第126話 剣技会―準々決勝2
準々決勝第二試合が始まった。
「東! 三年! グレン=タイニィウィング!」
グレンは表情ひとつ変えず、相手に向かって深く礼をする。
「西! 三年! オズ=ミュジーニャ!」
オズは対照的に、グレンに目もくれず観客席に向かって愛想を振りまいている。
この試合の審判を務める青クラス担当教官ウルスにたしなめられ、オズがようやく開始位置についた。
「抜剣! 始めッ!」
開始直後。
オズがニヤつきながら話しかけた。
「なあ、グレン」
「なんだ、オズ」
「俺、決勝でロザリーとやってみたいんだ」
「そうか」
「負けてくんね? 同じ実習先のよしみでさ」
「断る」
「え~。決勝が去年と同カードなんて、お客さんも喜ばないって。ねえ、ウルス教官?」
ウルスは無言だが、あからさまに不快そうな顔をしている。
「ほら、ウルス教官も嫌だって」
「……お前の言動が不快なんだと思うぞ」
「そう? あっ、ロザリーが手を振ってる!」
そう言ってオズは、満面の笑みでグレンの後ろ側に向かって手を振った。
グレンが振り向きこそしないが、意識が背後へ向いた――そのとき。
オズがあっという間に距離を詰め、跳び上がって上段から斬りつけてきた。
グレンはすんでのところでこれを受け止め、オズに叫ぶ。
「古典的だな!」
「ハハッ! よく言うぜ、引っかかったくせに!」
オズはグレンの胸を両足で蹴り、後ろへ跳んで距離をあけた。
着地した瞬間、今度は低く突っ込む。
グレンが下方へ横薙ぎを放つと、それを予測していたかのように急停止。
横薙ぎが過ぎたところで再度踏み込んで、連続突きを放った。
「チッ!」
グレンは捌ききれないと判断し、一歩、二歩と後退する。
するとオズは、その場で直立し、模擬剣を鞘に納めた。
「何を?」
オズの奇行にグレンは戸惑い、身体から力を抜いてしまった。
そのほんの一瞬の隙に、オズが殴りかかる。
グレンは弛緩した身体に活を入れ、オズを振り上げたこぶしごと剣で打ちのめしてやろうと振りかぶり、それからハッと気づく。
オズが振り上げたこぶしは利き手と逆。
見れば、利き手はすでに剣を抜き、グレンの胸を目がけて突きを放っている。
「ぐ、くっ!」
反応はギリギリだった。
仰け反った胸をかすめて、オズの剣先が通過する。
グレンが上体を起こして構え直すと、無理な体勢で攻撃したオズのほうも体勢を整えたところだった。
試合中に会話などまずしないグレンが、思わず感想を漏らした。
「……いきなり。なんとなく。思いつき。出たとこ勝負。お前ってほんとそんな奴だな」
オズは眉を寄せて笑った。
「誉め言葉と受け取るぜ」
「ああ。褒めてる」
グレンは、頭の中にあるオズの評価を改めなければならないと感じていた。
決して彼を甘く見ていたわけではない。
黒獅子ニドの元で一緒に鍛えられ、魔導量は自分と遜色ないと知っていた。
しかし今、防戦一方であることを考えれば、やはりオズの力を低く見積もっているのだ。
(オズの剣に流派はない)
(そもそも剣は得意ではなかったはず)
(そうだ、それがオズを見くびっている原因だ)
(
(じゃあ、何をしてくる? そう、例えば――)
グレンが思考しているのを察し、オズが再び斬り込んできた。
隙を狙ってというより、観察されているような間が嫌だった。
グレンは思考しながらも、落ち着いてオズの攻撃を防いだ。
オズは惑わすように剣を繰り出すが、今のグレンに油断ない。
オズは二度、三度とグレンの足を狙い、意識が下へ向いたところで、首元へ諸手突きを放った。
体重を乗せたそれは、決め急いだ一撃だった。グレンが下からかち上げるようにオズの剣を叩く。
「あうっ!?」
激しい衝撃音とともに、オズの剣が彼の手から飛ばされてしまった。
オズの顔に焦りが浮かぶ。
グレンの返しの袈裟斬りを倒れるようにしてかわし、後方へ飛んだ剣を拾いに走る。
グレンもその背中を追う。
オズのほうが先に剣にたどり着いた。
屈みこんで剣を拾い、怯えた顔で振り向く。
グレンはもうすぐそこまで迫っていて、オズは腰を抜かし、地面を這うように後退した。
そのままグレンが距離を詰め、止めを刺して終わり。
観客の誰もがそう思っていたとき。
グレンはオズが剣を拾った地点の手前で、急に動きを止めた。
観客も、オズまでも、何事かとグレンを見つめる。
グレンは足元を見つめ、ボソリと呟いた。
「……【油沼】か?」
オズはギョッとした。
この試合で初めて、オズのほうが虚を突かれた。
グレンはオズが剣を拾った地点にある
オズは防御の姿勢さえ取れず、グレンの剣は仰向けに倒れたオズの首元と紙一重で止まった。
「そこまで! 勝者、グレン=タイニィウィング!」
ウルスが勝ち名乗りを上げると、闘技場を大歓声が包み込んだ。
「だあーっ、クソっ!」
オズは大の字に寝そべったまま、悔しそうに足をバタバタさせた。
「なんでだ! グレン、何でわかった!」
するとグレンは意外そうな顔で、倒れたオズを見下ろした。
「なんだ、知らなかったのか?」
「は? 何が?」
「去年の決勝。ロザリーがお前と同じことやったんだよ。てっきりわざと
「はあ!?
「ちなみに、ロザリーはウルス教官に見抜かれたぞ」
「えっ?」
オズがウルスを見上げると、彼はこくんと頷いた。
「まさか俺の目の前で反則やる生徒が二年連続で現れるとはな。俺の目はそんなに節穴に見えるのか? まったくいい度胸してるよ」
「いやー、ははは……」
「誉め言葉じゃないぞ」
「……はい。すいませんでした」
オズはしおらしく立ち上がり、グレンの手を取って勝者を称えた。
グレンとオズが退場して間もなく。
熱気冷めやらぬ闘技場に、第三試合の二人が入場してきた。
続けて審判を務めるウルスが、一人を指差す。
「東! 三年! ロザリー=スノウオウル!」
ロザリーは軽く手を上げ、軽く頭を下げた。
「西! 三年! テレサ=エリソン!」
テレサは四方に向かい四度、そのツンツン頭を下げてお辞儀した。
「抜剣!」
テレサが素早く、ロザリーはゆっくりと模擬剣を抜く。
「始め!」
闘技場が歓声に包まれた。
テレサは腰を落とし、下から相手を見上げるように様子を窺う。
対するロザリーは剣を抜いたときの姿勢のまま、直立して動かない。
次第に歓声が静まっていくと、テレサが口を開いた。
「ロザリー。私ね?」
「ん?」
「去年の剣技会、優勝するつもりだったの」
ロザリーが片眉を上げる。
「たしか――決勝トーナメントに残ってたね」
「ベスト4。グレンに負けた」
「そっか」
「悔しかった。自分に失望した。三歳の誕生日にお母様に剣を貰ってから、一日も欠かさず訓練してきたのに、同級生に負けるなんて。……あの日、初めて訓練をサボった」
「そう」
「だから私は、グレンと当たるまで負けられないの」
テレサはさらに深く腰を落とした。
ロザリーに対し横向きに構え、剣は奥の右手。
剣を抱くように背を丸め、左手で剣先を隠している。
(変わった構えね)
(予選で見たときは普通の――王宮騎士の制式剣術だったのに)
(隠してた?)
ロザリーは足首の動きだけで、地面に転がっていた小石を真上に蹴り上げた。
そして小石が目の高さまで来たとき、腕を鞭のようにしならせて小石を弾いた。
バチッ! と衝撃音を残し、小石が糸を引くように飛ぶ。
それは目にも止まらぬと形容してよい速さで、テレサの眉間に直撃する――はずだった。
パァン! と、今度は破裂音。
テレサの間合いに入った途端、小石は粉々に砕けた。
「……カウンターの突きに特化した構えなのね」
テレサはニッと笑った。
すでに突きを放った姿勢から、腰だめの構えに戻っている。
「我がエリソン家に伝わる秘伝の型よ。グレンに勝つために死ぬ気で修めたの。この構えに死角はない。たとえロザリーでも、間合いに入れば蜂の巣よ?」
ロザリーは、ふ、と笑った。
「ありがとう、テレサ」
「……何ですって?」
怪訝そうな顔をするテレサに、ロザリーが言う。
「私ね。今日、一度も剣を振ってないの」
「それが?」
「やっと戦える」
「ああ、そういうこと」
「それと――ごめんね?」
「……何が?」
ロザリーはツーッと剣を動かし、テレサに剣先を向けた。
「私もグレンと約束したの」
それをきっかけに、ロザリーの魔導が堰を切ったようにあふれ出す。
「もう、グレンには手加減はしないって。だから、悪いけどあなたにも手加減しない」
ロザリーがふーっと息を細く吐くと、強大な魔導がうねり、彼女の瞳が紫に揺れる。
闘技場全体が奇妙な雰囲気に包まれた。
ロザリーの異常な魔導を測りかねる大勢の者たちはただ緊張感をもって戦いを見つめ、その魔導を正しく認識できる一握りの者たちは呻きを上げて仰け反った。
その魔導に直面するテレサは。
(私は、いったい、何を、相手にしているの!?)
奥歯をガチガチと鳴らし、震える剣先を必死にロザリーに向ける。
(ビビるなテレサ! こんなの、こけおどし!)
自分を奮い立たせ、戦意を保つ。
テレサに油断はなかった。
瞬きを一度、二度、しただけ。
その瞬きの合間に、ロザリーの紫水晶のような瞳が、もう自分の目の前に見えた。
「あっ? ――うあぁぁっ!」
間合いもへったくれもない、苦し紛れの突き。
伸びきった右手に激痛が走り、直後、後ろから両足を薙ぎ払われた。
ぐるんとテレサの身体が一回転し、前面から地面に落ちる。
宙高く舞ったテレサの剣が、くるりくるりと回りながら落ちてきて、ロザリーの左手がそれを受け止めた。
しん、と静まる闘技場。
ロザリーは二本の剣を左右に持ち、それらを同時に地面に突き立て、それからウルスを見た。
我に返ったウルスが宣言する。
「ッ、そこまで! 勝者、ロザリー=スノウオウル!」
まばらな拍手が起こった。
それは次第に大きくなり、やがて闘技場を揺るがすほどとなった。
観客の大勢は新たな英雄の出現を確信し、その戦いを自分の目で見られたことに大いに興奮していた。
ロザリーは観客に手を上げて応え、歓声が少し収まってから、テレサに声をかけた。
「テレサ?」
テレサは打たれた右手を押さえて、ペタンと地面に座っている。
その目はどこか虚ろで、いつも武人らしいテレサらしくない。
やりすぎたか、ロザリーがそう思った矢先。
「う。う。う。……うぁぁぁん!!」
テレサが大声を上げて泣き出した。
「え、ちょっ、テレサ?」
ロザリーは慌てふためくが、テレサの音量は増すばかり。
「悔しいぃぃ! うわぁぁぁ!!」
ただ、おろおろするロザリー。
試合を裁いたウルスは、彼女のこんな姿を初めて見て固まっている。
と、そのとき。
「テレサ!! 泣くなッ!!」
闘技場をつんざく怒声。
ハッとテレサが見上げると、観客席に立派な鎧姿の女騎士が仁王立ちしていた。
髪型こそロングで違うが、テレサに顔立ちがよく似ている。
女騎士の周りの観客が噂する。
「
「すげえ、本物?」
「かっけぇー!」
周囲から集まる視線にバツが悪くなったのか、女騎士は踵を返し、観客席から去っていった。
「お母様。見に来てくれたんだ……」
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