第37話 コクトーの調査

・調査➁――ごろつきセーロ


 地下牢。

 コクトーが鉄格子の外にいるときから、その男はひれ伏していた。

 牢に入り、コクトーが尋ねる。


「……なぜ、ひれ伏している?」


 男が顔を上げた。

 頭頂部が薄くなった、日焼けした顔が笑う。


「へえ、見たとこかなりのお偉いさんだと。そうでしょう?」

「王陛下の側に仕えている」

「やっぱり! へへえー!」


 額を石床に擦りつける男を、コクトーは冷ややかに見つめた。


「〝悪運の〟セーロ。そう呼ばれているそうだな?」

「なんでそれを……あいつらか! 親分を売るなんて、ふてえ野郎どもだ!」

「なぜそう呼ばれる?」

「いや、へへ……。あっしは散々悪事を重ねてきやしたが、捕まったことが一度もないんでさぁ」

「散々悪事、か。よもやそれほどの大悪党だとは思わなんだ」

「いや! 悪事と言っても空き巣や馬泥棒が主でして! それも特別盗みが上手いわけじゃなく……ただ、仕事をしくじってもなんでか捕まらないってだけでして。アトルシャンの騎士様にも、ゲン担ぎに雇われたようなもんで、へへ……」

「その悪運で今回も助かると?」

「いやいや滅相もない! こうして捕まっちまってるわけですから。観念しております、はい」

「聞きたいことがある。お前と四人の子分たちの今後は、お前の態度次第だ」


 するとセーロは再び、ひれ伏した。


「わかっておりやす! 命があるだけでありがたいことで! なんでも聞いてください、正確に・・・答えさせていただきやす!」

「ふむ、殊勝な心掛けだ」


 正確という言葉が響いたのか、コクトーの顔から険が薄れた。


「では、正確に! ……とはいっても、あっしは下っ端なんで作戦の全貌は知らねえんで。そこは大目に見て頂けると――」

「――それについては良い」

「は? では何を」

「私が聞きたいのは、ロザリー=スノウウルフについてだ。お前たちとスノウウルフはハイランド地下道で出くわした。お前たちは口封じしようとし、彼女に叩きのめされた。そうだな?」

「へえ、間違いありやせん。でも、なんでわざわざ王国の騎士様のことを、よそ者のあっしにお尋ねになるんで?」

「お前が気にすることではない。そこでお前は、作戦について洗いざらいスノウウルフに白状した。そうだな?」

「その通りです」

「なぜ、素直に吐いた?」

「へっ? なぜってそりゃあ……吐かなきゃ殺されちまうでしょう?」

「質問が悪かったな。スノウウルフは何か魔術を使ったか? 意思に反して自白をしてしまったり、あるいは思考を読まれたりはしたか?」

「ん~、ロザリーの親分はそういうことはなかったですねえ」

「見たところ、拷問を受けたような傷もないが」

「とにかく怖ろしかったんでさ。あっしは魔導を持たないただのゴロツキ。騎士様に目をつけられようもんなら、ひとたまりもない。だからそうならないよう、目端を利かせて生きてきたんでさ。特に、強い騎士様には絶対睨まれないように。――でも、あれは別物だ。人であるかも怪しい」


 セーロは顔を青ざめさせ、ブルリと身震いした。


「スノウウルフがそれほど怖いか」


 するとセーロはぽかんとして、すぐに首を横に振った。


「いや、ヒューゴの姉御の話です」

「……何と言った?」

「ヒューゴの姉御。あの方も魔導騎士でやしょう?」

「男の名のようだが……どんな女だ?」

「赤い巻き毛の、とびきり艶やかな方です。ロザリー親分も天女のような美しさだが、言っちゃ悪いがまだまだ小娘。対してヒューゴの姉御はもう、今が食べごろと言わんばかり。男なら誰でもイカれちまうってもんで」

「その女も騎士なのだな?」

「おそらく。幻術を使いましたから」

「どんな幻術だ?」

「あっしの目の前で、きれいなお顔の半分がドロリと。ああ、思い出すだけで身の毛がよだつ!」


「ふむ。その後は?」

「旦那の言われた通り。作戦の全容を話したら、ロザリーの親分は外へすっ飛んでいって。ヒューゴの姉御もそれについて行きやした。……聞いたところ、ご学友を助けに行ったとか? いやあ、友情ってのはいいもんですね! あっ、攫う側のあっしが言うことじゃありませんね、へへ」

「ヒューゴ、か」


 コクトーはセーロに背を向け、牢の外へ向かった。


「旦那! あっしの話はどうでした!?」


 牢から出たコクトーが鉄格子越しに答える。


「概ね満足した」

「じゃあ! 命だけは!」

「話が正確・・であれば、な」


 そう言い残し、コクトーは去っていった。




・調査➂――ソーサリエ三年グレン=タイニィウィング


「知りませんでした」


 魔導騎士養成学校ソーサリエ、面談室。

 グレンは背筋を伸ばし、対面するコクトーにそう断言した。


「ふむ。では、ヒューゴという名に聞き覚えはないか?」

「ヒューゴ? 聞いたことがありません」

「ロザリー=スノウウルフに近しい騎士だと思われるのだが」

「知りません」


 コクトーはふうっと息を吐いた。

 たかが学生と侮っていたが、目の前の少年は今回の調査で最も手ごわい。


 学生のくせにまるで一端の騎士のような佇まいで、無表情にわからないと答えるだけ。

 聞きたい情報がまったく引き出せない。

 手荒な方法が頭をよぎるが、首を振ってその考えを追い出した。


「君は知らない、わからないばかりだな」

「申しわけありません」

「責めているわけではない。しかし、君はロザリー=スノウウルフの親友なのだろう? なのに何も知らないというのが、私には腑に落ちないのだ」


 グレンは黙りこんだ。


「親友なのだろう?」


 姿勢は変わらないが、瞳が細かく揺れ動いている。


「違うのか?」

「……そのつもりでした。でも、俺はあいつのことをまるでわかってなかった。そんなの、親友と呼べるのでしょうか?」


 コクトーはやっと気づいた。

 情報を引き出せないのも当然のこと。

 この少年は本当に何も知らないのだ。


「わかった。君への聞き取りは終わりだ。ご苦労だった」


 グレンは席から立ち上がり、折り目正しくお辞儀して、部屋を退出した。

 グレンが外へ出ると、シモンヴラン校長が椅子に座って待っていた。


「タイニィウィング」

「校長先生」


 シモンヴランは杖を頼りに立ち上がり、グレンを見上げた。


魔導騎士養成学校ソーサリエの長でありながら、学生への尋問を拒否できなかった。辛い思いをさせた。どうか、許してほしい」

「辛い思いなど。自分は何も知らないので」

「で、あってもじゃ」


 シモンヴランの顔は苦渋に満ちていた。

 グレンが尋ねた。


「俺に謝罪するために、ここで待っていたのですか?」


 シモンヴランは首を横に振った。


「いや。儂もこれから尋問を受けるからじゃ」


・調査④――ソーサリエ校長シモンヴラン


「ロザリー=スノウウルフの魔導色は紫。死霊騎士ネクロマンサーでございます」


 シモンヴランはあっさりと、そう告白した。


「いつ知った?」

「判別の儀の折」

「ふむ」


 コクトーが目を細める。


「事件以前からロザリー=スノウウルフの魔導性を知っていた人物は、貴殿が初めてだ」

「左様ですか」

「なぜ、王宮へ報告しなかった?」

「スノウウルフの権利を守るため」

「権利?」

「教育を受ける権利です。死霊騎士ネクロマンサーは赤のイレギュラー。儂とスノウウルフが黙っておれば、魔女騎士ウィッチとして教育を受けることができます」

「それはつまり――死霊騎士ネクロマンサーと発覚すれば魔導騎士養成学校ソーサリエにいられなくなる。死霊騎士ネクロマンサーがそれほどの危険因子だと認識した上で、それを隠していたということになるが」


 シモンヴランの言葉が淀む。


「確信があったわけでは……しかし裏の歴史に照らせば、そうなるも致し方ないかと」

「裏の歴史? ……そうか、貴殿は校長職の前に魔導院に在籍していたのだったな。魔導院の管理する〝裏史書〟に、死霊騎士ネクロマンサーの記載があるということか」


 シモンヴランが静かに頷く。


「〝裏史書〟には何と?」

「私の閲覧レベルでは、詳しくはわかりませぬ。ただ……死霊騎士ネクロマンサーは厄災の申し子である。王国に不幸を招く、忌まわしき魔導性であると」

「忌まわしき魔導性……」

「ロザリーは――スノウウルフは、そのようなものとは違うのです。まことに誠実な若者です」

「誠実な若者が、千五百もの命を奪うだろうか?」

「なっ……!」


 死者の数を聞いたシモンヴランは目を見開いた。


「……しかし、それは王子と仲間たちを守るためにしたことであるはず」

「わかっている。だが、ロザリー=スノウウルフが死霊騎士ネクロマンサーと知っていた貴殿も、彼女にそれほどの力があるとは予想していなかった。そうだな?」

「非凡な才を持つ学生であるとは認識しておりましたが……」

「真に重要なのは、死霊騎士ネクロマンサーであることではない。単独でアトルシャン軍を殲滅してみせた戦闘能力だ。残酷で容赦がなく、魔導量は極めて多い。なのに誰もそれを知らず、彼女は一介の学生として過ごしてきた。このことこそが問題なのだ」


 シモンヴランは真っ白な眉を寄せ、コクトーに問うた。


「……ロザリーはどうなりますかな」

「私ではない。陛下がお決めになる」

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