恐ろしい見張り
教会に保護されたホランドとクーランは、シリウスが見張る部屋の中で依然おびえながら時を過ごしていた。
彼らが警戒するのも当然といえば当然かもしれない。中央からここまで、ずっと暗殺者の影におびえながら逃げてきたのだから。
教会が安全だとはいえ、彼らはまだ安心しきれていない。ぶつぶつと何かを言いながら体を丸めていた。
そこに小型のライフルと拳銃を持ったシリウスが戸を開けて入って行くのだから、怯えもピークに達していた。
シリウスは部屋の外で武器の手入れをしていたのだろう。手に持った武器が新品のように見えた。
すると、その後ろから黒い髪の女がいい匂いのするトレイをもって入ってきた。
おなかが大きい。それと分かるような妊婦だ。彼女は外から一つずつ、食事の乗ったトレイを運び入れて怯えた二人の正面に置くと、にこりと笑った。
「今日は、特別にカロンのかみさんの料理なんだぜ。これがけっこういけるんだ。食べてくれよな」
女が下がり、シリウスもそっと戸を閉めると、先にホランドが涙を流した。
「殺されるものかと思った」
そう言って、クーランの腕を握った。
「なんでライフル持って入ってくるの?」
クーランも怯えていた。しかし、目の前の食事を見て肩を撫で下ろした。
「でも、妊婦が入ってきたってことは、大丈夫なんじゃ?」
ホランドも涙を拭いて、目の前に置かれた食事を見た。まだ温かい。
「殺されないのかな、私たちは」
二人は、震える体を話して、見つめ合った。
「殺すならすでに殺しているよ。神父さんきっと怖くない」
「怖いって聞いたけど、怖くないよな、きっと」
クーランは答えて、食事に手を付けた。どれもあたたかくておいしい。カロンといえば、あの刑事か。その妻なら苦労は絶えないだろう。それなのに、自分たちのために時間も労力も割いてくれる。ありがたいことだった。
ホランドとクーランは、暗殺者の標的が神父に移ったことを知らなかった。教会が知らせていなかったのだ。
彼らを疑っていたのではない。まだ、教会は神父に標的が移ったことを知らないで二人の逃亡者を守っている。暗殺者にそう思わせておくことで、ターゲットを神父一人に絞り込んでいたのだ。
実際もうすでにホランドとクーランの身は安全だろう。しかし、それでも外にシリウスが張り付いているのは、目眩しのためだった。部屋の外にいるという状況はシリウスにとっても有利で、神父に何かがあったとき、すぐに動くことができる。
そんな状況のまま、一日が経った。
ホランドとクーランの二人は安心して眠りにつき、次の朝しっかりと目を覚ましていた。外に出ることを許され、神父に面会をすると、クーランのほうが、神父の手のひらをしっかりと握り、涙をこぼした。
「神父さん、ありがとうございます。私たちの間で、神父さんに対して誤解があったようです」
「昨日までは、見張りの人が怖くて」
ホランドは、そう言いかけて口を手で覆った。すると、神父は笑った。
「シリウスが怖い思いをさせてしまったようですまない。彼にはキツく言っておくよ」
「いや、キツくは言わなくていいです」
クーランが焦ると、神父はふと、笑いをやめた。少し真剣な顔をしたので、中央の二人の議員は息を呑んだ。
神父はここで初めて真実を明かすことを決めた。彼らを再び巻き込むことのないように。
「ホランドさん、クーランさん、あなた方の安全は確保されました。もう何も心配はいりません。あなた方が何かの秘密を持っていたわけではないことを、我々は知っています。それでも、確実に安全の確保できるこの教会で職員として働いてほしい。もはや、暗殺者のターゲットは私に移りました。理由がなぜかはわかりません。しかし、これであなた方が狙われることはなくなった」
「神父殿に、ターゲットが?」
ホランドが、驚いて大きな声を上げた。横で、クーランがホランドを抑える。
「彼らはおそらく、もともと私をターゲットにしていたのでしょう。そこにたまたま、亡命するあなたたちがいて追いかけることになった。あなた方が気に病むことはありません」
「しかし、暗殺者は中央から放たれたのでは?」
「そのようです。先日ナギ先生が気絶させた四人のうち全員が中央のエムブレムのついた衣装を身にまとっていましたから。私が中央に命を狙われる理由はまだはっきりとはわかりません。しかし、こちらも身を守らなければ東マリンゴートは立ち行かなくなる。なるべくなら避けて通りたい道ですが、そうはさせてくれないみたいなのでね」
「そうですか、本当に、申し訳ない。私たちにもう少し知識があれば」
「構いませんよ。これからは、教会の職員として、我々を助けていってほしい。お願いできますね」
そう言って、神父は右手を差し出してきた。その手を涙ながらに握り、二人の逃亡者は教会の職員として働くことを決めた。
軍国主義に染まり、国民の食糧も日に日に減らされている中央マリンゴートに比べると、豊かな東マリンゴート。
その国を侵略して食糧を奪おうという腹である中央マリンゴート。そして、その二つの国をただ見守るだけの二つの国ハノイとクリーンスケア。
明らかに緊張が増しているにもかかわらず、何もしないのはテルストラの弱体化の影響だった。
誰かが、テルストラを救わなければならない。復興後間もない、元王族の国、テルストラ。この国に王が再び立てば、すべての国は結束する、そういわれて久しい。
テルストラ都市国家連合。
この一つの国の復活を願う声は、日に日に大きくなっていった。
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