コンビニのあの子
すまほらいとにん
第1話
梅雨の時期になると必要以上にジメジメするこのマンションが嫌いだった。大嫌いだった。
部屋の湿度は80%近くまで上がることもある。室内にいるだけで疲れるような重い空気は温水プールの更衣室より酷かった。
部屋の木製の棚にカビが生えているのに気づいてすぐにヨドバシカメラで1番評価の高い除湿器を買った。
除湿器なんて買う人いるんだって思ってたけどまさか自分が買うとは。
けど、それからはかなり快適になった。
マンションの住んでいる部屋は北向きで通りとの間に背の低い飲み屋の入ったビルがあった。開けたところから部屋が遠いから湿気が溜まるのだろうか。
疑問というか不満は苔やカビのように少しこびり付いていた。
仕事は近くの24時間営業のスーパーでしてる。
週のほとんどは夜間のシフトで大体金曜日が休みだ。
社員でもないフリーターだけどこの街で1人で生活するには充分な額がもらえた。食費も廃棄になった弁当で賄えた。
仕事自体は好きだ。ルーティンになっているのが美しいとさえ思える。品出し、レジ、品出し、清掃、どれも好きだ。誰も起きていない時間に黙々と仕事をするのが気持ちよかった。合間の休憩の間のタバコも特別だ。夜明けのタイミングは特に気持ちがよく、仕事も大体終わっているのもあって帰ったら何をしようかなんてエメラルドマウンテンを飲みながら考えるのは至福だ。
休日は自堕落に過ごすことが多かった。色々考えていても体がついていかなかった。たまにフラッと出かけて立ち飲み屋で飲むこともあった。お気に入りのお店で、最初に生ジョッキと肉味噌ピーマンが鉄板だ。あとは流れで串焼きをいくらか頼めば大体満足する。1人で飲みながら友達にLINEを送ってなんちゃって飲み会だ。
友達は皆遠方に住んでる。結婚して地元に帰ったやつもいる、Uターンでベンチャーに就職したやつもいる、親と揉めて遠くへ引っ越したくやつもいる、この歳になると色々ある。
結婚した友達とは共通言語が減るわけで、1年に1回あったときの近況報告ぐらいが丁度いい。ニートの友達は盛り上がっている時間がおかしい、まあ俺が働いている時間も普通じゃないが。
とにかく、みんな大学とかそういう囲いの中にいたときと違うから距離感も変わってきた。
彼女がいたのはもう5年ぐらい前だろうか。
恋愛を忘れるほどの時間は経っていないが、磨かれた自分みたいなのはもう無くて角の丸くなった消しゴムみたいな自分になっている。
元カノはブライダル関係の会社で働く5つ年上の人だった。
できるオンナみたいなかっこよさもあるところが好きで、街コンで出会った次のデートですぐ告白した。藍色のネイルにデニムな時もあれば、ロングのワンピースに日傘な時もある元カノのファッションも好きだった。
飲むのが好きだったからよく飲みに行った。酔いが回ってくると甘えるところが普段とのギャップが効いていて最高だった。
年上の元カノに甘えられるのがほんとに可愛くてしょうがなかった。
元カノ受け身な人だった。仕事では提案する側でチームのリーダーなのに。
自分が今思っていることをはっきりとは言えないところもあった。遠回しに「〜がいいよね」と言うことも多かった。俺はその度元カノが何を思ってそう言っているのかをしっかり聞いていた。
お互いの思っていることを伝え合うにもプロセスが多くて煩わしくなった。元カノは「一緒ならどこでも楽しいよ」と言ってくれたけど、だんだん本当に望んで俺と遊んでいるのかわからなくなった。
多分それが別れを切り出した理由だと思う。
仕事帰りによく寄るコンビニがある。
寄るのは夜勤を上がった後なので明け方だ。新聞やパンが運ばれてくる時間だ。
いつもレジにいる大学生ぐらいの女の子がいる。すごく元気ってわけじゃないけど目がぱっちりしていて可愛い。
帰ってから食べる焼きそばパン、のどごし生の大きいやつ、マルメンライト2つ、買うのはだいたいコイツラだ。
その子は俺がタバコを買うのをもう覚えていてくれて「これ2つですよね?」と最近は聞いてくれる。
仕事帰りだとそんなささやかな気遣いも嬉しかった。
小学校の時の同じクラスの女の子が好きとかそんな感情ほどではないけれど、俺の生活の一時にこの子がいてほしい。そんな気持ちだ。
この子が大学で何を勉強しているとか何のサークルに入っているとかが知りたいわけじゃない。
明け方のコンビニの定員とお客のやり取りでありたい。
「ありがとうございます」の声を聞いて買ったものを詰めたレジ袋を受け取り店を出る。
この最高のリズムのある生活はいつまで続けられるんだろう。そんなことを考えながら帰路についた。
コンビニのあの子 すまほらいとにん @sumaholightnin
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