鏡恋旅

唐島 潤

第1話 一目惚れ

1人の男がある女に恋をした、世間一般では一目惚れというものだ。














男の名前はトオル・ミラーと言い10代後半の白髪の日系アメリカ人の青年である。


彼は物心つく前に路上に捨てられそれからストリートチルドレンとして路上で生活をした。

トオルは何としてでも生きたいと思い媚びへつらって靴磨きをしたり、格安で煙草を売ったり、同情を誘って物乞いをしたりして生きていた。

時には麻薬を渡されそれを売れと言われたりもした。しっかり売ったし逃げられないようにヤク漬けもされた。


夏には熱く冬には冷たいコンクリートに寝そべりながら(どんな手を使ってでも生きてやる生きる事以外に不必要な事は絶対しない)と考える夜もあった。



彼は元々白髪だった訳ではない。歳やストレスのせいでも若白髪というわけでもない彼自身が髪を脱色させたのだ。


彼は自分の黒髪がコンプレックスであった。


人づてに聞いた話だが会ったこともない親と同じ髪色であるらしく自分を捨てた親と同じ髪色が非常にコンプレックスになっていた。


僅かながらの銭を貯めて脱色する為の薬品を買い、髪の色を脱いていった。

副反応として髪が痛んだり皮膚に影響が出たがトオルは黒髪でなくなった事がとても嬉しくてそんな事はどうでもよかった。


そんな彼は今では成長してストリートチルドレンからストリートギャングになっていた。

その中のアジア系グループに所属しており昔から住んでいる街の廃墟のアパートを拠点としている。




ストリートギャングになってからは他のストリートギャングの構成員と殺しあったり、マフィアから仕入れた銃器や麻薬を売ったり主に女を使っての売春やチケットなどのダフ行為をして稼いでいた。


彼は言わばチンピラで、頭は学校に通っている児童より悪いが状況把握力が極めて高く、自分が助かる為には例え仲間が危機であろうと勝てないと悟った格上やもう助からない状況と察すれば見捨てるそんな男だった。


女も消耗品のように扱い使い果たしたら別の女に変える。そこに愛なんてものはなく使われた女達もただ欲を満たす為に魅惑しているのだ結果的にお互い様である。





そんな男が一目惚れしたのだ。










それは空に雲1つ無く太陽が強く照りとても暑い夏の昼間にトオルはアパートが無駄に連なって建てられている路地裏でいつも通り他のストリートギャングの構成員と殺し合いの抗争をしていた。

仲間の銃撃によりほとんどが殺された相手の構成員の男は折りたたみナイフを取り出してトオルを刺そうとしてきたが、トオルは相手の頭に向かって回し蹴りをしコンクリート製の階段に顔面を叩き付けた。


バキッと骨の砕ける音がする。階段には血が付着する。顔面を階段に叩きつけられた男はよろよろとしながらも動こうとするがトオルは後頭部を強く蹴り階段に押し付ける。また骨が砕ける音がして倍の量の血も出てくる。

動かせない為に何度も何度も後頭部を蹴り続ける。階段には血の他にも歯なんかも落ちてきた。


そんな事をしてるうちに男は動かなくなっていた。やっとくたばったかと一息ついたトオルだったが男の返り血が自身のデニムパンツに僅かながら付着している事に気づき拭い、この状況を一般人が目撃してないか周りを見渡す。そんな奴がいた場合残念だがこの男と同じ目に合ってもらおうと思っていたのだが。

それは出来なかった。別に相手が警察だった訳ではない。それに格上の組織の奴でも、マフィアでもなかった。


目撃者は1人の女であった。つばの広い純白の帽子にこれまた純白の足首の方まである袖のないワンピースを身に着けたかなり長い黒髪の女だった。

たった一瞬だけだったが目があった。その目は墨のように黒く光が入っていなかったが何故かその目に惹かれてしまった。トオルと目が合った事を察知すると女は驚いたように口に手を当てておろおろと周りを見渡し逃げていった。

仲間がこの女を追っている際、トオルは全く動けなかった。

相手に手傷を負わされて動けない訳ではなく、それに状況が理解出来なくて動けない訳ではない。状況は理解しているが、動こうと思っても頭が働かず、それどころか熱く。心臓は痛いほど激しく動き、目の前がチカチカと点滅している。トオルにとって初めての経験であった。


トオルは知り得もしないが、トオルはそう一目惚れをしてしまったのだ。


仲間達に何度もおい!、おい!と体を揺さぶられ我に返り、共に追いかけるが路地裏から出た途端、女の姿が完全に消えいた。







日が暮れて、仲間達と拠点に帰り報酬を分け合い、今日の反省点を言い合うという面倒くさい事をして、解散という事になった。

拠点のアパートに、それぞれに割り当てられた部屋に戻りトオルはボロボロのベッドに寝転ぶ。

頭の中は昼間の出来事でいっぱいであった。

昼間の女の事を思い出すだけであの感覚が蘇る。今まで体験した事のない感覚、世間一般ではときめきというものだがトオルは勿論存じえない。動悸が収まらないのが煩わしい。


「なんだあの女……くそっ!」

短い白髪を乱雑に掻いて、瞼を固く閉じる。このまま眠ってこの事を忘れようという考えだが逆に鮮明にあの女の事が浮かび上がり余計に眠れなくなっていた。













翌朝、目の下にくっきりと隈が残ったトオルを仲間達は笑い、それに怒り喧嘩になった。


陰鬱な気分のまま昨日の抗争の現場を歩き回る、見回りの為でもあるが、またあの女に会えるのではと淡い期待を抱いている。だがそんな都合の良い事など起きるはずもなくいつまで経ってもあの女は現れず、仲間と見回りを交代した。


くそっ!くそっ!と現実が思い通りに行かない事に苛立ちを覚える。今までもそういう経験は数え切れない程あったが、今回は全く違った。今回のものは自分の心を酷くかき回されたし、本気でそんな事になってくれなんて思ってしまった自分にも苛立つ。

独り拠点で椅子に座り、苛立ちを抑える為貧乏ゆすりをしていると、入口の方で誰かが覗き見ている。

「?どうした、オレ以外居ねえぞ。入って来いよ」

声をかけるが返答はなく、不審に思い椅子から立ち上がり入口に歩いていくと、例の女がいた。


あの、身につけている物のほとんどが純白の黒髪の黒い目の女が。

自分の事に気づいた事を知り女は昨日のように逃げていった。つい見蕩れていたが、咄嗟に我に返り、女を追う。

昨日とは違いしっかりと女は前方におり、女が街の小綺麗なホテルに入って行きトオルもそれを追う。走って入って行ったのでホテルでは騒ぎになったが気にしない。

女は階段を駆け上がりこのホテルの最上階で右に回り、1番右奥の扉に入っていった。体力は仲間の中では高い方のトオルだがここまで来るのに流石に息切れを起こしていた。

鍵を閉めてるか、扉を開かないようにドアノブを掴んでると想定して力を込めてドアノブを回すと、案外簡単に扉が開き気が抜けた。

小綺麗なチャイナ風な内装の部屋に女がいた。竹で編まれた椅子に座り、同じく竹に編まれた机には水晶の台が設置され、台の上にはこの部屋に良く調和しているチャイナ風の陶磁器のティーポットとティーカップが置かれている。

ティーポットからティーカップへと優雅に中国茶を注ぎ、これまた中身を優雅に飲む女。

室内であるためか、帽子を外していた。

目に入らないように、ぱっつんと綺麗に揃えられた前髪。アジア系の肌色であるが自分より白い肌。唇は形が美しくほのかに桃色で、それらを見て更に鼓動が早くなるのを感じる。

入って来た事に気づいたのか、流し目でこちらを見て、

「あら、こんにちは」

とても良質な楽器の音色のように美しい声で英語でそう言った。






「どうしたのかしら?具合でも悪いんですか?……あんなに走っていたらそれは疲れますよね」

「ッ!…別にそんなんじゃねぇ」

「そうなの」

茶を啜り、机に優雅に置く女。その動作に見惚れていたがそんな事ではないと思い出し。

「………おい!女!」

「女じゃありません。きちんと鏡恋きょうれんという立派な名前があります。鏡と恋できょうれんです、分かりましたか?」

頬を膨らませ、不機嫌混じりで名前を教えてきた。

「お…おう」

「分かればいいんです」


「…おい…鏡恋?」

「昨日会ったばかりの人に呼び捨てなんてするものじゃありませんよ、さん付けで呼んでください」

「…鏡恋さん?」

「そうです。ところでなんで追いかけて来たのです?」

「あんたが見てたからだろうが!!!」

机を強く叩く。すると机が揺れ、ティーカップも揺れ、中身も揺れる。

だが気にせずに

「確かに見てましたよ、昨日も今日も」

トオルの目を真っ直ぐと見つめてそう言った。

「あんなに容赦なく痛ぶれて、トドメも刺せるなんて。かなり残忍ですね〜 あそこたまたま見ちゃってですね、何故か目が離せなかったら目が合ってしまって逃げたんですよ。もうあそこに近ずかないでおこうと考えたんですけど、それでも気になって気になってですね、今日また見に行ったら貴方が見回りしてて、お仲間さんと交代で貴方が拠点に帰って行ったので、バレないように尾行してあの状況という訳です」

見た目に反してえらく饒舌だなとトオルは感じた。

「そ…そうか……」

「ちなみに貴方にここに来てもらう為に昨日とは違って姿をくらませなかったんですよ」

「あれどうやって姿をくらませたんだよ」

「秘密です♡」

口を尖らせ人差し指を口の前に置きウィンクをする鏡恋。その仕草についキュンとときめいてしまった。

「ところで疲れておりませんか? 中国茶ならあるので別のカップに注ぎますけど、飲めますか?」

「…飲める」

返事を聞くと鏡恋は自分のカップとは別のカップに茶色の液体を注ぐ。

「どうぞ」

ティーカップを差し出される。高そうなティーカップに少し威圧を感じながらも取っ手を持ち一気に飲み干す。

味は前にチャイニーズマフィアと語っていた男から土産として貰った茶と同じ味がした。

「一気飲みなんて……まあいいでしょう。美味しかったですか?」

「お、美味しいかった……です」

「なら良かったです」

心底嬉しそうな顔にトオルの頬も緩んでしまったがすぐさま表情を硬くして、

「茶を飲みに来たんじゃねぇんだよ!!!」

「なら始末をしにやって来たのですか」

「それも違え!」

「あらそうなんですか。現場を目撃者を居って、始末をしにきてるのかと思いましたよ」

そうなれば自分の身は無事では済まないはずなのにまるで他人事のように飄々とした態度だ。

「だったらなんで追いかけて来たのです?」

「つ、つい追いかけてしまっただけだ」

「……はい?」

鏡恋は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「う、嘘みたいな話だけどな。あんたを初めて見た時、視界がチカチカして、心臓が痛くなって、脳の処理が追いつかなかったんだ。なんでかは知らねぇ、始めての感覚だった。寝ても醒めてもあんたの事が頭から離れられなくて眠った気にならないんだ。もう一度会いてえと思っていたら現れて、つい追って来てしまっただけだ」

そうトオルが話すと鏡恋は目を丸くしていた。つい喋り過ぎたと感じたトオルは一歩遠のき、

「もう来ねえからさ、あんたももうあそこに近寄んなよ。じゃあな」

拠点に帰ろうと扉の方に振り向き歩き出すと、

「まっ、まってください!」

隣の部屋に響く程大声で鏡恋が呼び止めた。呼び止められ鏡恋の方に振り向くと、鏡恋は顔を熟成した林檎のように赤くさせていた。

「……?」

「あ……あの…別に来ても構いませんよ。寧ろ観光にこちらに来たのでここをガイドする人を探してたんです。私は1年程ここに滞在するので1年間だけなのですがガイドをして下さりませんか?」

俯き、弱々しく、トオルの手を優しく包み込むように握る。鏡恋の指は細く爪は桃色の貝殻のようで、その手はトオルの手より小さく、柔らく、冷たく、まるで人形のような手であった。

「あ、あん……あなたがいいなら、やりますけど……」

「本当ですか! ありがとうございます!」

俯いていた頭を上げ、顔を真っ赤にさせて心底嬉しそうに子供のような屈託のない笑顔を見せる鏡恋に、こちらも同じような顔になってしまった。















それからトオルはこの街を鏡恋に案内をするガイド役となった。有名な場所から、地元住民しか知りえない名所、見どころなどない場所まで全て回った。鏡恋はその全てに新鮮な反応を見せてきた。彼女の反応を見る度にこちも心が踊った。

その内ストリートギャングとしての活動よりガイドの方を優先して行っていき、仲間たちからは寂しいとまで言われた。

鏡恋との関係を恋人と勘違いされたが、トオルはまだ自分が想っている感情を恋と認識していない為、そんな事ではないと言い捨てた。

1年も共に過ごしてきたからか、彼女の情報も知っている。特にトオルが心踊った情報は彼女と自分の血液型が一緒であった事だ。


そんな日常ももう終わりの時を迎えた。今日彼女はここを出て新しい旅先に向かうらしい。こんなにも愛らしく淑やかな女性がここを出ていく事に住民達は酷く悲しんだ。

勿論トオルも今まで味わった事がない程の悲しみに包まれたが、昨夜の帰り鏡恋から。

「明日、私が旅立つ際に見送ってくれませんか? 貴方に渡したい物があるのです。この街がよく見える丘で待ち合いましょう」

とガイドを頼まれた時のように言われたのだ。そう言われたのは自分だけと聞いてその夜はまったく眠れず、これも彼女と初めて会った日と同じだなと思い出し独りでクスクスと笑った。

鏡恋の旅立ちを見届ける為、トオルは取っておきの一張羅の黒いスリーブレスにデニムパンツで、街がよく見える丘へと向かっていた。こんな格好が一張羅なんておかしいと自分自身でも理解しているが、今までファッションなんて気にせず着れれば問題ないという考えで生きてきたのでほとんどがボロ服でその中で比較的マシな服装がこれしかなかったのだ。


トオルは、鏡恋と共に過ごしてか少し角がとれ、前と較べて人に優しくしてやろうという考えが生まれた。


そんな考えを持ってしまった。


その考えが自分の身を滅ぼすと知り得もしなかったのだ。





トオルは行儀よく信号を待っていた。隣にはスクールに通っているであろう背丈より大きいスクールバッグを背負った自分の腰程の男児が信号が変わるのをこれまた行儀よく待っていた。

トオルは微笑ましく感じた。彼はスクールなんて行った事はないし、それどころかスクールなんぞに行く奴らなんてと妬みからの軽蔑さえしていた。

信号が変わるまで暇だった為、その男児とだべっていた。スクールの事や親の事、そして好きな相手の話等も聞いた。以前なら鬱陶しそうに軽く流して聞いていたが、今の角が取れているので話をしっかりと聞いてやろうと思い聞いている。男児が一生懸命に語ってるのでちゃんと聞いて、相槌を打つ。

信号が変わり。

「それじゃあね! お兄ちゃんも頑張ってね!」

元気に手を振りながら歩きだす男児。

「おいおい、おれも信号渡るんだよ。……っておい、ちゃんと前見――」

警告しようとしたら、案の定転んでしまった。転んでしまって痛いのか蹲ってぐずっている男児に寄り添い抱き上げる。

「おい、大丈夫か?」

「っぐず…っ……ちょっと痛い………」

「だから言ったのに……ったくよぉ」

膝が擦れて擦り傷が出来ていた。男児の片腕を自分の首に回して背中に腕を回す、負荷がかからないように支え立たせるてやる。少し遅れてしまうがこの男児をスクールまで送ってやるかと考えていると。

車の排気音が聞こえてきた。おかしい、ちゃんと信号は変わっていた筈だなんて感じる前にその車はトオル達の前方に迫っていた。

自分より数倍も大きいトラックだ。急速に接近してきて更に大きく見える。

もうすぐでふたり共々轢かれてしまうかと思われた直前、トオルは男児を歩道に突き飛ばした。


男児が歩道側に行き、ホッ、と安堵のため息を吐いていると。トオルはトラックと衝突して数十mも吹き飛ばされた。






何度も地面に当たりながら飛ばされたのとトラックと衝突した為か全身が痛い、頭も強打したようでぐわんぐわんと揺れている。視界もチカチカしている。

もう少しで気絶してしまうところだったが運良く意識が残り、上手く動かない足に鞭を打ちコンクリートの道路を伏して這いずり歩道の方へと向かう。

走馬灯が見えかけた、どんな相手だろうと脅し、拷問し、殺し、それでも笑っている自分や仲間達というそれはそれは酷い走馬灯だった。醜すぎて苦笑いしか浮かばなかった。





だが1度轢いたのが分からなかったのかトラックは止まらずにトオルの元へとまた迫っていき、非常にも今度は伏した状態のトオルを轢いた。








その頃鏡恋は紙袋を抱き刃物屋から出てきていた。包丁を1本購入していたのだ。一般的に売られている包丁ではなく、前々からオーダーメイドしていた特注の包丁だ。

真っ白の刀身に光を通さない程の真っ黒の柄で、刃渡りが20cm程の、刀身の方にトオル・ミラーと名入れが施された洋包丁である。

彼へ渡すプレゼントだ、この包丁を渡すと共に一緒に旅について行ってくれないか? と頼むのだ。


当初、あの現場を目撃した際は彼には残忍な男だと彼に言った通りの感情しか湧かず、あのホテルで話した事が全てで特に彼になんの思い入れもなかったのだ。

だが考えが変わったのは彼が自分へとプロポーズじみた告白を受けてからだ、彼には言っていないが鏡恋はあの頃恋人を喪ったばかりであり、それを抜いても告白を受ければ簡単に傾いてしまう程惚れやすいのだが、この時ばかりはあの残忍な行為を目撃していたので様子見としてガイドをして貰ったのだ。この1年間彼を見てきたのだが、あの残忍な彼は何処へやら暴力等全く振るわず、それどころかこちらから手を繋がない限り彼からは一切触ってこないのだ。手を繋ぐと顔を蛸のように耳まで真っ赤にして声が震わせてくるのだ、それがそれが可愛らしくてしょうがなかった。

彼はあれを告白と思っていなかったらしく少し恋人のように接すれば、

「そっ、そういう関係じゃないでしょう」

なんて言ってくる。

それも含め初対面へのギャップでとても可愛らしかったと感じた。

その1年の間に鏡恋は彼に恋をしたのだ。



ああ、待ち遠しい。早くトオルさんに会いたい、と待ち焦がれトオルとの待ち合い場所の丘へ浮かれながら向かっていると、この道路で交通事故が起こったらしく野次馬が群がり、通行止めになっていた。

早く行きたいのにと、焦りと少しばかり苛立ちを覚えていると野次馬からこんな話が聞こえてきた。

「トラックに誰か轢かれたらしいな」

「飲酒運転らしく運転手はもう逮捕されたな」

「2回轢かれて、足が歩道の方まで飛んで来たり、体の損傷が激しく、病院に運ばれてまだ生きてるもののもうすぐ死んでしまう程ですって」

「トラックのタイヤにびっしりと返り血がついていて車轍には血の跡が……」

「被害者は確か……なんだっけな………昔から路上に住み着いてて……いまはストリートギャングをしてる………白髪の若い日系アメリカ人……」

ストリートギャング、白髪の若い、日系アメリカ人、その単語を聞いた途端この交通事故の被害者が自分が想い焦がれているトオル・ミラーだと鏡恋は理解してしまった。

「あの! その被害者の方が運ばれた病院は何処ですか!」

「え、えぇ…と、………確か△△病院だったは…」

鏡恋は野次馬に病院の名前を聞き出して礼も言わずすぐさまその病院へと向かった。











「トオルさん!!!!」

息切れを起こしながら、病院の扉を勢いよく荒々しく開ける。周りは目を見開いてこちらを凝視しているがお構い無しに受付の若いナースに話しかける。

「あの、いきなりで申し訳ないのですが、こちらの病院に、…はぁ、 はぁ、トオル・ミラーという方が運ばれたと聞いたのですが……」

「はっ、はい、今手術中ですが……」

「案内してください!」

言い止めるナースを言い負かし彼がいる手術室へ案内させた。



「トオルさん!!!!!!!!」

「なんだい君は!」

またもや扉を勢いよく開けると、彼を治療している外科医達に拘束される。

「治療の邪魔だからあっちに行ってなさい、結果は後で報告するから」

人に遮られたままで彼の状態を確認すると、呼吸器に繋がれ心電図は弱々しく動いている。見えている足や腕は痛々しく縫い合わされたような痕があり、顔も同様であった。

「ほら、サッサと……」

「私を使ってください!!」

「……はい?」

医者達が呆気にとられ、力が緩まり拘束が解ける。

「彼を治す為に、私の皮膚から血液、臓器まで何でも使っても構いません。血液型は一緒なので問題はないと思うのですが……」

医者達がざわめき始め心電図の音も聞こえずらくなる程であった。その中で特に偉い立場であろう医者が心苦しそうな顔をし鏡恋の方を向いた

「このままじゃ打つ手がなかったからとても嬉しい申し出だが………それだと君も死ぬかもしれないぞ、いいのか?」

「大丈夫です、何も問題はありません」

彼の方へ向かい、彼の手を両手で優しく握る。

「ちゃんと助けますからね、トオルさん」













目が覚める。眩しい光が注がれつい瞼を閉じてしまった。

今いる場所がさっきまでいたコンクリート作られた道路ではなく、病院のステンレス製の診察台だという事に気づく。

「あれ…おれなんで」

立ち上がると周りにいる外科医らしい医者達は驚いたように動揺する。

「トオルさん!!」

隣の診察台にはいつもの格好とは違い薄水色の患者服を着用した鏡恋がいた。

「…え! なんで、鏡恋さんが……」

「そんな事はさておき、早く行きましょう」

手を掴み引っ張る鏡恋にこの中で1番偉そうな外科医が

「おいおい、待ちたまえ」

と止めにかかるが鏡恋はお構い無しに立たせようとしてくる。仕方がない為立ち上がるとまた外科医達に動揺が走るがトオルは鏡恋に連れられ手術室を出てそのまま病院を飛び出した。


いつもの格好に着替え直した後、鏡恋に手を引かれ待ち合わせ場所であるこの街がよく見える丘に到着する。

「あの……おれ確かトラックに轢かれた筈じゃ………」

「さあ、どうでしたかね〜」

鏡恋はいつものように飄々とした態度で話を流した。

「……あの、……トオルさん」

「っなんですか?」

鏡恋は抱きかかえている紙袋を漁りながらトオルに話しかけた。

「お願いがあるのです」

「はぁ…はい」

「――――私、貴方ことが好きになったみたいなんです」

「……は?」

まさか告白されるとは思わなかったトオルはその言葉の意味をよく理解できなかった。脳の処理が追いついておらず、パンクしていた。

「えっ、あっ、あの」

「色々あって遅くなってしまいましたが……」

紙袋から取り出された白い刀身と黒い柄の洋包丁であった。

「一生私のものになって一緒に旅に来てくれませんか?」

そう言われるのが早かったか、洋包丁がトオルの腹に刺されるのが早かったはわからなかった。

鏡恋に、洋包丁で、腹を刺された。

鏡恋の純白のワンピースには自分の血がかかりどんどん赤い染みと化している。

刺されてすぐは洋包丁の鉄のせいで冷たいと感じたが血の温かさですぐ熱いと感じるようになった。

声がでない、なんで、何故こんな事等問いただしたい事は沢山あるのだが。洋包丁をしっかり両手で持ち、自分の方を見つめる瞳は酷く綺麗で、この1年の中で初めてみた光が篭った目をしていた。

その目に全て許してしまった。更に恋をしてしまった。涙が零れてしまった。美しいと感じてしまった。

肩を弱々しく掴み。

「…っ…はい、おれも好きです。あなたと一緒に、ずっと旅をしましょう、鏡恋さん」

そう返すと鏡恋は子供のような無邪気な笑顔を見せた。トオルからしてみれば可愛らしいとしか思わないが、傍から見ればおぞましいと感じるだろう。そしてトオルは息絶え、また息を吹き返した。







「いやー、不思議でしたねーあの2人」

「……そうだな、血液、臓器全て皮膚を少し移植して完全に復活したからな」

「しかも2人とも心肺停止もしたのに生き返りましたからね」

「男の方は善くて何十年もリハビリをすれば動けるようになると予測していたのに普通に歩いて行きましたね」

「……あの女に移植されたからああなったんだ」

「なんでしょうね彼女、モンスターか何かですかねぇ?」



トオルと鏡恋が去った手術室でこんな会話が繰り広げられていたとかいなかったとか。








第2話 ドキドキ♡初めての列車強盗に続く

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