第1章 11 「正義のヒーロー、ここに見! 参!」
道瑠がトボトボと喫茶店を出たのは、それから暫くしてのこと。
「志道道瑠さんですね?」
後ろから、高いけど冷静さも含んだ女性の声で道瑠は呼び止められる。
「初めまして。まずは名乗らせていただきます。私はある――いえ、浅里あるての友人の平木灯夜と申します」
道瑠が振り向くと、そこにいたのは灯夜だった。しかしあるてと一緒にいる時のパッチリした目付きに明朗快活な様子とは異なり、表情は無に近く、目は道瑠を見据えている。雰囲気も冷静沈着と言う言葉が相応しかった。
「あるてさんが貴方との出会いを私に話してくださり、貴方に大層興味を抱いていたので私も気になってしまい、先程の2人の様子を近くのテーブルから眺めてしまいました。その非礼をお詫び申し上げます」
淡々と落ち着いた声で、灯夜は頭を深く下げて謝る。しかしここは市街地の中。変な誤解を道往く人に与えかねないため、道瑠は慌てた。
「と、取り敢えず顔を上げて……! うーん、見られてたのか。参ったな……」
「参ったな……? やっぱり貴方、あるてさんに何か言ったんですね?」
道瑠の言葉を拾い上げ、灯夜が道瑠に問い詰め寄る。
「えっと……」
ナンパを仕組んでいたこと。あるてに懺悔したことをもう一度言えば良いだけ。しかしあるてに話した時さえ決死の覚悟だったのに、それがあるての友人となると尚更タチが悪く思い、なかなか言い出せない。
その時だった。喫茶店から出て来た男が突然スッと、道瑠の前に割って入った。
「貴方は……」
「正義のヒーロー、ここに見! 参!」
その男は俯いていたが、場違いな台詞を発すると共に顔を上げる。ドヤ顔をした御影がそこにはいた。
「兄さん!?」
「私が来たからにはもう大丈夫だ、少年」
「あの。この恥ずかしい人、お知り合いですか?」
「……僕の兄です」
「兄……?」
「如何にも。道瑠くんの兄の御影と言う者だよ」
道瑠と御影。互いに似つかぬ顔と雰囲気から、灯夜は
「えっ、待って? もしかして兄さんもいたの?」
「さあね。ヒーローはいつだって、ピンチに反応して飛んで行くモノさ」
「癪に障りますが、私とお兄さん、考えていたことが同じだったと言うことでしょうか。まあ今はそれはどうでも良いです。ピンチと仰いましたがまさか貴方、弟さんの肩を持つ気ですか? 人を泣かせておいて……」
道瑠への質問が解決されていないままだが、今度は御影に質問の矛先が向く。
「人間誰しも大小問わず過ちを犯すモノさね。確かに、道瑠くんの所業は自業自得自縄自縛
「家族……ですか。気持ちはわからなくないです。しかし道瑠さんのあの所業が悪と知った上で尚助けると言うのなら……貴方はヒーローじゃないです。アンチヒーローですよ」
「いやいや、そこはダークヒーローと言ってくれた方が僕の心にクるかな」
「どっちも一緒じゃないですか」
「それはそう。さて、じゃあ今度は僕から訊きたいなってかクエスチョン? これから僕は道瑠くんを、どう助けるでしょうか?」
この状況でも御影は余裕を見せつけていて、寧ろ楽しんでいるようでもある。
「どうって……逃げでもしますか? 逃げたかったらどうぞ。但しその時はヒーローらしく、道瑠さんをお姫様抱っこしてあちこち跳躍して去って下さい。それ以外の方法では許しませんので」
一方灯夜に余裕の有無は定かでは無いが、話の調子は少しだけ御影に適応出来るようになっていた。
「いやー憧れるねぇ。でも、違うんだなコレが」
そう言うと道瑠の前に立っていた御影は、道瑠の後ろに回る。
「とうっ!」
「ぅわッ!?」
そして唐突に、道瑠の背中を軽く押し飛ばした。
「正解は、彼の所業について君にも話すために背中を押すことでしたー! あっひゃっひゃ……」
ついには笑う御影。それと対照的に、灯夜は変わらず冷静を通り越した様子で温度差が激しい。
「はあ……。それならそうと、こんな回りくどい茶番なんかする必要無かったじゃないですか」
「えー。だってつまらんじゃんそんなの。僕はね、何をするにも自分がより楽しめることに生きる意味を見出してるのさ。実際今のこの状況、とーっても楽しいもん」
「……ごめん。僕の兄さん、こう言う人なんだ」
これには道瑠もフォローに入る。
「わかった、話すよ。でもその前に、時間を少し欲しい」
こう道瑠が続けると、胸に手を当てて2回深呼吸をする。そして――
「お待たせ。それじゃあ――」
灯夜にも、あるてに懺悔したようにナンパが自作自演だった件を話し始めた。
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