第5話 スペードのエース

 トラブルがあったがサード行きの乗車券を手に入れることができたが、出発までにまだ時間があるようだ。その間何をしていよう。

 アリサは既に貴族用のラウンジに行ったようだ。

 伯爵家を勘当になったボクは、もう貴族ではないから、貴族用のラウンジを利用することはできない。

 一般用の待合室にでも行こうか。


「ミキ、時間まで待合室に行っていようか」

「はいわかりました」


 ボクはミキと二人待合室に行こうとすると、行く手を阻む者が現れた。


「騒々しいから何事かと思って来てみれば、見つけたぞマレック! バラック様の命令だ。そのメイドをこちらによこせ」

 バラック兄さん、もうミキがいないことに気付いたのか。追手を差し向けられていたとは、迂闊だった。


 こいつは、確かトランプメンのスペードのエース、剣を使った魔術が得意だったな。

 ちなみに、トランプメンはバラック兄さんが抱えている魔術師集団の名前だ。


「何を黙っている。さっさと言うとおりにしろ」

「ミキはボクの専属メイドだ、バラック兄さんに渡すわけにはいかない」

「マレック様」

 ミキがヒーロでも見るように、潤んだ瞳でボクを見つめている。


「お前は既に貴族でも何でもないんだ、そいつが専属メイドのはずがないだろう」

「私は、マレック様の専属メイドです。バカでスケベなバラック様の所なんか行きません!」

 ミキはボクに隠れながら、エースに向かって喚きたてた。


「なんだと! ならば力ずくで連れて行くまでだ」

 そう言って、エースは何もないところから剣を出現させた。


「おーー」

「あれは、魔術か?」

「知ってる、あいつスペードのエースだ」


 いつの間にか人だかりができていたようだ。周りからどよめきが沸き起こった。


「どうだ、俺様の魔剣ボルクス。こいつを使えば腕など簡単に一刀両断だ」

 言うが早いか、エースは自分で自分の腕を斬りつけた。


「キャー」

 血吹雪が上がりエースの腕が切り落とされる。それを見た女性が悲鳴を上げた。


「だが、大丈夫。俺様は魔術師だからな。ほらこのとおり、斬られた腕も直ぐに繋がってしまう」

 エースは切り落とされた腕を拾い上げると、何事もなかったようにくっ付けた。


「おーー」

「凄い」

「流石魔術師」


「どうだ、怖気づいたか。ならば、おとなしくそのメイドを渡せ」

 いや、怖気づいたかと言われても、周りの観衆は驚いただろうが、タネを知っているボクが怖気づくはずないだろう。


「フー」

「貴様、鼻で笑ったな!」

 呆れた顔をしているボクに、エースは頭にきたようだ。


「こうしてやる」

 エースは魔剣ボルクスを振り上げるとボクに斬り掛かってきた。


 魔剣ボルクスは魔術用の剣なので斬られても、本当に切れることはないのだが、それでも、それで叩かれれば相当に痛い。

 ボクは身体強化魔法をかけると、振り下ろされた魔剣ボルクスを両手で挟んで受け止めた。


「なに!」


「おーー」

「魔剣を受け止めたぞ」

「何者だ?」


 このまま長引かせて目立つのは上手くなさそうだ。

 ボクはさっさとケリを付けるため、手に力を込めて魔剣をへし折った。


「うぉー! 俺の魔剣がーーー」

「その壊れた魔剣を持ってさっさと帰ってくれよ。それとも、一発入れないとダメか?」

 ボクは拳を作りエースの前で殴るフリをする。

 身体強化魔法で強化されたそのパンチは、目にも止まらない速さだった。


 それに怖気づいたのだろう、エースは踵を返すと「覚えてろよ、絶対に弁償してもらうからな」と、何とも締まらない捨て台詞を残して逃げ帰っていった。


「マレック様、素敵です!」

 ミキが駆け寄って来て、そのまま抱き付いてきた。

 周りの観衆からは拍手が送られた。


 だが、これではかえって目立ってしまっている。

「ミキ、待合室に行こうと思ったが、追手がいるようだ。どこか隠れる場所はないかな?」

「それならいいところがあります」

 ミキはいい隠れ場所を知っているようだ。ミキに手を引かれボクたちはそそくさと移動する。


 ミキに連れられてきたのは、トイレの前だった。そうか、時間まで個室に隠れていればいいのか。なるほどいい隠れ場所だ。

 ボクが男子トイレに入ろうとしたらミキに手を引かれた。

「そっちでなくこっちです」


 まさか、ボクも一緒に女子トイレに隠れろというの? それは流石にやばいよ。

 そう思って抵抗しようとしたら、それより早く、男子トイレと女子トイレの間に有った掃除道具を入れるロッカーに引き込まれた。


 女子トイレでなく安心したが、このロッカー二人で隠れるには狭いのだが。

 ミキの胸はこれでもかというほどボクに押し付けられている。


「ミキ、少し向きを変えてくれないか?」

「こうですか?」


 ミキが百八十度反対を向く。

 お陰でミキの胸からは解放されたが、ボクの股間の突起物が、ミキのお尻の割れ目に見事にはまっている。


「マレック様、こんな所で……」

「いや、わざとじゃないから」


 そうは言ったが、股間の突起物は大きさを増していく。

「あーん。マレック様、ダメです」

 ミキの声にも湿りを帯びてきた。

 いっそ、このままここでいたしてしまうか。


 そう思った時、突然ロッカーの扉が開かれた。


「こら、こんな所でかくれんぼしてたら駄目だべ」

 扉を開けたのは掃除のおばちゃんだった。


「すみません」

「ごめんなさい」

 ボクたちはお詫びもそこそこに、その場から走り去ったのだった。


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