第78話 依頼と課題

 翌朝、領主の館。

 朝食にありつこうとロザリーが居間にやってくると、すでに仲間の三人の姿があった。

 ラナがロザリーに向かって手を挙げる。


「おそよー」

「おはよう。……それ、やめてくれるかな」

おそよう・・・・のこと? なんで?」

「嫌なこと思い出すの」


 賊狩りと監視の排除でロザリーは寝不足気味だった。しきりに目元を擦ってはあくびを噛み殺している。

 ラナは椅子から立ち上がり、口元をロザリーの耳に寄せてきた。


(監視、片づいた?)

(うん)


 ラナはホッとした顔で椅子に戻り、座り直した。

 ロブとロイは、揃って長テーブルに突っ伏して寝ている。

 彼らも寝不足なのだろうと察し、ロザリーは声をかけずに席に着いた。

 居間の天井を見上げてぼーっとしていると、メイドがやってきて長テーブルにカトラリーを並べ始めた。

 次いで卵料理の皿やパンの入ったバスケット、そして湯気の立ったスープが並ぶ。

 用意を終えたメイドが壁際に立つと、ほどなく領主姉妹とサベルが姿を現した。


「「揃っているわね」」


 アデルとアルマがそう言うと、ロブとロイはむくりと身体を起こした。

 二人は目の下にクマを作り、しかし目だけはギラついていている。

 領主姉妹は昨晩と同じように、長テーブルの合間に座った。


「「食事の前に伝えておきます」」


 四人の視線が彼女たちに向かう。


「「あなたたちが南ランスローで活動することを許可します」」


 ラナとロブロイは顔を見合わせ、瞳を輝かせた。

 姉妹が言葉を次ぐ。


「ロブとロイは暗号を解読し、それを新たな資料として残すこと」「そのあと父が手掛けていた開発を引き継いで、完成させてちょうだい」


 するとロブとロイが答えた。


「資料のほうはだいたい読み終えた」「これから開発に取りかかる」

「一晩で!?」「すべて解読してしまったの!?」

「言ったろ?」「技師にとっては暗号でも何でもないんだ」


 領主姉妹は揃って額に手を当てて、首を振った。


「あなたたちには読書に過ぎないわけね」「私たちの苦労は何だったのかしら」

「でも、足りないんだ」「ああ、まったく足りない」

「足りない?」「何が?」


 ロブとロイが、交互に話し出す。


「親父さんがやってた研究は大体わかった」

「だが肝心の現物がない。研究の元になってる発掘物がないんだ」

「足りないとわかって部屋を見直すと――」

「――資料も概要がほとんどでデータが少ない」

「書斎にあるのは〝研究結果〟だけなんだ」

「実際の研究拠点はどこか別にあるはずだ」


 姉妹はすぐに思いついたようで、互いの顔を顧みた。


「あそこかしら?」「ええ。そうに違いないわ」

「どこだ!?」「この館の中か!?」


 ロブとロイが、今にも飛び出しそうな勢いで尋ねる。


「ここではないわ」「クズ鉄村よ」

「「クズ鉄村!?」」


 今度はアデルとアルマが交互に説明する。


「遺跡からはたくさんのものが発掘されるわ」「多くはガラクタ。魔導具はほんの一部」

「父はそれらが魔道具であるか鑑定する前に、外へ運び出してた」

「で、一か所に集めてたの」

「南ランスローには遺跡がたくさんあるから――」

「――たくさん×たくさんで、発掘物はものすごい数になる」

「それを父がどんどん上に積んでいくものだから」

「集積場は山のようになった」

「父はその山をクズ鉄山と呼び」

「その横に小屋を建てた」

「アトリエと呼んでいたわね」

「そこを研究の拠点にしたの」


 ロザリーが口を挟む。


「それだと、クズ鉄小屋・・じゃない?」

「初めはね」「でも次第に人が集まってきたの」

「へえ。なぜ?」

「クズ鉄って父にはガラクタでも、他の人には使い道があるでしょう?」「農具にしたり調理器具にしたり」

「ああ、なるほど」

「材料費かからないから大儲けよね」「父もそれを止めなかったし」

「人は日増しに増えていき――」「――小屋は集落となり、村となった」


 ロザリーはうんうんと頷いた。


「なるほどね~。村や町って、案外そんなふうにできるのかも」


 そんなロザリーを押し退け、ロブロイが領主姉妹に迫る。


「で、そのクズ鉄村は――」「――どこにある?」


 姉妹はそれぞれかけていたペンダントを同時に外した。


「西に行った、涸れ谷の中にあるわ」「隠れるようにね。馬で二時間くらいかしら」


 そして姉妹は、ロブとロイそれぞれの手にペンダントを手渡した。


「これは――」「――鍵か?」


 ペンダントのトップは半分に切断された鍵だった。

 ロブとロイが手の上でそれらを重ねると、ピタリとはまって一つの鍵になった。


「関所で悪魔の石像を見た?」「あれは防犯用の魔導具よ」

「ああ! 見た!」「やっぱりあれは魔導具か!」

「父のアトリエにも似たような仕掛けがあるわ」「過剰なほどね」


 ロブとロイが不安そうに顔を見合わせた。


「大丈夫。鍵があれば問題なく入れるわ」「留守にするときは必ず戸締りすること。いいわね?」


 ロブとロイは頷き、ペンダントをそれぞれ自分の首にかけた。


「行くぞロイ!」「おお!」


 ロブとロイが互いに声をかけ、居間の扉へ向かう。


「ちょっとちょっと! 今から行くの? 朝ごはんは?」

 と、ラナが問うと

「未知の魔導具が――」「――俺たちを待ってる!」


 ロブとロイはそう叫んで、部屋を飛び出していった。


「大丈夫かしら、あの二人……」


 心配そうに扉を見つめるラナ。

 その背中をロザリーがトントン、と叩いた。


「んっ? 何よ、ロザリー」

「人の心配してる暇ないんじゃない?」


 ラナは、自分のことを領主姉妹がじっと見つめていることに気づいた。


「そっか。次は私の番……!」


 ラナはグッと唇を噛んで、姉妹の前に歩み出た。

 姉妹は同時に一つ頷き、仰々しい声色で言った。


「私たちはラナ=アローズの指導教官を」

「引き受けることにした」

「しかし、コクトー宮中伯の思うままは癪だ」

「かといってここに騎士団はないので通常の騎士実習はできない」

「なので課題を出すことにした」

「課題は厳しく、困難が予想される」

「それでも私たちの指導を受けるか?」


 ラナは大きく頷いた。


「望むところよ!」


 姉妹はニヤリと笑う。


「その意気や、よし」「サベル、例のものを」

「ああ」


 サベルは部屋を出て、すぐに油紙に包まれた棒状のものを三本、持って戻ってきた。

 そのうちの一本を長テーブルに置き、ラナの前で油紙を広げる。


「これは……何?」


 それは剣ほどの長さの金属の棒だった。

 握りがあることからして棍棒に見える。

 ただ形状が奇妙で、ボコボコと起伏がある。


「これは魔導具の剣――」「――カシナ刀という」

「これが剣なの? 棒じゃなくて?」


 剣というが刃がない。

 刃引きの剣のほうがまだ、剣らしい形をしている。

 これは円筒状の金属が握りに乗っかってるだけで、やはり棍棒というのが相応しい。

 ラナは元より、後ろから見ていたロザリーも思わず首を捻る。

 しかし姉妹には予想通りの反応だったようで、同時に微笑みを浮かべた。


「説明は見てからね」「表に出ましょう」


 領主の館には、裏庭があった。

 こじんまりとした、手入れの行き届いた庭だ。

 カシナ刀をそれぞれ一本ずつ持った姉妹が庭の中央に立ち、サベルがそれに向かい合う。

 ロザリーと、残りの一本を持ったラナは、庭の端からそれを見守る。


「サベル」「準備はいい?」


 サベルは腰の剣をすらりと抜いた。

 そして答える。


「いつでも来い」


 すると姉妹は、躊躇なく距離を詰め始めた。

 アデルが前を向き、アルマは後ろ向き。

 何度見ても器用に歩くものだ、とロザリーは思う。

 しかし、あまりに無造作な距離の詰め方だ。

 対するサベルは動かず、腰を落として待ち構えている。

 彼の間合いまで、あと三歩、二歩。

 あと一歩――


「むんっ!」


 サベルが大きく踏み込んだ。

 重く、鋭い、横薙ぎの一刀。

 前を向くアデルの首を刎ねんと、刃が迫る。

 当のアデルは避けようともせず、ただ手に持つカシナ刀を顔の横に立てた。

 その瞬間。

 カシナ刀が、ギュィィンと硬質な唸りを上げた。

 ロザリーとラナが、思わず声を上げる。


「わっ!」

「何!?」


 カシナ刀とサベルの剣とぶつかり、激しい火花が散る。

 サベルは剣を引き、今度は逆側から袈裟斬りを放つ。

 それを見たアデルは、くるりと身を翻した。

 普通なら背中を向ける自殺行為だが、そこは背合わせの姉妹。

 入れ代わったアルマが、硬質の唸りを上げるカシナ刀で斬り上げる。

 振り下ろされるサベルの剣とぶつかり、また激しい火花が散る。

 打ち負けたのはサベルのほうだった。

 振り下ろした剣が、頭上にかち上げられる。

 アルマは斬り上げた勢いのまま、身体を横に向けた。

 逆側からアデルが横目でサベルを捉える。

 左右から二本のカシナ刀が、硬音高鳴らせてサベルを襲う。


「チッ!」


 サベルは即座に後ろへ跳び、難を逃れた。

 姉妹は余裕の笑みでサベルを見据え、カシナ刀を下ろす。

 そしてまた、無造作に距離を詰め始めた。

 ラナが声を潜ませてロザリーに尋ねる。


「何、あの剣?」

「刃の部分が回転してるように見えた」

「回転!?」

「そういう魔導具なんだと思う」


 そう答えつつ、ロザリーは驚きを禁じ得なかった。

 ロザリーの姉妹に対する評価は、「無色」で「無力」な少女たちというものだった。

 だが。

 姉妹は二人がかりとは言え、熟練の騎士であるサベルと互角に打ち合っている。

 いや、優勢と言っていい。

 姉妹の技が、死角のない二刀流の使い手のような見事さであることもその要因。

 だが最大の要因は、あの魔導仕掛けの剣にある。

 魔導で上回るサベルに力負けせず、彼が恐れて後退する威力を秘めている。


 裏庭の試合は、間もなく終幕を迎えた。

 攻めあぐねるサベルに、アデルのほうから斬りかかった。

 サベルは自身の剣で打ち払おうとする。

 ぶつかった瞬間、火花が散るのは前と同じ。

 違ったのは、カシナ刀がサベルの剣に食いついて離さなかったことだ。

 カシナ刀はサベルの手から剣を絡め捕り、その剣ごとぐるぐると回る。

 その動きをまねるように、アデルはくるりと身を入れ替えた。

 正面となったアルマが、丸腰のサベルにカシナ刀を突きつける。


「……参った」


 アルマはカシナ刀を下ろし、アデルが首だけで振り向く。


「サベルって本当に強情ね」「刻印術エンハンスルーン、使えばいいのに」


 するとサベルも力なく笑った。


「それで負けたら言い訳ができないだろう」

「ふふっ」「それもそうね」


 パチパチと拍手が鳴る。

 ロザリーとラナだ。


「いい立ち合いだった。驚いた!」


 ロザリーが手を打ちながら感想を言うと、姉妹は膝を曲げて淑女のお辞儀をした。


「すごいっ! よくわかんないけど、すごかった!」


 ラナは目を見開いて、激しく手を打っている。

 姉妹は少し照れくさそうに、ラナの元へやって来た。


「カシナ刀のこと」「少しはわかった?」


 ラナはちらりとロザリーを見て言った。


「刃が、回転する?」

「その通り」「斬るのではなく削る」

「それを可能にするのがこの剣身」「切れ目がたくさんあるのがわかる?」


 アデルがカシナ刀を両手の上に寝かせた。

 ラナが顔を近づけ、ロザリーは後ろから覗き込む。

 剣身は金属製の棒だと思っていたが、たしかにうっすらと切れ目が見える。

 剣身を輪切りにするように、根元から先端まで五ミリ幅で切れ目が入っている。


「この剣身は、厚み五ミリのコインが積み重なっていると考えるといいわ」「コインは一枚一枚が回転する刃ってわけ」

「回転の速度も方向も自在よ」「当てる角度と合わせれば、剣を弾くなんて簡単」


 ラナが問う。


「さっき、サベルさんの剣を巻き上げたのはどうやったの?」

「一枚ずつ交互に逆回転させることもできるの」「サベルの剣に回転刃を噛ませて・・・・、それから全部順回転させて絡め捕ったってわけ」


「は~、なるほど……」


「カシナ刀は魔導具だから無色の魔導がエネルギー源なんだけど――」「――魔導ランプのようにそれを貯めておく機構はないの」


 ラナが自分の持つカシナ刀を検める。


「あっ。そう言えば、魔導ランプみたいなスイッチがない!」

「流した魔導がダイレクトに回転現象となって現れるわ」「多く流せば早く、量を絞ればゆっくり回る、って具合にね」

「慣れていけば交互に回したりもできる」「スイッチを押す手間さえ要らない」

「相手の剣を右に弾くか左に弾くか」「あるいは噛みつくか、粉砕するか」

「一挙手一投足もいらない」「身動き一つせずに魔導で決められるの」


 ラナは無言で、しかし期待に満ちた目でカシナ刀を見つめている。

 そんな彼女に、姉妹が言った。


「でもね。カシナ刀の最大の長所はそういうことではないの」「ラナにならわかるはず」

「んっ?」


 ラナが首を傾げる。


「ヒントは与えたわ」「自分で考えみて?」


 ラナが振り向いてロザリーを見るが、彼女にもわからない。

 視線を戻せば、姉妹はじっとラナを見つめている。

 ラナはカシナ刀を見つめ、考えた。

 そして長い沈黙の後、言葉を紡いだ。


「……無色にしか使えない武器、ってこと?」


 アデルとアルマは「「正解!」」と顔をほころばせた。


「カシナ刀は魔導を貯めおけない」

「それはつまり、無色の魔導者にしか扱えないということ」

「無色が無能と蔑まれるのは、術が使えないからよね?」

「でもカシナ刀のような魔導具は、術の代わりになり得るわ」


 そこから、姉妹の眼差しが真剣なものとなる。


「あなたが騎士を目指すのはなぜ?」

「騎士の名声が欲しいから?」

「違うよね」「無色だもの」

「名声なんて遥か遠く」「縁のない話」

「ならばなぜ騎士になる?」

「騎士に強さを求めているからよ」

「そう。騎士は強くあらねば」

「名前だけの騎士に価値などない」

「カシナ刀はそのための一助」

「私たちのような、守れない騎士になってほしくない」


 姉妹は、それぞれのカシナ刀を掲げた。


「課題は、この剣を使いこなすこと」

「この剣で、私たちに打ち勝つこと」


 そしてカシナ刀の剣先をラナに向け、いたずらっぽく笑った。


「「やる?」」


 ラナは負けじと、自分のカシナ刀を姉妹へ向けた。


「受けて立つわ!」

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