第1章 29 「それはちょっと恥ずかしいかな……」

 あるての頼んだ潔白の虚無ライスは、飼料に米を使い黄身を白くさせた卵で玉葱とホワイトマッシュルームの入った白いバターライスを包み、ホワイトソースを掛けた何処までも白いオムライスだった。

 一方、道瑠の頼んだ暗闇の中の一筋のピラフは米も具も真っ黒く着色された以外は一見普通のエビピラフで、暗闇要素しかわからなかった。

 食べる前にそれぞれスマートフォンで写真を撮り、実食に至る。


 …………。


「えっ、美味しい……」

 さっきまで動揺してカタコトで喋っていたあるてだったが、一口食べて元に戻る。

「こっちも美味しい。ただ黒いだけで、ちゃんとピラフとして美味しいよ」

 道瑠も一口食べてその味に感心する。

「ところでさ、さっきの店員さん『ご馳走様』って言ってたけど何でだろ?」

「え? ああ、それは――」

 あるての問いに答えようとする道瑠だったが、

(待てよ? これ話したらあるてがまた壊れるかも……)

「――ごめん、僕にもちょっとわかんないかなー。あはは……」

 瞬時にこう判断した結果、敢えてシラを切った。

(そっか、あるてにはわからないのか。……あるてってちょっと鈍い?)


 ………………。


 それからは無言、と言うよりも半ば夢中で料理を食べ進める2人。

「あの、さっき話してくれたことなんだけどさ」

「ん?」

 そこで唐突に、あるてが道瑠のかいづかの話を掘り返す。

「これは完全に私個人のアレだからあまり真に受けないで欲しいんだけど、私は1つでも多く道瑠の本番の演技を見てみたい。演劇部の公演って一般の人も観れるんだよね? さっきの話を聞くとあと高校で演じるのも2回だと思うんだけど、出来たらそれ以上に」

「んーと。それはつまり、父さんと共演して欲しいってこと?」

「私としてはね。最終的には道瑠次第だから、本当に気にしないで欲しいんだけど」

「それはまあ……有難う。でも僕はやっぱり……第一父さんからしたら僕と共演するだけで得になるんだろうけど、僕にとって何一つ得は感じられないし」

「……このキャラのこういう絵を求めてる。けど描いてる人がいない。だったら自分で描いちゃえって、絵師の中ではよくある話なんだ。それと同じで、得が無かったら自分で作るんだよ」

「自分で……作る……」

 道瑠の頭の中には無い発想だったが、それだけではあるての言いたいことがまだ完全にはわからなかった。

「道瑠のお父さんは、声優になりたいって夢について何て言ってるの?」

「えーっと……反対はされてないけど、父さんとしては俳優とか劇団員とかになって欲しいみたい。強要してこないのは多分、母さんに釘を刺されてるんだと思う。僕の人生は僕だけの物だしね」

「だったらさ――――」

 あるての話を聞いた道瑠は、まるで不意を突かれたようにキョトンとしてしまった。しかしすぐに表情は戻り、軽く一考する。

「……その発想は無かった。でも悪くないね。やっぱり出るのは嫌って気持ちは強いけど、ちょっと考えてみるよ」

「ん、わかった」

 そのあるての言葉は、まるで劇に出たくないという気持ちの暗闇に射す一筋の光のようで――

「あっ」

「どうしたの?」

「あるて、これ見て? このピラフ、真ん中のこの部分だけ普通に白いの」

「ほんとだ。『一筋の』ってこう言う……」

 黒いピラフの中央、包まれるような形で着色されていないピラフが姿を覗かせた。とは言っても、その大きさは小さい子どもの一口サイズ程度だったが。

「何だか面白いね。こっちもこっちで面白いし美味しいんだけどさ」

「ん、うん」

 今度はあるてがオムライスの断面を見せる。

「何処を食べても白、白、白なの。食べてると虚無感感じるの。何かこう、色合いが欲しい……」

「お、おお。これは虚無ライス……」

「絵を描いてる手前よーくわかるってか再認識しちゃう。色ってほんと大切だよ。飲み物をと思っても、カフェオレも白いし……」

「あー……」

 あるての感じる虚無感が、道瑠にもヒシヒシと伝わって来る。

「そうだ。道瑠のピラフ見ながら食べれば良いのか」

「それはちょっと恥ずかしいかな……」

 互いに軽く笑い合う。その後は再び、特に何かを話すわけでもなく食べ続けるが、

(楽しい……)

 その最中、同じタイミングで2人はこう思った。

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