第2章 06 (あれ? あの人……)
それからと言うもの、灯夜は時間の許される時には少し方向性を変えて漫画の登場人物の分析を行った。
(私はこのキャラのような明るさを持っていないから――)
明るい、元気、活発……。このような類の性格の女の子に焦点を当てて分析を重ねた。そこから得た情報、考察の取捨選択を行い、自らの人格に取り入れようとする。
折角仲良くなった人たちと別れてしまうのは、ずっと変わらず辛い気持ちがある。しかし引っ越せば周りは全員知らない人。これを好機と捕らえ、明るい第一印象を植え付けて孤立を……過ちを繰り返さないことを灯夜は己に誓っていた。
分析だけでは無い。雛多は時折、灯夜の部屋からいつもとは違う灯夜の声を微かに耳にしていた。新しい人格のための喋り方や声も独学ながら練習をしているのを雛多は知っていたが、決してそれに対し、口を出すことは無かった。
――そうして。
「初めましてぇ、平木灯夜です! まだ学校や町のことよくわからないので、色々教えてもらえると嬉しいです。よろしくお願いしまーす!」
中学生になったと同時に転校した灯夜は、努力して身に着けた声で、明るく笑顔交じりに挨拶をした。
(これが……私?)
この挨拶の練習もしていたが、いざ本番を終えて今までの自分を振り返るとこの声が、笑顔が、自分自身が体得したものと言うことが半ば信じられなかった。結果、灯夜はすぐにクラスで孤立するようなことは無かった。
(あれ? あの人……)
数日経って、灯夜はふととあるクラスメイトが目に留まる。
(確か浅里あるてさん……だっけ?)
クラスでほぼ孤立状態のあるてに、灯夜はかつての自分の姿を重ねずにはいられなくなった。
(昔の私みたいで放っておけないな。でも中には一人でも結構って人もいるから難しい……)
それとなく気になるが、迷惑にも思われたくない。軽率に話し掛けるのは難しいと判断した灯夜は、まだこの学校やクラスメイトのことをよく知らないことを利用してあるての情報を得ることにした。
(他の皆は小学校からそのまま中学校に上がっただけだから、浅里さんのことを全く知らないなんてことは無いと思うけど……)
「ねえねえ。ちょっと良いかなぁ?」
近くにいたクラスメイトから、あるてについて話を聞き出した灯夜。思っていた通り、あるてはかつての灯夜と同じ立ち位置にいて――無視をされているわけでは無いが、一人でいることが殆どだとわかった。
あるて自身が無口で仏頂面。いざ喋ると口下手が目立つため怖い印象は無いが近寄り難いことには変わりなく、波長が合う人がそういないのだと言う。
(それと絵が上手って噂……か)
漫画が好きな灯夜にとって、断定形で聞けたわけでは無いがこの情報も見逃せなかった。
(決めた。放課後、声を掛けてみよう)
その日の放課後。灯夜はあるての席に近付いて声を掛けた。
「浅里さーん」
「!?」
予想外の呼び声に、あるては一瞬身体をビクつかせて驚いた。
「た、平木さん……だっけ? な、何……?」
無愛想に見えるあるての反応はどう見ても動揺で、
「突然ごめんねぇ? 浅里さんって絵が上手だって聞いてさ、お願いしたいことがあるんだ!」
「いや、そんなことは……。それ、誰から聞いたの?」
そして迷惑そうでもあった。
「まあまあ。それでね? 私に絵を教えて欲しいんだよ。漫画読むのが好きでさ、漫画は描けなくても絵は描けるようになったら良いなーって思っ――」
「悪いけど私から教えられることは何も無いよ。どんな下手でも何枚も何回も描き続けて上達させるものだから」
そんなあるては灯夜の言葉を遮り、頭ごなしに灯夜のお願いを拒否する。そしてそそくさと荷物をまとめ、教室を出ようと立ち上がった。
「そんなに描きたかったら美術部にでも入れば良いと思うし、学びたかったらネット上にいっぱい講座があるからそれ見た方が良いと思う。……それじゃ」
「あ、うん。また明日ねーっ! …………ふぅ」
そそくさと教室を出るあるてを見送り、その後、小さく溜息をついた。
(わかった。浅里さん、本物のコミュ障だ。……ん? これは……)
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