最終話 SCHOOL GIRL

「愛咲 白です。よろしくお願いします」

 綺麗な声を添えて深々と頭を下げた。

 一般的な学校椅子に座る29人の生徒達は、セーラー服を正確に着こなした金髪の少女を目撃している事だろう。


 視線の先には上履き。汚れひとつなく新品である事が見て分かる。床のシャー芯などの汚れとは対照的だった。

 視界の端には、今朝整えられた緩いショートカットが映り込んでいる。

 教室のざわめきからは、『可愛い』だとか『可愛い』だとか、そういった単語が聞き取れた。

 そういう好意的な態度には相変わらず慣れないし、顔が熱いし、騙してるみたいだし、恥ずかしいと思ってる。


 教師の無気力な声にざわめきが止んで、座るべき席を指定された。

 廊下側の最後列。一個前には咲が居て、こちらへ愉しそうな微笑を浮かべている。視線を返すのが変に恥ずかしかったので、さながら一世代前のアンドロイドみたいに視線を固定して学校机の間を通り抜けていった。


 ……漠然と顔や胸や脚に周りからの視線を感じる。

 いや……或いは自意識過剰かもしれない。というか、そういう事にしておこうか。

 見苦しい程に衝動的な愛情表現なんて、とても確認する気にはなれなかった。

 気持ちが分かるなら余計にやるせない。


 椅子を引き、スカートをなぞって腰をおろす。

「教えた歩き方は?」

 咲が振り向いた。端的に言って再び前を向く。教卓では先生によって興味を惹かれない連絡事項が羅列されていた。


 咲の後ろ姿。艶やかな黒髪から僅かに覗く色白の耳に顔を寄せる。

 相変わらず動悸がするし、甘い匂いがして落ち着かない。一年間も見慣れた制服姿だから尚更だった。

「すげー緊張したから」

「……言葉遣い」

「あー…、ごめんね。すごく緊張してたから」

「そう。にしてはよく出来てたわ」

 いや、結局褒められた。

 練習の賜物。寝る前に、小一時間恥ずかしい思いをする日々がようやく身を結んだようだった。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 浅く振り向いて横目を緩めると、前に向き直って淡々とした声を続ける。


「ちなみに練習は続けるわよ。罰だって変わらないから」

 ……やっぱり?

 いや、学校あるのにアレやってたら寝不足になるって。

「早く寝れば良いでしょう」

 あ、心読んだ。

「読んでないわ。貴方の考えなんて能力を使うまでもなく丸わかりなのよ」

「本当かなぁー」

 ふと、教室が緩やかにざわめいた。


 ガラガラと戸が開く音がして、沈黙の空気が流れていった。先生が教室を出るとざわめきはさらに大きくなる。

 遠巻きな多くの視線が俺に向けられていて居心地が悪い。話しかけられても困るが、話しかけられなくても困る。

 まぁ、咲が居るなら良っか。


 あぁー…。でも、咲には付き合ってる人が居るんだよなぁ。それで俺にしてる以上の態度を向けられてんだろうなぁ。

 揶揄ってくる時の笑顔とか、くすぐってくる時の声とか……。

 でも、最近は俺と過ごしてくれてたし。それに、一緒にいて楽しいって──


 いや、女々しいな俺っ!こんなだったか?

もっと、こう、クールで硬派な感じの……一匹狼的なアウトローだった気が……。

 いや、そこまでではなかったかもしれんけど……なんつーか、気味が悪ぃっ。

「百面相は終わった?」


「え?」

 気がつくと、咲は体を横に向けて俺の机に頬杖をついていた。

 顔を傾げると漆黒の髪が流れた。

「私の事は放ったらかしなのかしら」

「あー…、ごめん。ボーッとしてた」

「何を考えていたの」

「……色々と」

「内容を聞いているのよ」

「いや、どうしようもない事なんだけどさ」

 どうしようもないっていうか、超しょうもない。


 情けな過ぎて言いたくない。けど、咲は続きを促すように目線を向けたままだった。

 観念して口を開く。

「そのー、付き合ってる、でしょ?」

「誰が?」

「咲が……安藤と」

「あぁ、そういう事」

 頬から手を離して眉を上げた。少しやるせなくなって目を逸らした。

「……あはは」

 すげー女々しーよなー。




「それなら、もう別れたわ」

「え」


「私、人と付き合っても楽しく感じないみたい」

「……そっか」

「何、その表情?」



「複雑に嬉しい顔」

「なんで複雑なのよ。全力で喜びなさいよ」

「こんな顔?」

「もっと口角を上げて」

「どうだ」

「よろしい」







「これは?」

「それはやり過ぎよ」

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