第2章 09 「堪えろ」
それからと言うもの、灯夜とあるては互いに打ち解け、それを皮切りにあるてもクラスで孤立することは無くなっていった。灯夜の働き掛けもあってのことだが。
そしていつしか「あるちゃん」と「ぴよ」と呼び合うようになり、放課後や休日に遊ぶようにもなった。
この日も、灯夜はあるての家に遊びに来ていた。
「あ、そうそう。漫画読んだから返すね」
あるてが灯夜から借りていた『Like a――』の3巻を灯夜に返す。
「ありがとー。どうだった?」
「
「あー、わかる。幸せになって欲しいんだけどねー」
「それはそう。読んでて辛いけど、その分続きも気になるし……」
一冊の漫画から話は繰り広げられていく、その途中。
「……ねえ、あるちゃん」
「ん、何?」
「蕾花、救えないかな?」
「えっ、どういうこと?」
「蕾花は実在しないから当然直接救うことは出来無いんだけど。でも、世の中には蕾花ちゃんみたいに理不尽に、心無い人から辛い思いをさせられている人も少なからずいるんだよね」
「まあ……うん」
「だから私考えてるんだー。蕾花みたいな人を助けられるような弁護士になりたいって」
「それはまた……デカい夢だね。勿論本気なら私も応援……ああ、それしか出来ないと思うけど」
「えへへ。まあ不純な動機なのかもだけどねー」
「うーん……」
「……やっぱ、おかしいかな?」
灯夜の言葉に考え込むあるてを見て、灯夜が不安な表情を見せる。
「ああいや、そうじゃなくて。ごめん、上手く言葉をまとめられなくて。でぇその、それが不純かどうかはちょっとわからない。でもちゃんとした考えを持って、明確に将来の夢を言えるぴよは凄いと思う。私はそんなの無いし」
「あるちゃん――!」
しかしそんな灯夜の不安な表情は一瞬で消え去り、パァッと明るい表情へと変わった。そしてそのまま灯夜はあるてに抱き着く。
「わっ! ちょっ、やめやめ! しっしっ!」
引き離そうとするあるてだが、灯夜は離れない。
「ごめんごめん。すっごく嬉しくなっちゃってついぃ」
「わかったから離れんかい! こんなトコお母さんに見――」
「あるてっ!?」
そこに、グッドタイミングと言うべきかバッドタイミングと言うべきか。2人分のお菓子と飲み物が乗ったお盆を持った顕子が部屋に入って来た。驚く顕子だが、まずは律儀に片隅にお盆を置く。
「待って! 違うのお母さん!」
「アンタ……いくら灯夜ちゃんが可愛いからって、そんな趣味が……。いやいや、人の趣味を頭ごなしに否定したらいけないからね。ああ、でもウチの娘が……」
「違うってばお母さん!」
「……なるほど」
あるてが誤解を必死に訴えるも、顕子の思考はロックされていて届かない。そんな2人を尻目に灯夜は冷静に呟いた。
「あのー、おばさん」
「な、何だい?」
「ほんとに違うんですよ。さっきあるちゃんが不意に可愛い一面を見せてくれまして。私もソッチ系の趣味は無いんですけど、つい私から、そう言う衝動がですね……?」
そして灯夜は顕子に、方便と謂わんばかりの嘘で誤魔化す。
「かわ――ッ……。この仏頂面が!?」
「ぴよっ、何を――」
その言葉には顕子だけでなく、あるても一緒に驚いた。しかし灯夜は「いいから」と訴えるかのように、そんな彼女を一瞥した。
「おばさんはあるちゃん、可愛いとは思わないんですか?」
「んまあ、そりゃあたしの娘だからね。可愛いけど、可愛いの意味が違うよね」
「あー、そう言う意味ですかぁ。取り敢えずアレです。女の子同士のよくあるスキンシップってやつですので、そこまで心配に及ぶ必要はありませんよう」
「そ、そうなのかい?」
顕子の質問は灯夜ではなく、あるてに向けられた。
「そこで何で私を見るの! わ、私が知るわけないじゃん……」
「まあそれもそっか。でも灯夜ちゃんもそう言うのなら、あたしの思い違いと言うことにしておくよ。兎に角、灯夜ちゃんはまだ若い女の子だし、あるても小娘なんだから健全に遊ぶんだよ! わかったね?」
「はーい!」
「その差は何!?」
小娘呼ばわりされたあるてがツッ込む。しかしそれも虚しく、顕子は隅に置いていたお盆を2人の前に置くと部屋から去って行った。
…………。
顕子の足音が聞こえなくなってから数十秒。2人はそのまま黙り込んでしまう。
「……あるちゃん」
沈黙を灯夜から破る。あるてはそれに対し、無言で灯夜の顔を見て反応を示す。灯夜もそんなあるての顔を無言で見つめ返し、目が合うと満面の笑みをしながらダブルピースをした。
それを見たあるては鼻で溜息をつくと、両手で灯夜の頭の両側面を抱えた。
「あ、あの……?」
「
「えっ?」
突然の出来事に戸惑う灯夜に対し、今度はあるてが冷静になり一言だけ小さく投げ掛ける。そして――
「ふんっ!」
「ぎゃッ――!!」
あるては灯夜のおでこに、手加減をしてだが頭突きをかました。頭突きを受けた灯夜は涙目になり、両手でおでこを押さえる。
「痛いようあるちゃん!」
「知るか! お母さん巻き込んで要らんこと言うな!」
「ええっ、そんなぁ……! 折角在らぬ誤解を説いたのにぃ!」
最終的にあるてからのスキンシップ(?)を受ける結果となった灯夜だが、顕子に変な誤解を与えることを阻止したことに対して、僅かな実感を確かに感じたのだった。
――そんな灯夜は、今に至って。
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