第1章 16 「はぁぁああああ……」

「まずはあるてさんとまた話す機会が欲しい。改めて謝って、仲直りがしたい」

「仲直り……そこが終着点ですか?」

「その先のことは僕だけで勝手に決められない……かな。あるてさんの気持ちやどうしたいかも考慮しないといけないし、僕はとんでもない過ちを確かに犯したんだから……理想ばかり言う資格は無いよ」

「資格……ですか。あの、立ちっぱなしも疲れますし、そこのベンチに座りませんか?」

「えっ? ……あっ、はい」

 道瑠は何故かかしこまり、灯夜の提案に従い近くにあるベンチに座る。灯夜もその隣に――は座らず、背を向けて立ったままだった。

「あれ、座らないの?」

「……これは独り言です。あるてさんは道瑠さんからの連絡を待っています。はーやれやれ。ほんっと、あるてさんは優し過ぎるんですよ。あるてさんを嵌めた男を庇って泣くんですから」

 道瑠の言葉を無視し、灯夜が大きな独り言を言う。

「……うん、そうだね。でも僕は、平木さんも充分優しい人だと思う。だから言いたいんだけど…………有難う」

「……………………」

 その独り言に乗じて道瑠が灯夜に礼を言うが、灯夜は無言を――

「はぁぁああああ……」

 貫かず、わざとらしい大きなため息をついた。そして振り向いた灯夜は、まるでZ級映画を見せられているかのような視線で道瑠を見下ろす。

「何か勘違いしていませんか? 全てはあるちゃんのためで、貴方のためなんかじゃ全然無いって言いましたよね?」

「あ、あるちゃ――」

「大体何ですか!? 一昨日の『僕の話と照らし合わせて、もしも僕が嘘をついていたら……その時は潔く消えます』って! 未練たらったらじゃないですか! いいですか? もし次またあるてさんを泣かせたら……」

 そう言うと灯夜は座ったままの道瑠の眼前に移動し、道瑠の前頭を掴んで押し上げる。それはまるで、一昨日あるてからされたように。

「……今度こそ、消えろ☆」

 違うのは、そう言った灯夜の声はわざとらしく高く優しく、顔は怖いくらいに満面の笑みだったことだ。道瑠は本能的にゾッとしてしまう。そして灯夜は踵を返し、上機嫌に鼻歌交じりで歩き、道瑠の前から去って行った。

 その間も道瑠は怯んでいて、自分の額から何かが落ちていたのに気付いたのは少し後のことだった。

「あ……」

 それはヘアゴムだった。一昨日頭に着けていたもので、灯夜との別れ際に彼女から預かりたいとお願いされていたものだ。互いに今日の約束から逃げないように質にされていたのだが、終始緊張し続けていたため頭から抜けていた。

 頭を押し上げられた時に、このヘアゴムを押し付けられていたのだろう。




『――じゃあ、堂々とした演技をしろ、と?』

『イッエース。オドオドしてたら駄目ってコト。本当はガクブルしてるんだろうけどさ、それを隠せるのが道瑠くんの凄いトコ』

 一昨日の帰り道、御影が教えてくれた『良いコト』とは灯夜と話をする際の態度のアドバイスだった。

『ハードル上げてくれるね』

『人生、高いハードルも低いハードルもあるのよん? でぇも飛び越えなきゃ。ただ……』

『ただ?』

『態度は偽っても、言葉は絶対偽らない。自分の言葉で、理想論でも良いからあの平木さんにぶつけるんだ。あの子はきっと、道瑠くんの言葉を少しでも叶えようとしてくれると思う』

 普段の軽い声から一瞬で真剣な声に変わる。

『そうかなあ?』

『道瑠くんはもーちょっとリアルの人を見よっか』

 しかし、すぐに声は戻る。

『じゃあ参考までに、兄さんは平木さんの何処を見てそう思ったの?』

『うーん、僕の場合じゃちょっと参考にならないと思うな。ただあの子の眼は嘘はつかない。ってのも――』

 御影が根拠を説明する。

『――なるほど、そりゃ兄さんじゃないと無理だ。でも凄い説得力はある。これで多分明後日、頑張れそうだよ』

『さっすが! まあその日僕はバイトだし、無くても邪魔する気は無いから。頑張れ弟よ。堂々とね』




(……兄さん。言われた通りに頑張ったよ……は、はは……)

 しかし灯夜のあの言葉と顔が脳裏から離れず、立ち上がれるようになるまでにはもう少し時間が掛かりそうだった。

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