キャベツワーム、2
◆2
アパートに着いて、扉を開ける。明かりをつけると暗闇の中に一瞬で見飽きた部屋が現れる。いつも部屋に入ると真っ先に自分の服についた匂いに嗅覚が奪われてしまう。
くさい。
浴室まで一枚一枚服を脱ぎ捨てていく。
ウチのシャワーはすぐには熱いお湯が出ない。いつも汗ばんだ裸の格好で冷水のシャワーを壁にでもかけて待つことになる。だけれど今夜はお湯を待たずして冷水を頭から浴びた。カラダは特に驚きもせずに冷水を迎える。あの時火傷した左手の火傷だけがヒリヒリと痛んだ。
「はぁー……」
あえて大げさなため息をつく。
ワタシは何かに負けた気がしていた。
冷水がやがてお湯に変わり、カラダのベタベタを洗い流していく。それなのに妙な敗北感は洗い落とせはしなかった。
火傷を確認する。水膨れは免れたけど、いささか赤く腫れているようだった。不意に玉ねぎの匂いが鼻をついて嫌気がさす。
玉ねぎ臭い指だねェ。
オマエなんかに言われなくたって分かってる。
あんな虫ケラの誘いにノってしまった自分が情けない。
あの小さな唇が笑みによって歪んだサマを思い出す。
アイツを葬った時のワタシの口元はどうだったのだろうか。
壁に吸盤でくっつけてある鏡にお湯をかける。口元を見たかったのに、安物の鏡は水滴をまとって曇ったままだった。
もうどうでもいい。
後輩の鍋に唾を落とした女の顔が美しいわけがない。
彼は自分の鍋にイモムシが浮いていると騒いだりはしなかった。それがあのイモムシがワタシの幻覚だということの裏付けになる。でもあまり申し訳なさはない。
アイツがいけないんだ。
あんなグロいやつが急に現れたら誰だって混乱する。あんな口汚い虫ケラ。あぁ、ちっぽけなアイツに…………ワタシは今日負けてしまった。
怒りというよりかは、屈辱、恥、情けなさがごちゃ混ぜになった頭がざわつく。
ぽたっ。
流れるお湯に赤色が落ちて滲んだ。
昼間の熱でのぼせたのか、鼻血が出てきた。
ポタポタ、ポタポタ————。
血の赤は増えていく。
鏡を手で拭うと、鼻と口周りを赤く染めた女が映り込んでいた。
ほらやっぱり、いやーなカンジの女だ。
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