第20話 薬学
クラス分けから二か月が過ぎた。
冬の背中は遠く小さく、王都ミストラルにも春の足音が聞こえてきていた。
赤のクラスでは、今日も
教壇に立つのはヴィルマだが、いつもと雰囲気が違う。
生徒たちは顔を覆うようにマスクをし、教室には鼻をつく臭いが充満している。
そこかしこに薬草の束や、干からびた何かの生き物の成れの果てや、毒々しい色の小瓶の数々が置かれている。
生徒の間を回りながら、ヴィルマが生徒たちに声をかける。
「マージョラムは香りづけだからケチらなくていいわ。でも飛竜の干し爪はきっちり計って。いいわね?」
一人の男子生徒が手を挙げる。
「ヴィルマ教官。なんで飛竜の干し爪はケチるんですかぁ?」
「あぁ、オズ。あなたって本当に馬鹿ねぇ。高価だからに決まっているわ」
生徒たちから笑いが起こった。
占いや魔女の雑学なども含まれる。
この授業は薬学――魔女が得意とする、薬と毒の調合について学ぶ授業だ。
ロザリーは小さな乳鉢の中にスプーンを入れた。
粉になった飛竜の干し爪を、すりきりひとさじ。
焼いて砕いた蜜蜂を一匹ぶん。
温室から採ってきた叫び根草を絞って、出た汁をスポイトで三滴。
マージョラムは少し多めに。
ロザリーの目は真剣だ。
まじないについてはヒューゴから教わっているが、薬学は別だ。
ロザリーは知らないことを学ぶ快感を全身で感じていた。
「仕上げに月光蜜を混ぜる。扱いには注意して。静電気でも引火するから」
ロザリーは琥珀色の液体を、そっと実験用ビーカーへ注いだ。
それまでヘドロのような色と粘度であったビーカーの中身が、一瞬で青白く透き通った液体へと変容する。
ヴィルマはすべての生徒が工程を終えたのを見届けて、それから手を叩いた。
「これで魔導充填薬――エーテルが完成。さあ、さっそく飲んでみましょう」
生徒たちは、これは本当に飲んでいいもなのかと怖気づく。
しかしヴィルマは手本として作ったエーテルを手に持つと、もう一方の手を腰に当てグイッと一気に飲み干した。
その様子を見て、生徒たちも続く。
「どう? 魔導が回復していくのを感じるかしら?」
ロザリーは胸に手を当てた。
心臓の辺りで、トクン、トクンと満たされていくような心地がする。
「エーテルの服用によって回復する魔導はそう多くないわ。でも、時間経過以外で魔導を回復する方法は限られている。騎士団でやっていく自信のない人は、作り方をよく覚えておくこと。エーテルを調合できれば、食べていくのには困らないわ」
そう言いながら、ヴィルマは教卓の上の調合器具を片づけた。
「ヴィルマ教官」
一人の女子生徒が手を挙げた。
「なに?」
「オズ君の様子がおかしいです」
見れば、オズの様子が確かにおかしい。
首をグネグネと動かし、目は虚ろ。
ヴィルマは大きなため息をついた。
「……
ヴィルマはオズを指差して言った。
「配分を間違えば、薬は毒にも麻薬にもなり得る。彼を見て、よく心に留めておいて。では、授業を終わるわ」
そうしてヴィルマはオズをそのままに教室を去ろうとして、ハッと立ち止まった。
「うっかりしてた。来週の課外授業までにクラスの
そして生徒たちに向き直り、
「誰にしようかしら」
と、生徒一人一人の顔を指でなぞっていく。
グネグネ動くオズの顔の上で一度指を止めたが、ヴィルマは自嘲の笑みを浮かべてまた指を動かす。
そして――。
「あなたにするわ」
指さされたロザリーは、一瞬ドキリとした。
しかし、よくよく見れば指先がわずかにずれている。
指さしているのはロザリーの後ろの席。
「ロロ。よろしくね?」
「へぁっ!?」
ロロが奇声を上げて立ち上がる。
「我がクラスの
ヴィルマがそう言うと、大きな拍手が巻き起こった。
「うええっ!?」
ロロは猫背でオロオロするばかり。
困惑の表情でロザリーを見下ろすが、彼女もまた拍手をしていた。
ロロは泣きそうな顔でロザリーの机にすがりついた。
「な、なんで私なんです!?」
「年長者だから、とか?」
「私は無駄に年を取ってるだけですよ! 経験豊かとは違いますから!」
「そんなの私に言われてもさ」
「そうだ、ヴィルマ教官!」
ロロが立ち上って振り向くと、すでにヴィルマの姿は影も形もなかった。
「……逃げたなっ」
ロロはそう呟き、決意の瞳でロザリーに言った。
「追いますよ、ロザリーさん!」
「えーっ」
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