第164話 洞穴のウィリアス

 ロザリー派の中心人物の一人、ウィリアス=ララヴール。

 彼は一刻も早く仲間と合流したいと思っていた。

 だが夜が明けて、ベルムも序盤から中盤へ移ろうとするこの時になっても、それができずにいた。


「チッ!」


 舌打ちと共にウィリアスが駆け出し、前方の地面に身を投げ出すように飛び込む。

 直後、彼がいた付近の地面に、つらら石がいくつも突き刺さる。

 地面を転がり、その勢いのままに岩陰に隠れる。


「……ダメか。どうすりゃいい?」


 彼はベルム東部の鍾乳洞の中にいた。

 ここに入った理由は夜半、ベルムが始まった直後に遡る。

 転送されてすぐ、ウィリアスは近くに他の生徒の気配に気づいた。

 暗くて見えにくいが、一際体格がいいのがわかる。

 グレンだ、そうに違いない。

 こちらには気づいていない様子。

 今のうちに遠ざかるのが得策だ。

 そう考えたウィリアスは、気配を隠しながらグレンから離れた。

 ひとまず難を逃れたが、地図を確認すると東の端付近まで来てしまった。

 彼らロザリー派は、合流場所を事前に決めていた。

 仲間であるラナ=アローズがもたらしたベルムのルールブックによって、あらかじめ本拠地等の情報を知っていたからそれができた。

 その合流場所は中央エリア南にある〝魔女ミシュレの温室〟。

 現在地から向かうには、今来たほうへ引き返さなければならなかった。


 戻るのも悪くない、とウィリアスは思う。

 グレンも移動したはずで、再び出くわす可能性は低いだろう。

 しかしウィリアスは、より慎重に動くことにした。

 夜明けまでどこかで身を隠そうと考えたのだ。

 地図を見れば、近くに〝カザドの洞穴〟という候補地がある。

 行ってみると身を隠すのにちょうどよく、そこに潜伏することにした。

 ――それが間違いだった。


「ウィリアス! 隠れてもムダだ! ぜぇぇんぶ、見えてる!」


 その発言を裏付けるように、ウィリアスの顔のすぐ横をつらら石が通り過ぎる。

 顔を背け、苦しそうにウィリアスが言う。


「石の精霊騎士エレメンタリアか。いたな、そんな奴!」


 ウィリアスが見かけた体格の大きな生徒はグレンではなかった。

 ギムン=バルク。

 緑のクラスで、巨人族の末裔に違いないといじられるほど身体の大きな男子生徒だ。

 だが体格のわりに非常に気が弱く、いつも腰を屈めて自分を小さく見せていて、周りには〝でく・・のギムン〟とも呼ばれていた。


「降参しろ! 俺の騎士団に入れてやる!」


 姿は見えないが、ギムンの声は洞穴に反響してうるさいほど聞こえてくる。

 戦の熱にあてられているのか、気弱さは微塵も感じられない。


「まあ、こんな得意な場所で旗揚げできたら気が大きくもなるか」


 先に洞穴にいたのはウィリアスだった。

 後から来たギムンは隠れるウィリアスには気づかず真っすぐに奥へと向かい、ここを本拠地として旗揚げした。

 地図でそれを確認したウィリアスは、これはマズいと洞穴から逃れようとした。

 だがその瞬間、つらら石が雨と降ってきて、出口に近づくことさえできなくなった。


「……見えてる・・・・、か。こっちからは、あのデカい図体が影も見えないのにな」


 そう言って、ウィリアスが岩陰からちらりと奥を覗く。

 ギムンの姿はやはり見えず、代わりにつらら石が飛んでくる。

 すぐさま顔を引っ込めたウィリアスは、遠くに見える明かり――洞穴の出口の方向を見つめ、思案する。


(奴の能力で見えてる? ……いや、入ってきたときはこっちに気づいてなかった)

(きっと〝カザドの洞穴〟で旗揚げしたおまけ効果だ。洞穴の中の様子が見なくてもわかるとか、そんなとこだろう)

(出口へ全力で走ってもダメだった。つらら石が前を塞ぐように飛んできて、ここまで追い込まれた)

(ガードを上げて、被弾覚悟で走るか? ……ダメだな、奴は俺を配下にしたくて手加減してる。逃がすくらいなら一撃で仕留めにくるだろう)

(奴を倒すしかないか? きっと最奥にいる。根は気弱な奴だからな)

(いや。気弱な奴に迫ったら、それこそ本気で殺しにくるかも)

(……詰んでないか、これ?)


 ウィリアスは腰のポーチを探った。

 持参したのは数枚の紙と携帯用のペン、汎用ロープ、それに小瓶がふたつ。


「やってみるか」


 小瓶の片方を手に取り、ふたを開けてグイッと飲み干した。

 続いてペンを取り、紙に走らせ、その紙を折り紙する。

 折り上がった紙の鳥に魔導を込めると、命が宿った【手紙鳥】は洞穴の奥へと羽ばたいていった。

 ――しばらくして。


「よう、ウィリアス」


 ギムンが現れた。

 いつものように腰を屈めていない彼を見て、ウィリアスは彼がグレンより大きいことを初めて知った。

 ギムンは役目を終えた【手紙鳥】をぴらりと広げて見せた。


「降参するんだな?」


 紙には降参すること、奥に行くのは恐ろしいから来てほしいことが記されていた。


「見ての通りだ」


 ウィリアスは剣とポーチ、マントと上着に地図までも地面に置き、そこから五メートルほど離れて両ひざをついて待っていた。

 ギムンはニヤニヤと近づき、荷物の置かれた場所で止まった。

 ウィリアスが言う。


「早く来て降参を受け入れてくれ。そこじゃ遠すぎる」

「まだだ。そこで裸になれ」

「なっ……! ここまでしているのにまだ疑うのか!」

「ナイフとか隠しているかもしれないだろう?」

「隠してない!」

「証明しろ。早く脱げ」

「くっ……」


 ウィリアスは屈辱に耳まで赤くしながら、シャツのボタンを外し始めた。


「そうだ、それでいい」


 ギムンは待っている間、ウィリアスの荷物を物色し始めた。


「食い物ないのか?」

「持ってない」

「役に立たねえな」


 ウィリアスがシャツを脱ぎ、肌をあらわにして、ギムンを見る。

 ギムンは目線で「下もだ」と示し、ウィリアスは歯噛みしながらベルトに手をかけた。


「これは何だ?」


 ギムンが小瓶を手に取って、ウィリアスに聞いた。


「毒薬だ」

「嘘つけ。お前、さっき飲んでたろう? 全部見えてるんだ」

「……魔導充填薬エーテルだ」

「ほう! そういや魔女の連中は作れるんだったな!」


 ギムンは小瓶を目線の上まで持ち上げた。オレンジ色の液体が揺れている。


「ちょうどいい。お前がなかなか降参しないから魔導が減ってたんだ」


 ギムンはふたを親指で飛ばし、一気にあおった。


「フーッ! 魔導充填薬エーテルって妙な味がするんだな?」


 ギムンがそうウィリアスに感想を漏らすと、ウィリアスはシャツを手に取り、立ち上がっていた。


「おい、お前! 降参するまで立つんにゃにゃい! あ? たちゅ、う? え、あ……」


 ギムンが自分の喉を押さえる。


「苦しいか? その毒はまず舌の麻痺から始まるからな」


 ウィリアスはシャツを羽織っただけでボタンは留めず、そのままギムンに無造作に近づいていった。


「おみゃ、どきゅじゃなひって」

「毒だと言ったぜ? それを嘘だと決めつけたのはギムンのほうだ」


 ギムンは喉を押さえたまま、腰を抜かしたように両ひざをついた。

 ウィリアスはそれを気にもせず、剣とポーチを拾い、腰に身に着ける。


「お前が魔導充填薬エーテルをよく知らなくて助かったよ。本物は琥珀色で、もっと透き通っているんだ」

「う、う、ぐぅぅ」

見えてる・・・・のは本拠地の効果でも、つらら石はお前自身の能力だ。なら相当な魔導を消耗してるはず。魔導充填薬エーテルが転がってれば飲むさ。残念ながら魔導充填薬エーテルではなかったが」


 ギムンが充血した目でウィリアスを見上げる。


「許しゃんじょ、ウィリあしゅ……」

「悪く思うな。これは戦だからな」

「~~ッ、うぃりりりあしゅぅ!!」


 突如、ギムンが立ち上がり、襲いかかってきた。

 ウィリアスは反応し、後ろへ跳ぶ。


「バカな……デカい図体には少なすぎたか!? いいや、十分な量のはず!」

「う、う、う……ウルガアアァァ!!」


 ギムンが突進する。

 ウィリアスは間一髪で避けるが、再び距離を取ろうとして転んでしまった。

 見れば、彼の足の甲を包み込むように、不自然に岩が盛り上がっている。


「しまった……!」

「ガアアァァ!!」


 怒り狂った熊のようにう、ギムンが襲いかかる。

 ウィリアスは剣を抜こうとするが、転んだままでうまく抜けない。

 ギムンの振り上げた手の指先に石のかけらが集まり、猛獣の爪と化す。

 それが獲物の命を奪うべく振り下ろされようとした、そのとき。


「らあぁぁっ!!」


 赤い尾を引いた黒い何かが雄叫びを上げながら横からギムンにぶち当たり、その勢いでギムンは洞穴の壁まで吹き飛ばされた。

 硬い岩肌に全身を強打したギムンは、それっきり動かなくなった。


「お前は……」


 そう呟いて、ウィリアスが見上げる。

 黒い何かに見えたのは、黒マントにフードとマスクで顔を隠しているから。

 赤い尾はフードの横からこぼれた赤い髪。


「ウィリアス。危機一髪だったね?」


 フードとマスクを脱ぎ、赤い髪の剣士が笑う。


「……アイシャか。助かった」

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