第10話 霧に包まれた村は支配されてました

 目の前に広がる霧が、視界に邪魔をする。

 追いかけていたゴブリンの位置はもう分からない。


「逃げられたか。」


 その様だね。

 かなり悔しい。


「・・・っ! にゃんすけ、山を見てみろっ。」


 や、山?

 な、なんじゃこりゃ!


 森だけでなく、山一面に霧がかかっている。

 気付かなかった。

 

「どう考えてもおかしい。まるで、ゴブリン達を助けるかの様なタイミングで現れた。」


 そうだね、これが無ければ追い付いていたのに。

 でも、どうして急に。


「いや、今の問題は頭の良いゴブリンだ。悪さをされたらたまったもんじゃない。」


 そうだね。

 近くに村もあるようだし。

 襲われでもしたら大変だからね。


「早く村に知らせよう。」


 うん。行こう。

 急いだ方が良いね。


 そこからは、走って村へ。

 その度に、森の外にも霧が漏れていく。

 視界がどんどん覆われていく。


「にゃんすけ。道から逸れるなよ。」


にゃん。


 分かってるよ。

 こんな所、目印なしで進める分けないしね。


 更に進むと、目の前にうっすらと村が浮かび上がった。

 道沿いと言っていたので、ここで間違いないだろう。

 フィーが止まったので俺も止まる。


「ここが? 随分、霧に隠れた場所にあるんだな。」


 確かに、こんだけ霧まみれだと生活しにくいだろうね。

 村の中で迷ってしまいそう。


「っ!」


ふにゃっ。


 村に近付くと、薄気味悪い何かが頬を撫でた。

 恐らく、フィーも同じものを感じたはずだろう。

 あぁ、気持ち悪い。


 門を潜り、村の中へ。

 誰もいない。

 そもそも、見えない。


「おい、あんたっ」

「っ。人か。」


 驚いたぁ。人、いたのか。

 見えなさすぎて、全然分からなかった。


「あんたら何でここに。」

「何って。」

「たまたま来たんなら、悪いことは言わねぇ。早く出ていった方が良い。」


 何か、追い出されようとしている。

 その人は、焦っているようだ。

 もしかして、余所者を受け入れない村?


「いや、私達は港の村の依頼で来た。突然、音信不通になったって心配してたぞ。」

「あぁ、そうだろうなぁ。でも、仕方ねぇんだ。悪いけど、もう取り引きしないって伝えてくれねぇか?」

「それはなぜだ?」

「それはって。」


 何か言い淀んでいる。

 言いたくない事でもあるのだろうか。


「おーい。どうしたぁ。」

「それがよぉ。港の村の使いが来ちまったんだ。」

「はあっ! 何てこった。くそっ。」


 何か全然歓迎されてない。

 一体どういう事なの。


「何かあるのか?」

「いいから。何にも無いから、早く向こうに帰って伝えてくれ。さぁ、ほら早く。」


 何か急かしてる?

 ひどい慌てっぷりだ。


 誘導され村の外へ逆戻り。

 追い出されようとする。


「そうだ、ゴブリン。外に頭の良いゴブリンがいる。こっちに向かったはずだ。」

「し、知らねぇよ。早く帰れっ。」


 知らない? どういう事なんだ。

 何か知ってそう。


「どうでも良いだろ。早く。」

「わ、分かった。帰る。帰れば良いんだな?」


 これ以上何を言っても埒が明かなさそうだ。

 取り合えず、言われた通り外に向かうが。


『ならぬ。』

「ひいっ。」

「ひゃっ。」


 突然、何処からか声が。

 その声に村人が怯えだした。

 フィーと俺は、周りを見渡す。


 どこからだ?

 分からん。


『この村から出ることは許さぬ。誰であろうともな。』

「誰だ出てこいっ。」


  フィーが前に出た。

 そして、声の主に向かって叫んだ。


 そうだ、出てこーい。

 ひきょーものー。


『この村は、大蛇様によって支配されている。逆らう様なら大蛇様の餌にするぞ。』

「何が大蛇だ。そうやって、村人を騙しているんだろう? いい加減出てこい。」


 そうだっ。そんなものがいるわけないだろっ。

 とっとと出てこーい。


「騙す? 何の事やら。そこまで言うなら、大蛇様に会わせてやろう。さぁ、来てください。」


 次の瞬間、霧の中に二つの光が。

 続いて、大きな影。


 で、デカイ。間違いなく蛇だ。

 そういえば、ファンタジーだったよね。

 この世界。


「ひっ、ひーぃっ。お許し下さいっ。」

「お願いしますっ。」


 村人が土下座をした。

 必死に懇願している。


「まさか、本当にいたとは。」

『ふあーっはっはっ。どうだ、恐れ入ったか。』


 何か偉そうにしてるけど、別にあいつの手柄じゃ無いよね。

 それに、何故か殺気を感じない。

 いや、そうじゃない。何て言えば良いのか。


『貴様らだな、私の可愛い子分を苛めたのは。全部知ってるぞ。』

「だからどうした?」

「生意気な。大蛇様の捧げ物にしてやるぞ。」

「やってみろ。」


 おぉ、格好いい。

 でも、どうやって戦うの。あれ。

 まさか、俺にやらせないよね?


『ふん。態度を変えないようだな。このまま、食わせてもつまらん。そうだなぁ、そこにいる奴を食わせてやるか。お前のせいでそいつは死ぬっ。』

「ひ、ひいっ。」


 代わりに食わせて、罪に意識を植え付ける気か。

 やっぱり、卑怯だ。


『どうだ?』

「ちぃっ。村から出なければ良いんだな?」

『話が早くて助かる。良いか? ちょっとでも村から出ようとしてみろ。村人を食い殺してやる。』

「分かった。」


 村から出ると村人が危ない。

 でも、何で出させようとしないんだろう。


『この事。しっかりと胸に刻み込め。さらばだ。』


 大蛇が霧の中に消えていった。

 声の主も、もういないだろう。


「ふぅ。とんでもない事になったな。ほら、もういないぞ。」

「そうか。助かった。」


 土下座をしていた村人が、起き上がって息を吐いた。

 もう一人も、同じように起き上がってうなだれている。


「一体何なんだ。あれは。」

「大蛇様だよ。急に現れて、俺達に捧げ物をしろと。」

「あぁ、しばらくは魚を捧げていたけど、いきなり人間を捧げろと。」


 何てひどい話だ。

 逆らえないのを良いことに、好き勝手されたんだね。


「それで、要求を飲んだのか?」

「あぁ、十人以上は連れて行かれた。」


 あれを見せられたら仕方ないよね。

 あんなの、勝てる訳が無いもん。


「なるほど。あれが原因ということか。」

「あぁ。村から出してくれねぇから、港の所まで行けやしねぇ。」


 つまり、軟禁されていると。

 出たらあれに、ぱっくりか。

 恐ろしい所に来ちゃったね。


「どうしたもんか。」


 本当にね。

 俺達もこの村で過ごさないといけない訳か。


「なら、わしが用意しよう。」

「なっ、村長っ。」


 急に年寄りが現れた。

 村長って事は、一番偉い人か。


「話は聞いていた。港の村の使いよ。この度は、巻き込んで申し訳ない。」

「いや、この村は悪くない。」

「そうか。そう言ってくれるだけでもありがたい。」


 フィーの言う通り、悪いのは全部あいつらだ。

 村長が頭を下げる必要はないよ。


「この命に変えてもあんたらを逃がすつもりじゃ。だから、方法が見つかるまでいて欲しい。」

「分かった。それより、長旅でもう眠い。住む場所を用意してくれないか?」

「そうじゃな。今日の所は、ゆっくり休んでくれ。」


 そう言って歩き出した村長の後をついていく。

 相変わらず、村の中は霧で見えない。


「港の村にも迷惑をかけた。」

「そうだな。心配していたな。」

「当然じゃな。でも、もう会うことは無い。だから、ここから出たら絶対に伝えておくれ。」

「任せろ。」


 しばらく歩くと、とある家の前で止まった。

 周りと代わり映えがしないただの家。

 誰かが住んでそうだけど良いの?


「ここはのぅ。連れて行かれた者の家じゃ。同じ女性だから安心出来るであろう。」

「そんな場所に住んでしまって良いのか?」

「あぁ。もうこの世にはいないからな。」


 勝手に使うのは申し訳ないけど仕方ないか。

 死んじゃったのなら、許可の取りようが無いもんね。


「では、ありがたく使わせて貰おう。」

「あぁ。後で食事を持ってこさせよう。」

「頼む。」

「ではまた明日。会いましょうぞ。」


 村長と別れて家の中へ。

 家の中は、台所と居間が一つになっている。


「こういう場所に住むのは初めてだ。」


 もちろん俺も。

 現代っ子だからね。


 奥にある二つの扉を覗くと、お風呂とトイレ。

 見る限り、家の中は綺麗に整っている。


「でも、生活しているという感じがない。連れて行かれるのを覚悟してたんだな。」


 死ぬ前に、後片付けって事か。

 辛かっただろうな。


 フィーが木の床に座った。

 初めての家を堪能しているのだろう。


「さてと。本題に入ろうか。にゃんすけ、気付いたか?」


にゃあ。


 やっぱりフィーも気付いてたんだな。

 それもそうか。

 あれだけ露骨だったもんな。


「あの大蛇からは、全く生気と言うか。生き物の感じがしなかった。」


 そうそれ。

 殺気の一つでもするかと思ったけど、そもそも何も感じなかった。


にゃん。


「やっぱり、にゃんすけもそう思うのか。調べてみる必要があるな。」


 そうだね。

 この霧の事、謎の声の事、大蛇の事。

 知るべき事は沢山ある。


「確か、山の方からだったよな。」


にゃん。


 声も大蛇も山の方からだ。

 何かあるとすれば、山を調べるべきだね。


「行くとすれば夜だ。敵にもばれないし、村人にも見つからないだろうからな。」


にゃあ。


 村人に見つかったら止められるかもしれないからね。

 下手に刺激を与えるなって。

 

「じゃあ、今日の夜。決行だ。よろしくなにゃんすけ。」


にゃん。


 フィーがこっちを向いた。

 夜は得意だ。任せろ。

 あとここ、土足禁止ですよ?


「あぁっ。布っ。何か拭くものっ。」


 床についた自分の足跡に焦っている。

 不安だ。

 上手くいく事を願っておこう。

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