冬の終わり

すまほらいとにん

第1話

「ねえ、一緒に買い物行かない?」


都内で働いていた頃は誰かと買い物に行くことなんてなかった。

最近車も買い替えた。以前の車は車高が高く、彼女が乗り降りするには少し大変だったからだ。

今では当たり前のように一緒にいるが、彼女との出会いは偶然だった。


実家の会社を継ぐために勤めていた都内の会社を退職し、引っ越しを母親と妹に手伝ってもらい高校3年まで過ごした実家の一室に戻ってきた。

大学から会社を退職するまで市川のマンションで過ごしてきたが、成田に比べれば彩りのある生活だった。

近くに友達もいたし会社の帰りに秋葉原に寄れるのも良かった。

戻ってからは家業を継ぐために現場に出る仕事をしていたが、何処へ行っても幼い頃から見慣れた風景が多かった。でもそれが嫌いではなかった。

朝早くに現場に出て、夕方家に帰ると母と妹もいる。当たり前のようで忘れていた家族団欒が嬉しかった。

夜中に小腹が減った時に母のおにぎりがあるのも都内で働いていた時にはなかった小さな幸せだ。


あれはまだ白い息が出るほど寒く、仕事が終わる頃には暗くなる冬も終わりに差し掛かった頃だった。

その頃は川の近くにある現場で朝8時前から働いて夕方5時には従業員を帰し、自分は現場のプレハブ小屋で作業してから会社に戻って事務仕事をして帰る生活だった。

ベテランの先輩も厳しく、体が会社に馴染んでいない自分にとっては昼の休憩までの時間が大学生の頃の退屈な講義より長く感じた。

曇り空で妙に手先が冷たいのに先輩に水仕事を頼まれ無心でやっていた日だったと思う。

午後も同じ仕事をしなきゃいけないことにうんざりし、昼飯ぐらい好きなものでも食べてくるかと近くのバーガーキングでワッパーを2つ買って川の近くで食べているときに背後から話しかけられた。

「寒いのに大変ですね」

自転車に乗ったボブカットの女の子は毛糸の手袋と厚手のダウンで暖かそうだった。マフラーで少し隠れた顔は頬が少し赤く、曇り空とは対象的に明るい笑顔で印象的だった。

「来年の夏ぐらいまでです」

とっさにそう答えた。

それから少し話をした。女の子は近くの商業施設の中に入ったアパレル店で働いていて今日は休みで自転車で散歩中だとか、仕事の行きと帰りに現場の近くをよく通ること、夜に明かりの目立つプレハブ小屋の中で仕事をしているのをよく見かけたことなど、自分が意外にも見られていたことに驚いた。

ニコニコと話すその子のことが知りたくなって、連絡先を交換した。

午後の仕事は早く終わらせたい一心で無言でやった。先輩には「文句の一言も言わないのがいつものお前らしくない」なんて言われ気味悪がられた。余計なお世話だよ。


女の子とメッセージを交換するなんて久しぶりだった。

友達とのグループLINEではくだらないやり取りしかしていなかったしスタンプを送っていいのかもわからなかった。

軽い自己紹介をしてから昼の会話の続きを始めた。同じ地元だし、ゲームが好きとか物事について分析するように考えるところが似ていて話はすごく盛り上がった。

中学生の頃ガラケーでクラスの女子と何通メールをしたとか、そんな昔の楽しさとかドキドキに近い感じが少しだけあった。けれども、自分は中年の入り口に立った年齢だからかその頃ほどの感情の高ぶりがないことにも気づいていた。なんだろう、楽しいけど落ち着いてありのままで話せる。そんな心地よさを感じていた。

次の週の日曜日がお互いの仕事が休みだったのでお茶をする約束をし寝た。


彼女と会う日曜日、車を止めて待ち合わせ場所まで向かった。普段は絶対に着ないダボダボじゃないパンツに少し綺麗めのシンプルなシャツとレザーを使ったダウン、自分じゃないみたいでくすぐったかった。

待ち合わせの時間ちょうどぐらいに彼女は来た。初めてあった時より明るい色のコートに暗めの色のロングスカート、マフラーから覗く頬が少し赤いのは前と同じだ。

少しだけお互いを知っている絶妙な距離感、手を繋がないけど傍から見ればカップルだとわかる距離で歩いていた。

駅から成田山に行く途中にオシャレなカフェがあったのを覚えていたからそこでコーヒーでも飲みながら話す予定だ。

店でコーヒーを飲むなんでいつぶりだろう、ららぽーとに友達と行って帰りに寄ったスタバが最後だろうか。下手したら10年前だな。

そんなことを自虐的に喋って笑わせたりして、彼女が楽しそうに笑うのを楽しんでいた。負けじとツッコんでくるところも好きになった。友達はボケるやつしかいないから自分がツッコミ側なときが多くてこの感じは新鮮だった。やっぱり自分が考えた面白いことを喋るのは楽しい。

時間が経つのはあっという間だった。

「ねえ、また会おうよ!今度はさ、ご飯でも食べながら!」

彼女がそう言ってくれたのが嬉しかった。夜会うなら少しカッコつけないとなんて考えてた。気が早かったな。

気分が良くて少し遠回りのドライブをしながら家に帰った。


告白したのは3回目のデートの時だ。

その頃にはお互いの家の場所も大体知っていたので、車で彼女を迎えに行ってから少し遠くの肉バルで食事をした。

田舎でも十分なほどのオシャレさ、帰りの運転があるのでノンアルコールビールにしたが酔わなくても気分が良かった。

頃合いを見て店員に合図をし、事前に預かってもらった少し小ぶりの赤いバラの花束を持ってきてもらい告白した。

めいいっぱいの笑みと程よく酔が回って赤くなった頬で彼女は喜んでくれた。

「うれしい、わたしも同じ気持ち。よろしくね。」

カウンターの隣り合った席で抱き合った。自分より5歳位年下の定員が控えめの拍手で祝ってくれた。サプライズは自己満かもしれないのはわかっているけど、男らしさを行動で示したかった。

手をつないで店を出てそのままホテルに行った。


それからは予定が合えば会うのが当たり前になった。

自分はあまり出かけないほうだけど、彼女と出かけるとどこでも楽しかった。空港の近くの小さな公園、彼女が友達と行ってよかったお店、都内で働いていたときによく行ったジンギスカン、そうやって2人の好きなものと過去を共有し思い出を作った。

休日が合わないときはオンラインでゲームをした。昔のように友達同士で同じゲームで遊ぶこともなくなっていたから彼女と一緒に同じゲームができるのが嬉しかった。

発売前の動画を見て「絶対やらないな」なんて思ったスプラトゥーン3はよくやった。彼女のほうがうまいときも多くて対抗心を燃やした。

高校まで過ごした田舎に戻ってきた自分には彩りのある生活なんて程遠いものだと思っていた。だからこそ彼女を手放したくないし幸せにしたいと思った。


出会ってから1年後に彼女と結婚した。

彼女は勤め先のアパレル店を辞めて家業の手伝いをしてくれることになった。家を建て替えたときは彼女が希望していたものは全部叶えた。

大きめのシステムキッチン、日当たりの良いリビング、大きめで一緒に座ってゲームのできるソファー、細かいところにこだわる彼女も可愛かった。


「いいね、車出すよ。」


妻の買い物の誘いに乗ることにした。あれこれ話しながら一緒に飯の献立を考えるのも楽しいんだ。

妻の肉料理はほんとにうまい。あんまりご飯がすすむもんだから、結婚してから3キロぐらい太った。デブだなんて今更だな。

車のエンジンをかけてiPhoneで曲をかける。

もう半袖でもいいくらいの暖かさで冬眠から覚めた頭が思いつく。たまには帰りにどこかでも寄ろうか。そんなことを考えながらアクセルを踏んで出発した。

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冬の終わり すまほらいとにん @sumaholightnin

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