プロローグ 03 「待って、まだ私何も言ってない!」
「――そっか。演技の訓練の一環なんだ。あっま」
少年の話を聞きながら、あるてが見るからに甘そうな蜂蜜キャラメルモカマキアートを啜る。
「そうだね、将来の夢のため。あ、遅れたけどそろそろ名乗らないとだよね。僕は
「……しじみ汁?」
「うん、よく言われる」
「あ、もしも嫌だったらごめん」
「いや、大丈夫だよ気にしないから。ところで君は――」
「ごめん。不公平なのはわかってるけど名前は教えられない。まだ私は警戒してるし、二度と会うことはないかもしれないから」
「そっか……まあそれもそうだよね。無理強いはしないから大丈夫」
申し訳なさを感じながらも、まだあるては道瑠に気を許すことは出来なかった。
「しかし
「ちゃんと本姓だよ。その昔、同じ志道って苗字の戦国武将もいたみたいだし」
「へー」
道瑠はあるてと同じ17歳で、声優を志している。
そして様々な幅の演技が瞬時に出来るように、そしてちょっとした趣味も兼ねてウィッグやメイク、服装などで外見を変えてキャラも作り、外に繰り出しているとあるては聞いた。今回はチャラ系の男の役作りだったそうで、たまたまナンパに遭っていたあるてを――
「って、ちょっと待って? それじゃあ私、アンタの趣味と将来の目標のために助けられたってこと!?」
「そうだね。このくらい」
道瑠は親指と人差し指を0.5mm程空けた輪を作る。
「残りの部分はやっぱり、放っておけなかった……かな。赤の他人なんだから見て見ぬフリも出来たんだけど、たまたま今回チャラ男だったからそのノリで助けられないかなと思って」
「助けてくれたのは本当に嬉しかったけど、だからってあんな強引に引っ張られ続けてたら……逆に怖くもあったよ」
「だよね。ごめん、僕もいっぱいいっぱいで――って、何を言っても言い訳になっちゃうよね」
「……あるて」
「ん?」
「私の名前。浅里あるて」
「あるてさんか、良い名前だね。教えてくれて有難う」
「あっま……」
あるてが顔を隠すようにコーヒーカップを顔に寄せて、中の蜂蜜キャラメルモカマキアートを飲む。コーヒーカップでは顔を隠し切れないが、今のあるての顔は道瑠に見られたくなかった。
「……ねえ。確かに腕引っ張られてた時怖かったんだけどさ、不思議と拒絶とかって感じなかったんだよね。それにさっきトイレで着替えとかしてたんだよね? その間に逃げても良かったんだけど出来なかった。」
「うん」
「だからって信用してるかと言えばそんなこと全然無いんだけど、只者じゃない気がして……ちょっと不気味なんだよね。アンタ、何なの……?」
「君の言葉は時々容赦無いね」
「あ……ごめん」
あるてが素直に謝る。
「と言ってもなあ。僕も言っちゃえば只者だし、あるてさんとも初めましてだし。でも助けたいって思ったのも、あるてさんが他人ではないように……って、それこそナンパみたいで気持ち悪いか」
「助けたついでに
「あー……」
あるての指摘に返す言葉が無かった道瑠は少し考え込む動作をする。
「……袖振り合うも多生の縁、とは言ったものだけど。もしかしたら本当は何か繋がりがあるのかもしれないね。前世とかで」
「もしもそれがそうなら今回の縁はあのナンパしたアイツが引き寄せたことになるけど……」
「それはヤだなあ」
そうして2人は笑い合う。自然と出て来た笑いに気付いたあるてに、ある感情が芽生えた。
(あれ? 楽しい……?)
信用していない。好意なんて一寸たりとも無い。しかし、もっと道瑠のことを知りたいとも思うあるてがそこにはいた。
「……ねえ」
「ん?」
「も、もし良かったら私と――」
「うん。喜んで」
「待って、まだ私何も言ってない!」
「何となく察しが付いちゃって。それに、僕もあるてさんと今日限りの縁で終わらせたくないって思ってたんだ」
道瑠が嬉しそうに言う。反面、あるては煮え切らないような様子だった。
「……デリカシー無いよね。あまり人の心ん中にズケズケ入ってくの良くないと思う」
「言葉がショットガンみたいな人に言われても……」
「待って、何、言葉がショットガン――ぷっ、くくっ――」
また、2人は笑い合った。
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