名前は何も表さない

猫又大統領

一話完結

 両親は、農家だ。僕も時々手伝っている。六年前から、祖父から受け継いだ農法ではなく、化学肥料と農薬を半分以下で栽培している。それが原因で害虫や病気などの対策に追われることになったが、健康志向のブームにより販売は良好でリピーターもついた。中にはわざわざタクシーで遠くから買いに来てくれるお客さんまで現れた。

 そのお客さんは六十代の女性で、名前はユリさん。二年前に旦那さんを亡くして今は、豪邸に犬二匹と暮している。娘さんが二人いたが、ともに成人して家を出ている。一人は結婚して子供がいるそうだ。避暑地には別荘を持っていると母から聞かされた。

 僅かな間に個人情報を吸い出す母は、不作の時は探偵をやったらどうだろうと僕は思った。お野菜探偵というネーミングで売り出せばその時期はしのぐことが出来そうだ。


 薄暗い倉庫で出荷のために、母と僕で売れる野菜と大きさや傷んだことで売れない野菜に分けていた。その最中に母が話かけてきた。

「あんた、夏休み暇でしょ?」

「まあ。どうだろうな」

 暇だと認めたくない反発心から素直には答えなかった。

「いいバイトの話があるんだけど。五日で一か月分くらいの収入になる話」

「はい。暇です。とても」

「よろしい、ユリさん案件」

「仕事内容は……危険ですか……」

「息子にそんなことさせるか!」

「そうだよね。ハハハ」

 ユリさんも穏やかで優しい雰囲気の人なのでなおさら、バイトに興味が湧いた。

「ユリさんが家を離れている間の犬のお世話」

「えっ。五日間それをやるだけで一か月分?」

「そう」

「やります」

 僕はお金を何に使うか。どう配分するかを考えた。

「じゃあ、早速明日、ユリさんに家に行こう。野菜の配達も兼ねて」

「おっけー」

 まだ何に使うのか。どう配分するか決めかねていた。


 

 ユリさん家は僕の家から車で一時間もかかった。その途中、母から注意事項の説明があった。

「あっ。言うのを忘れていたけど、ユリさんは犬をペットだと思っていないからね」

「うん。まあ家族の一員ってことでしょ」

「そうそう。だから犬とか言ったらだめよ」

「えっじゃあなんて」

「名前で呼ぶの。名前は忘れちゃたけど」

「まあ。いいか」

 僕は稼いだお金はすべてゲームに使うことした。

 すると、丁度白い大きい二階建ての家についた。女性が外で待っていてくれた。

 ユリさんの案内でリビングに通され、高そうなクッキーと紅茶が出てきた。

「ありがとうね。お願いを聞いてくれて、うれしいわ」

 ユリさんが頭を下げていった。

「とんでもないです。い……なんでしたっけ。お名前。えっと」

「ナスカとピンク」

「いい名前ですね。とても素敵です」

「フフフ。そうでしょ。二人とも気に入ってるのよ」

「そうだ。これから私とユリさんはご飯を食べに行くから」

 母が僕に目を合わせずに言った。

「えっと僕は?ごはんは?」

「今日は慣らしだよ。慣らし おにぎり買ってくるからね」

「そんな」

「一か月分だぞ」

「どうぞ行ってください」

「じゃあ。今から呼ぶわね」

ユリさんが大きく息を吸う。

「ナスカ。ナーースーーカーーー」

 ユリさん大きい声でがそういうとフローリングを滑るように犬が現れた。足が短く、胴の長い犬。犬種には詳しくないがこれはダックスフントだろう。

「う~ん本当にかわいい。愛してるわ。ほら挨拶して」

 ユリさんは抱きかかえるとキスをたくさんしていた。

「かわいいですね。ところで、ナスカちゃんの名前の由来は……」

「ああ。それは、浪花のスカイツリーよ」

「ああ、なにわ。浪花のスカイツリー……なるほど」

 僕は理解したふりをして、二匹目の小型犬のピンクちゃんの登場を待った。

「じゃあ。次はピンクを呼ぶわね。ぴーーんーーーーく」

 激しいく床を蹴る音が近づいてくる。その音の正体がユリさんの前で停止した。ピンク色の服を着ていた。

 映像で見たことがある。軍用犬、警察犬と言えばお馴染みの犬。大型犬の代表格。黒く艶々とした毛と筋肉質な体。飼い主に忠誠を誓った表情。でもピンク色の服を着ていた。

「えっーと。これはドーベルマン……さん?」

「ピンクちゃんよ。ピンクの服を着てるでしょ」

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名前は何も表さない 猫又大統領 @arigatou

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