフィールや成績などが詳細に記されている。


「でも。これが何の関係が?」

「あのな、嬢ちゃん」


 ビンリューは煙草をテーブルの端でグリッと消して投げ捨てた。

 そしてポケットから薄汚れた銅貨を取り出し、ロザリーの前に置いた。


「俺の仲介する仕事はこのコインみたいに見栄えの悪いものばかりだ。騎士様は見向きもしないような仕事だし、仮に騎士様のほうから請われても仕事は回さねぇ。プライドがお高い騎士様方は、こういう仕事の達成率が低いからだ」

「でも私、前にグレンとちゃんと仕事しましたよね?」

「あのときは学生だったからな」

「次もちゃんとやります! 途中で投げ出したりしません! だから――」

「だとしても、もうひとつ問題がある。金獅子を働かせた対価を俺は払えねぇ」

「それは前と同じように決まった報酬でいいのですが……」

「嬢ちゃん……。それをやったら命取りなんだよ」

「え?」


 ロザリーが首を捻ると、ビンリューは渋々といった様子で説明を始めた。


「嬢ちゃんを使うだけで、俺は目立っちまうんだよ。それが薄給で使っていると知れたらどうだ? 俺は金獅子を顎で使う、影の実力者になっちまう。命がいくつあっても足りねえよ」

「そう、ですか……。わかりました……」


 当てが外れたロザリーは、しゅんとしてその場を立ち去ろうとした。

 するとその背中にビンリューが言った。


「賞金首を狩りたいなら、斡旋所に行きな」


 ロザリーがくるっと振り返る。


「あっせんじょ?」

「知らねぇのか。所属のない騎士様に王宮が用意した任務を斡旋するとこだよ」

「それってどこに……?」

黄金城パレスだよ、ほんとに知らねぇのかよ」

「ありがとう、ビンリューさん!」


 そう言うなり、ロザリーは凄まじい速度で酒場を出ていった。



 黄金城パレス内、魔導院管轄〝自由騎士任務斡旋所〟。


「番号札二百八番でお待ちのロドリゴ卿~? いらっしゃいませんかぁ?」


 斡旋所は所属のない騎士――自由騎士たちでとても混雑していた。

 いくつかある窓口はどこも列をなしていて、窓口の反対側にある掲示板には、そこに貼られた任務表を眺める者で人垣ができている。

 三十代以上が多いようで、特に無精髭を生やして虚ろな目をした男性騎士をよく目にする。


所属のない騎士お仲間がこんなに……辛いのは私だけじゃないっ。頑張ろう!」


 ロザリーは密かにこぶしを握り、まずは窓口のほうへ向かった。

 そして目についた列に並ぼうとするも、後ろから中年の騎士に注意された。


「おい。割り込みはナシだぜ嬢ちゃん」

「あ、すいません。ここ列の途中だったんですね」

「ああ。最後尾はあそこだ」

「ありがとうござ、えっ、あんな後ろ?」

「整理券は何番だ?」

「整理券? 持ってないです」

「じゃあ今日は無理だ、明日の朝イチに出直しな」

「あう。わかりました……」


 ロザリーは列から離れ、せめて斡旋所のルールを把握しておこうと、窓口カウンターに置かれた書類を見に行った。

 書類はたくさんあり、どれから見てよいかわからない。


「あの、これってまずどれを見ればいいですか?」


 するとこちらに背中を向けて何か作業をしている女性職員が、振り返りもせずに対応した。


「どんな任務をご希望ですかぁ?」

「えっと、賞金稼ぎをやりたいな、と」

「でしたら賞金稼ぎバウンティハンター登録用紙に記入してください」

「それはどこに……」

「そこです」


 女性職員はやはり振り返りもせずに、カウンターの端にある書類を指差した。


「……どうもありがとうございます」


 礼を言って書類を取るが、女性職員は返事もせずに作業を続けている。


(なんか感じの悪い職員さんだな。でもなんか声に聞き覚えが……気のせいか)


 ロザリーは手に取った登録用紙をカウンターに置き、そこにあったペンを使って記入し始めた。


「名前……スノウオウルっと。次は住所……住所? 宿の名前でいいのかな? でもずっといるとは限らないし……あの、すいませ~ん」

「はいは~い。少々お待ちくださいねぇ」


 くだんの女性職員は作業がもう少しのようで、ロザリーはそれを待つ間に他の欄を記入し始めた。

 しばらく記入していると、女性職員がこちらへやってきた気配がした。

 下を向いて用紙を見つめるロザリーの頭の上から、女性職員の声がする。


「はい、ご不明な点はどこでしょ……っ! っ!!」

「住所がですね、今、宿住まいで……あの?」


 女性職員の声が途絶えて、ロザリーが顔を上げた。

 すると突然、女性職員がカウンター越しに抱きついてきた。


「やっぱり! ロザリーさんだあぁぁ!!」

「えっ、えっ。もしかして――」


 女性職員を引き離すと、ワンレングスの髪に眼鏡姿。

 よく知る人の顔がそこにあった。


「ロロ! 聞き覚えのある声だと思った! なぜここに?」

「なぜって私は魔導院職員で、ここは魔導院の管轄ですからぁ。一年目はいろんな部署を経験させられるんですが、私はここなんですぅ。……ぐすっ」


 ロロは感極まって涙を流している。


「そうだったのね! 私、ここ初めてで不安だったから安心したよ……」

「ぐずっ。そういえばロザリーさんこそなぜここに?」

「言いにくいけど……ちょっと仕事を探しに、ね」

「え? ロザリーさんが? 騎士団からのお誘いは結局……」

「そう。なかったの」

「なんてことでしょう! ロザリーさんが無職だなんて、あっていいはずがありません!!」

「ああ、あんまり大きな声で無職とか言わないで……ほら、みんな睨んでる……」

「……失礼しました、ちょっと興奮してしまいました」


 ロロはゴホンと咳払いをして、それからロザリーに対して姿勢を正した。


「安心して下さい! 私ロクサーヌ、態度を改め魔導院職員として誠心誠意ロザリーさんに尽くさせていただく所存!」


(やっぱりやる気なかったのね……)


「そうだ、賞金首を狩りたいのでしたね! すぐに取り掛かりましょう!」

「あ。じゃあ列、並ばなきゃ」

「新しい窓口、開けますねっ」

「ええ、なんか悪い……」

「金獅子さまを待たせるなんてあり得ませんので! ……そういえば騎士章を付けてないのですね?」

「うん。なんか目立つから」

「付けましょう! ガンガンアピールしていきましょう!」

「う、うん」

「高額な賞金首から回していきますから! ガンガン狩っていきましょう! そして金獅子ロザリーここにあり! と王都中に知らしめましょう!」

「私はさしあたって生活費さえ稼げれば……」

「狩るぞッ! おー!」

「お、おー」

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