第2章 07 「いやいや。でもこれただの授業の合間の落書きだし」

「なッ――何してるの!」

 教室を後にしたはずのあるては、20分程経って戻って来た。そしてそこで見た光景に、思わず声を荒げてしまった。

 灯夜しかいない教室。その灯夜は授業ノートを自分の席で眺めていた。

「ア、アンタ、自分が何してるかわかってる?」

「うん。浅里さんのノートだよねこれ。ごめんね? 非常識なことしてるってのはわかってるんだよ」

「だったら何故……?」

(わっ、迫力が凄い……)

 元々鋭いあるての目付きは、気が立っていることにより更に磨きが掛かっている。灯夜は眼前で見るそれに圧倒されるも、表には出さずいつもの明るい口調で答える。

「気になったからかなぁ。浅里さん絵が上手って聞いてたから、ノートにも何か描いてあるのかなーって」

 案の定、そのノートには空いている箇所に落書きが点々と描かれていた。

「これ、忘れ物で取りに来た……って感じだよね? はい」

 灯夜があるてにノートを差し出すと、あるては無言で手に取り鞄にしまう。

「……うん。失礼なことってのはわかってるから、それは本当にごめん。でも浅里さん。浅里さんもさっき、話を遮って一方的に言葉を押し付けて教室を出たのも失礼だなぁって思ったよ。だからおあいこに出来ないかな?」

「うっ……、それはまあ、私も……。でも失礼の度合いが違うと言うか」

「あのっ。それで、1つ言いたいことがあって……」

「何……?」

「これはお世辞とかじゃなくて本音なんだけど、浅里さんの絵ぇすっっごい好き! 完全に私好みだよ!」

「えっ、え……?」

 灯夜の絶賛が予想外で、あるては戸惑う。

「いやいや。でもこれただの授業の合間の落書きだし」

「ってことは、もっとしっかり描いたらもっとクオリティ高いってことだよね?」

「も、もう勘弁してっ! 失礼な態度取ったこととおあいこにするから! するから!」

 グイグイ来られることに不慣れなあるては折れそうになる。灯夜もこれ以上はあるてが危ないと判断し、瞬時に頭の中を切り替える。

「あはは、ごめんごめん。それだけ気に入っちゃって。あの、自分語りになっちゃって悪いんだけどさ、これだけは聞いて欲しくて」

「……何?」

「私さ、昔は――転校前にいた学校で孤立してたんだ。表情筋がいくつか仕事して無いんじゃないかってくらい無表情で、無口で。信じられないでしょー?」

「………………」

 にこやかに話す灯夜は、話を続ける。

「最初は馴れ合いとか下らないと思ってたし気にならなかったんだけど、ある時から寂しさと違和感を感じ始めて、このままじゃ駄目なのかもって思っちゃった」

「……それで」

「ん?」

「それで、誰ともクラスで話さない私に昔の自分が重ねて見えてここまで構ってる……と」

「そうそう。よくわかったねぇ!」

「平木さんは寂しかったんだろうね。でも大きなお世話なんだよ。私みたいな人が全員平木さんと同じ心情なんてことは無いから、私は独りでも大丈夫って思ってるから。だから……」

 この後に続き言葉は、灯夜はすぐ察しが付いた。

「……っといて」

「…………」

 あるての言葉に、今度は灯夜が黙ってしまう。

「そっか……」

 この灯夜の反応に、あるては小さく溜息を――

「じゃあ明日の放課後までっとくね!」

「はっ!? えっ? 何でそうな――」

「それは今は話せないかなー。それじゃ、接近禁止命令が出たので退散しまーす! また明日ねー!」

「あっ、ちょっ――! 接近……!?」

 訳がわからないまま、あるては足早に教室を後にした灯夜に取り残されてしまった。

「…………面倒なことになったな」

 一人残されたあるては、小さくこう呟いた。

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