探し物
彩霞
短編 指輪
「ちーちゃんのゆびわがないの!」
三日前、娘の千尋が朝からそう言って私に泣きついて来た。
つい最近まで外遊びに夢中になっていたくせに、今週の頭から雨の日が続いていたため家で「ファイブ・プリティ・ガール!」というアニメを見ていたら、その指輪がなくなっていたことに気づいて朝から大騒ぎしたのである。
私はと言えば、娘を幼稚園に連れていかなくちゃならないし、自分も仕事に行かなくちゃいけないという理由でイライラしていて、「ちゃんと片付けないちーちゃんが悪いんだよ!」と強い口調で言い返してしまった。当然、千尋は大きな目にたっぷりの涙を浮かべて、わーんと泣きだしてしまう。
夫がすでに出勤してしまった日だったので、頼る人もおらず「泣きたいのはこっちだよ……」と思いながら、不機嫌な娘を園に連れて行った私は我ながら偉いと思う。
「まーた、こんなに散らかして……」
動かしていた掃除機を止めてため息をつくと、娘が遊び散らかした玩具をおもちゃ箱にしている段ボールに入れていく。犬のぬいぐるみ、お人形さん、木でできたパズル、おもちゃのラッパ、「ファイブ・プリティ・ガール!」という娘がハマっているアニメのグッズたち―—……。
(
私は娘のおもちゃ箱の中を眺める。
「ファイブ・プリティ・ガール!」は、子どもたちがよく見るような作品の一つだ。つまり普通の女の子が、誰かに選ばれて変身する力を授かることで強くなり、悪者を倒すというパターンのお話である。
そして娘の千尋は「ファイブ・プリティ・ガール!」に登場する、イメージカラーが水色の「しずくちゃん」という子にぞっこんである。
彼女は水使いの戦士なのだ。それを示すかのように、左手の中指にはいつも、透明感のある美しい雫の形をした指輪がきらりと光る。千尋はその「しずくちゃん」に憧れ、彼女のように優しく強い子になりたいと思っていて、「しずくちゃん」と同じ指輪をはめているのだ。
もちろんそれはおもちゃ会社が、千尋と同じように「ファイブ・プリティ・ガール!」に出てくる少女戦士たちに憧れた子どもたちのために、作った玩具なのだが。
「はー……しゃーない。探すか」
私はコードレスタイプの掃除機を充電器にセットしたのち、部屋の中を捜索し始めた。
テーブルの下はないと思われたので探さない。さっき掃除機をかけたときに、おかしなものを吸ったような音はしなかったので、床には転がっていないと思ったからだ。
そのためテレビの周辺や千尋の絵本が入った本棚、彼女がいつも出掛けるときに持ち歩いているお洒落ポーチの中などを捜索する。だが、見つからない。
「うーむ……」
あとはどこにあるだろうか。
私は千尋が指にあれを付けていたときのことを振り返る。すでに三日前にはなかったのだから、その前のことを思い出さねばならない。
(ええっと、私が覚えているのは先週の休みの日だな。あの日は外遊びするときにスカートで行くっていうから、ダメって話をしていて……。確かあのとき指輪もつけていたような、なかったような……。でも結局、その後パパに連れて行ってもらった外遊びが相当楽しかったのか、すっかりスカートのことも指輪のことも忘れていたんだよね……)
しかし思い当たる場所がない。
一旦探すのをやめようと思って、付けていたエプロンを外したときだった。畳もうと思ったら、ポケットに入っていたボールペンが邪魔をしたのである。
「あっ……」
そのときピンときた。もしかすると、もしかすると……!
「あった!」
私は千尋の服の中から、彼女のお気に入りの水色のスカートを取り出す。そのポケットに手を入れると、「しずくちゃん」の指輪が出て来たのだった。
「やっぱりね」
この水色のスカートは、千尋が「しずくちゃん」になりきるときに着るスカートである。あのときも確か、このスカートを着て出て行こうとしていた。
一緒に遊ぶ女の子に自慢したかったのか、それとも男の子に見せたかったのかは分からない。だが、今の彼女にとっての決め姿は「しずくちゃん」に似た格好なのだろう。
「きれいだな……」
私は「しずくちゃん」の指輪を眺めた。
おもちゃだし、大人にとって見たら価値のないものだ。
しかし、戦う強い少女への憧れは私にも分かる。
変身して、悪者から困っている人を助ける、正義の味方。自分もそんな風になりたくて、彼女たちが持っているものと同じようなもの――大人からすればただの玩具なのだが――を持っているだけで、自分も強い自分に変身して、困っている人を助けられていると思っていた。
(まあ、そんなことは出来なかったんだけど)
そう。そんなことは出来ない。変身して強くなる女の子が持っている指輪を持っていたって、自分がそうなれるわけじゃない。
でも、気持ちは自分次第で変えられる。
「さて、これを千尋にどーやって渡そうかな」
「見つけたよ」と言ったら、どんな顔をしてくれるだろうか。
喜んでくれるといいな。そう思いながら、娘を迎えに行く時間が待ち遠しく思う今日この頃である。
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