第186話 雲の切れ間に

近況ノートを更新しました。

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 その頃。王都、ニルトラン邸。


「うっ、よっ、と」


 大荷物を抱えたレントンが屋敷の中に入ってきた。

 ほとんどのソーサリエ生は引っ越しなど荷造りするだけで、運ぶのは家の者に任せるのが常だった。中には荷造りだってしない生徒も大勢いる。

 しかしレントンはすべて自分の手で行っていた。

 父、ニルトラン子爵の教育方針で、成人するまでは家人に頼ることを許さなかった。

 かつてオズに「俺は家人の扱いが荒い」などとうそぶいたこともあったが、そもそも家人にあれこれ命令したことがなかった。


「母上~。いったん戻りました~」


 家のどこにいるかわからぬ母に声をかけて、そのまま階段に向かった。

 荷物は木箱を重ねたもので、レントンの頭より高く積み上がっている。

 レントンは前向きに上るのを諦め、階段を横向きに上り始めた。


「っく。しょっ。……もうちょい一度に運ぶ荷物、減らせばよかったな。逆に効率悪いぜ」


 苦戦しながら階段を上りきると、ふいに荷物が軽くなった。


「んっ? あ、父上!」


 木箱のいくつかを抱えたニルトラン子爵は、目配せだけしてから、そのままレントンの部屋へ向かって歩き出した。


「いらっしゃったのですね」


 父の背中にそう問うと、父はじろりと息子を顧みた。


「私の屋敷だ。いては悪いか?」

「いえ! お勤めだとばかり」


 レントンの部屋に着くと、ニルトラン子爵は木箱を置き、そのまま部屋を出ていこうとした。


「あの……!」


 レントンが呼びとめて、ニルトラン子爵が振り返る。


「なんだ?」

最終試練ベルムで、俺は、ラナ=アローズを勝たせてしまいました……」

「……うむ」

「俺はあのとき、たとえ不可能でも、ラナを討つべきでした。恥じております……」

「そうか」


 ニルトラン子爵はそれだけ言って、自分の書斎へと入っていった。

 レントンはがっくりと肩を落とし、階段を下りていった。


「やはり、お怒りだ……」


 階段を下り、居間の前辺りでそう言ったのだが、それを聞きつけた母がひょっこり顔を出した。


「お怒りではないわよ?」

「うっ! いらっしゃったのですか、母上」

「そりゃあ、いますよ。私の家ですもの」


 母からも同じような答えを返され、これは自分の言い方が悪いのだとレントンは気づいた。


「で。父上は、お怒りではないのですか?」

最終試練ベルムのことでしょう? 父上は、あの闘技場にいたのよ?」

「えっ! そうなんですか」

「上機嫌で帰ってらしたの。よくやった、期待以上だったって褒めてらしたわ。特にシャノワ家のご子息の――そう、ギョーム君? 彼との戦いにいたく感心しておられたようだったわ」


 レントンの顔がパァァッ、と明るくなった。

 それを見た母は苦笑しながらレントンの背中を押した。


「さ、まだ学校に荷物が残っているのでしょう? 取りに行ってらっしゃいな」

「はいっ!」


 意気揚々と屋敷を出ていく息子の背中を見て、母は首を傾げて笑った。


「度を越えたパパっ子も困りものねぇ」



 ――場所は戻り、ソーサリエ。

 教官たちへ挨拶を終えたロザリーが渡り廊下を歩いていると、壁に背を預けて腕組みしている生徒がいた。

 ロザリーはその人物を見て、目を丸くした。


(わぁ、ポーズだけならグレンそのものなのに。彼女・・って、こんな感じなのか)


 どうやらロザリーを待っていたようで、彼女は壁から背を離してこちらに近づいてきた。


「はぁい、ロザリー♪」

「パメラ」


 待っていたのは、ふんわり金髪がトレードマークのパメラ=コルヌだった。

 この三年間、おっとりした性格で通してきたのに最終試練ベルムでは豹変し、ロザリーを苦しめた。


「なに? 仕返し? お礼参りってやつ?」

「ううん♪ 偽善者さんが教官の前で大泣きしたって聞いて、すごい演技力だねって褒めに来たの」

「あ、そうなんだ? 暇なんだね、そんなことのために時間を使うなんて」


 するとパメラは一瞬押し黙り、声を作るのをやめて語り出した。


「……ほんとはね。あんたに告白するために待ってたの」

「告白……?」

「ロザリーさ、実習行くのにちょっとだけ苦労したでしょ?」

「実習? ああ、ルナール教官の妨害があって……違うな、ルナール教官のところに貴族からクレームが入ったんだっけ。そうね、それでちょっとだけ苦労したかも」

「それ、首謀者うちの親だから」

「……ええっ!?」

「勘違いしないでね、私が仕向けたわけじゃないから。ただ、アトルシャン事件のあと、しばらく自宅待機の期間があって、そのときに親の前でロザリーの悪口を結構言ったのよね。ムカついてたからさ」

「え~っ……」

「まぁ、あんたの仲良しの宮中伯に潰されたんだけどさ。私も親にやめるよう言ったからね? いずれバレるかもしれないから、ここで告白しておくわ」


 ロザリーは頷きながら聞いていたが、最後に首を傾げた。


「ん? なんでパメラはやめるように言ったの? 私のこと、嫌いなんだよね?」

「うん。大嫌い」

「じゃあ、なぜ?」


 するとパメラは、人差し指をロザリーの眼前に突きつけた。


「その頃には、あんたは私の目標になってたから。憎きロザリー=スノウオウルをいかにしてぶち殺すか。アトルシャン事件から私は、それだけを考えて生きてきたの。なのにロザリーが学生でなくなったら、最終試練ベルムで戦えなくなるでしょ?」


 そしてパメラは突きつけていた手を手のひらに変え、ロザリーに差し出した。


「これからもあんたのこと大嫌い。忘れないでね?」


 ロザリーはどうしたものかと差し出された手を眺めていたが、最後には仕方なさそうにその手を握った。


「……私を苦しめたのはパメラだけ。私はちょっと好きになったんだけどな」

「ふざけんな、ネクロ」

「何よ、サイコ聖騎士パラディン

「陰気!」

「猫かぶり!」

「大っ嫌い!」


 その瞬間、ロザリーが握手した手を引き寄せた。

 身体が重なり、ロザリーがパメラの背中に腕を回す。


「パメラ。私は好きだよ」

「~~ッ! うるさい、バ~カ……」


 パメラの腕が、遠慮がちにロザリーの背中を触った。



 その後、パメラと別れたロザリーは自室に戻ってきた。


「やっほー、ロロ。引っ越しの準備は進んでる?」

「あっ。ロザリーさん。やってるのですが、不思議なことにやるほどに部屋が散らかっていって……」


 部屋の中は酷い有り様だった。

 ロロは相変わらず、片付けや整頓が苦手なようだ。


「仕方ない。手伝うよ」

「恩に着ますぅ」


 旅暮らしの経験のせいか、ロザリーは荷造りが得意だった。

 寮を出るための自分の荷物は、ソファ横に置かれた木箱一つにカバンだけ。


「ロザリーさんってなんであんなに荷物少ないんですか?」

「んー、卒業が近づくごとに不要なものを処分していったから?」

「なるほど。……捨てづらいものとかないんですか?」

「あるにはあるけど。ロロはそうよね、捨てられないから溜まっちゃうのよね?」

「はい、思い出の品が多すぎて……。これを見てください! 初めてロザリーさんと食事したとき、ロザリーさんが使用したナプキンですよ!」

「……処分!」

「あーっ! 何ということを!」

「他にゴミがあったら隠さず言ってね」

「あうぅ、はいぃ」


 それから二人は、ゴミの仕分けと荷造りに没頭した。

 ある程度めどが立った頃、ロザリーが手を動かしながら言う。


「ロロ、そういえばさ」

「はい」

「明日、もう寮を出るじゃない?」

「ええ」

「ソーサリエの卒業式っていつやるの?」

「えっ? 卒業式はありませんよ」

「ええっ!?」


 ロザリーの手元から、綺麗に集めていた紙の束がバサバサと落ちる。


「……ショック。もう一度、みんなと会える機会があると思ってたから」

「ああ。機会はありますよ」

「そうなの?」

「卒業式はないですが、叙任式があります」

「じょにんしき?」

「魔導騎士叙任式。エイリス王陛下じきじきに騎士章を授与される、大変名誉ある式典です」

「へぇ~」

「で、その夜は王宮で夜会が催されます。ま、卒業パーティーですね。ただこの夜会は毎年お偉い貴族様もおいでになられますから、この間の打ち上げみたいな羽目を外す宴会にはなりませんね」

「ロロって、相変わらず事情通ねぇ」

「えへへ。恐縮です」

「そっか、読めた。その夜会でお偉いさんと顔を繋いで、就職先の騎士団を紹介してもらったりするわけね?」

「えっ」


 ロロは短くそう言って、唖然としてロザリーを凝視した。

 ロザリーは焦って、言葉を続ける。


「え、だって、みんな卒業したら就職するよね? 実家に騎士団がある人以外は、就職先捜さなきゃいけないよね? 私、間違ってる?」

「間違ってないです、それは間違ってないのですけども……」


 ロロはハッとして、先ほどロザリーが落とした紙の束から何かを探し始めた。


「あった。この手紙を見てください、ロザリーさん」

「なになに? 『ロクサーヌ=ロタン殿。卿の卓越した情報収集能力には目を見張るものがあり、魔導院としては是非とも卿に、我らと共に獅子王国のさらなる繁栄をもたらさんがために働いてもらいたく……』 え、これって」

「魔導院に就職しないかというお誘いです」

「えーっ。すごいね、ロロ!」

「非っ常に言いにくいのですが。お誘いはほとんどの卒業生に来ています」

「あ、え? オズとかにも?」

「オズ君はおろか、ギリアム君にすら来てます」

「えええ!」

「そもそも小さいパイの奪い合いなんですよ。卒業生は四百名、そのうち半数は縁故の騎士団に就職します。さっきロザリーさんが言った、実家に騎士団があったりするケースですね。で、魔導院とか、王都守護騎士団ミストラルオーダーとか、そういう世襲でない騎士団が残り半数を奪い合うわけです。特に優秀で縁故のない卒業生には多くの騎士団からお誘いが来ます。うちのクラスならベルさんとか。たっくさんお誘い来たようですよ?」

「そう、なんだ……」

「ロザリーさんには一通も?」

「……来てない」

「それはおかしいですね。主席はラナさんとはいえ、どう考えても学年一はロザリーさんなのに……」

「あ。これもロロにお誘いの手紙……」

「ああ、それは薬学系の研究機関からですね。お誘いはありがたいですが、やはり安定してる魔導院を選ぼうかと」

「選べるっていいよね……」

「ああ! ロザリーさんが落ち込んでる! 二つだけですよ、他には来てませんから!」

「私なら一つだけでも嬉しいんだけどな……」

「ああっ、フォローの言葉が見つからないっ!」

「よかったね、ロロ。今度、ごはんご馳走してね? きっと私、王都の隅っこで飢えているから……」

「やめてください、ロザリーさぁぁん!」



【校外秘】最終試練ベルム三百回卒業生進路情報


 ロクサーヌ=ロタン

 情報収集能力を買われ、魔導院諜報部へ。当分は窓口担当とのこと。


 グレン=タイニィウィング

 本人希望の黒獅子騎士団からは誘いがなかったため、王都守護騎士団ミストラルオーダーへ。


 ウィニィ=ユーネリオン

 黄金城パレス儀典局へ。


 パメラ=コルヌ

 近衛騎士団キングズガードへ入団予定だが、〝粗悪品〟再評価の動きもあり未定。


 ジュノー=ドーフィナ

 実父が長を務める翡翠海洋騎士団ジェイドシーへ。


 オズモンド=ミュジーニャ

 義兄が務める魔導院書庫管理部へ。


 イザベル=ファートン

 魔導院呪術開発対策部へ。


 ラナ=アローズ

 主家が行う西方開発事業に従事予定。




 ロザリー=スノウオウル

 就職予定なし。

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