退屈な日々の拘束の中で

ボウガ

第1話

男が扉を閉める。

『退屈だよ、飽き飽きした』

あるホテルの中で、男女が衣服を脱ぎながら、お互いの総意を確認しようとしている。

『本当にいいの?本当に私を抱くの?戻れなくなるかも』

女がいたずらに男に上目遣いで疑問をなげかけた。

男は、くまだらけの目をこすり、やがて彼女の豊満な体をさわった。

『彼女は、同じ毎日に拘束する、退屈より窮屈さのほうが勝るんだ』

男は迷わず、魔が差したように、くるったように彼女の口に吸い付いた。


 しばしの時を経て、事を終えた男女はベッドの上で裸のまま寝ころび、掛布団の中で語り合う。



『耐えられなくて、ついにこんな関係をもってしまった』

『でも、あなたは彼女をまだ愛している、本当は、ここへきたのは、現実の彼女と向き合うために、ただこのファンタジーな空間に逃げ込んだだけでしょう、あなたは迷える子羊よ』

 男はその言葉に耐えきれず、布団の中で翻り、敷布団に両肘をつき、一人で泣き出した。男を抱きかかえようとする女。

『彼女の拘束力が、強すぎる、よくある話なんだ、それによって彼女の愛に応えられない自分が悔しい、これが本当の浮気ならそれでいい、これが愛のある浮気だから苦しいんだ!!』

『自分を責めないで、あなたはまだ戻れるわ、だってあなたは、私と、aiと浮気しただけだもの』

『はっ!!』


 女が男を抱くと、男は女の胸の中で、自分の本当の世界の記憶を思い浮かべた。その瞬間女が意識したのか、女の体は巨大になり、機械的な模様とともに体がバラバラになり、トンネルの形を形成する。やがてそうしてできた白いトンネルを、意識が白いトンネルと通る、まるで電気配線のような模様の縦の流れの中を進んでいく。




 男はやがて現実にもどった。髪の毛をかきあげ、今まで脊椎の端末とつなげ、目を覆っていたヘッドセットを頭から取り払う。かきあげた薬指には指輪があった。

 『はあ、帰ったよ』

 男が見る向こうには、たしかに女性の影が、男と同じほどに光源から光をあてられ、同じ大きさに壁に影をつくっていた。

女『……』

男『まだ君は、何もいわないんだね』

 男はあきれたようにキッチンにむかい、コップにをもち冷蔵庫から水をとりだしキッチンでそそいで、ため息をついて一瞬でそれを飲み干した。

 『……』

 リビングには、開け放たれたカーテンの窓越しに、下界の景色がみえる、男は決して部屋の中をみようとはしなかった。

 『すまなかった、“また”こんなバカを、でも時折おもうんだ、だからこのマンションを選んだ、鳥のように自由になれたら、そうしたら僕は過去にとらわれることもないし、そう、君と向き合い続ける必要もないじゃないか』




 部屋の中央のテーブルに花瓶とともに、年老いる事のない彼女の姿があった。その前に置かれた輪切りにした円の丸い形状のモノが彼女を映し、影を作りだしていた、それはホログラム、丸い機械はホログラム映像とともに、その女性の言葉を反復して男に問いかけた。

 『アダン、私がこの病気で亡くなっても、私の事をわすれないで』

 『私のホログラムから、一日も離れないで』

 『一日4回は、私のホログラムを起動して』

 『ほかの女を好きにならないで』


 男は頭を抱えた。ただの、束縛が強い女性なら、こんなに苦しむ事はなかったのだ。こんなにも。男の現実には、見下ろすことのできる夜景と自由に行きかう人々を見下ろすこの光景だけが自由だった。男の心は様々な後悔に苛まれていた。

 どんなに悩んでも彼女は戻ってこない、どんなに迷っても、呼びかけても彼女は返事をしない。それは孤独で、退屈な人生だった。

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退屈な日々の拘束の中で ボウガ @yumieimaru

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