第4話 窓口

 無事に自分用のリングを手に入れ、これでボクも自由に買い物ができるようになった。とはいえ、支払いはミキの口座からの引き落としであるが……。

 情けないこのヒモ状態を一刻も早く解消したいところである。

 そのためにも、列車に乗って目的地に向かわなければ。


 列車のチケット売り場は、ちょうど混んでいる時間のようで、五つあるどの窓口にもそれぞれ十名程度の列ができていた。

 その右から二番目の列にミキと一緒に並びながら話をする。


「それで、列車でどちらに向かわれるのですか?」

「鉱山都市サードだよ」


「鉱夫にでもなるつもりですか?」

「鉱夫でなくハンターだよ」

 普通の鉱山なら働いているのは鉱夫であるが、サードの鉱山は特殊で、その主役は魔獣を狩るハンターである。


「魔獣を狩るのですか。剣を振ったこともないのに、ケガをするのがオチですよ」

 ミキは心配しているというよりは呆れた感じだ。それには少し理由がある。

「大丈夫だよ。魔術用の剣でいくらか練習したし、それに、ミキはボクが身体強化魔法を使えるのを知っているだろ」


「それでも、魔獣など倒したことがないでしょ」

「誰でも最初はあるものさ。ちゃんと初心者用の坑道で経験してから先に進むようにするから心配しないで」


「坑道で初体験をするのですか? 私はベッドの方がいいのですが、マレック様がお望みなら坑道でも……」

「魔獣狩の経験だからね。勘違いしないでよね」

 どうも、ミキはすぐにエッチなことに結びつけてしまうようだ。毎回それに乗っていては話が進まない。


「魔獣となさるのですか! 流石にそれは許容できません。どうしてもと言うなら私が四つ這いになり獣の真似を……」

「そんなこと言ってないから! あ、ほら次はボクらの番だよ」


 ボクらが並んだ列は他より流れがスムーズなようで、ミキの暴走を止めるのに都合良く順番になった。


「どちらまででしょう?」

「サードまで大人二人」

 窓口のお姉さんが優しく微笑んで尋ねてきたので、ボクは指を二本立てそれに答えた。


「サード行きでしたら、本日は、一等、二等どちらも空きがありますが、どちらになさいますか?」

「えーと」


 できれば一等客室の方がいいが、使うのはミキのお金だ。贅沢は言えない。

 ボクはミキにどうするか確認しようとしたが、それより早くミキが窓口のお姉さんに尋ねていた。


「ロイヤルスイートは空いてませんか?」

「ロイヤルスイートですか? 本日は予約が入っておりませんので今のところ空いていますが、そちらになさいますか?」


「ミキ、ロイヤルスイートって高いんじゃないの?」

「お高いですが、その分ゆっくりできます」

 それはそうだろうけど、高すぎないだろうか?

 一等車でも十分だと思うが、でも、ミキもゆっくりくつろぎたいのだろうか?


「ミキもゆっくりしたいのかい?」

「はい、シタイです! 列車に乗っている間、昼夜構わず激しくバンバンシタイです!」

 そうか、ミキはそんなにしたいのか……。あれ? ゆっくりくつろぎたい話では?


 まあ、それはそれとして、ミキのお金だし、ミキがそう言うならロイヤルスイートでいいか。


「それじゃあ、ロイヤルスイートでお願いします」

「ちょっと待ったー!」

 ボクが窓口のお姉さんにそう言うと、隣の列に並んでいた少女が大声を上げた。何事だ?


「ロイヤルスイートは私が使いたかったのよ。先に並んでいたのは私なのに取らないでくれる!」

「え? 別にボクは割り込んでないけど?」


 少女はボクと同じ歳くらいであるが、身なりが整っていてメイドを一人従えている。多分貴族の令嬢なのだろう。

 何か文句をつけられてしまったが、厄介なことになった。


「私の方が先に来て、この真ん中の列に並んでたのよ。それなのに、後から来たあなたたちが先に頼むとはどういうことよ」

「そんなこと言われても、列によって進む速さは違うのだから、運がなかったとしか言えないじゃないかな」


「そこに不正はないと言うの?」

「不正はしてないけど」


「そう、不正をしていないなら罪には問わないわ。だけど、私はクラースト子爵令嬢よ。貴族がロイヤルスイートを使いたいと言っているのだから譲るべきではないかしら」

「そんなことを言ったらボクはアート……」


 そうだ、ボクは伯爵家を勘当されたのだからもう貴族ではない。それに、家名を名乗るなと言われたのだ。

 それにしても、よりにもよって剣の名門と言われるクラースト子爵家か。魔術の名門と言われるアートランク伯爵家とは犬猿の仲だ。

 身元がバレないように気をつけなければ。


「アート?」

「いや、なんでもない。ミキ、どうする?」

 ボクはロイヤルスイートでなくても、一等客室で十分なのだが。


「譲る必要はありません。あそこに、乗車券の販売は身分や地位に関係なく先着順と書かれています。正義を重んじるクラーストの令嬢がそれを守らないなんてことはないですよね」

 壁に貼られた注意書きを指差し、ミキは子爵令嬢に対し強気に出た。


「決まりは守るわよ。でも……どうしよう、レナ」

 子爵令嬢は従えていたメイドと相談を始めた。あの、メイド、レナという名前なのか。


「アリサお嬢様はどうしてもロイヤルスイートがよろしいのですか?」

「クラースト家の者として妥協はできないわ」

 子爵令嬢はアリサという名のようだが、かなりプライドが高いようだ。


「それなら、サードに行かれるのを明日にされたらいかがですか?」

「そんな悠長なことをしていたら追っ手に捕まるわよ」

 アリサは何やら問題を抱えているようだ。ボクはロイヤルスイートを譲ってもいいのだが、ミキはまったくその気はないようだ。


「はぁー。仕方がありませんね」

 レナと呼ばれていたメイドがため息をついてからこちらに向き直った。


「あそこの注意書きにはこう書かれています」

 先程ミキが指し示した壁に貼られた注意書きをレナさんも指し示した。


「混雑している場合は相席となり、それは拒否できないと」

「確かにそう書かれますが、一等客室は空いてますよ」

 ボクは素直に思ったことを指摘した。


「ロイヤルスイートは混雑しています」

「それは無理がないですか?」

 レナさんは当然のように澄ました様子で言い切った。だが、そう言われてもこちらは納得いくわけがない。


「では、そちらが一等客室に移っていただけますか?」

「それはできません。今夜はマレック様と大切な夜を過ごさなくてはならないのですから」

 レナさんの提案をミキが全く取り合わず否定した。ところで、大切な夜って、いったい……。


「それなら相席をお願いします」

「仕方がないですね」

 レナさんの申し出にミキが渋々頷いた。相席を断れない決まりでは仕方がない。


「ミキ、構わないのか? 相席するくらいなら一等客室の方がいいんじゃないか?」

「一等客室は座席兼用の簡易ベッドが二つです。ですがロイヤルスイートはダブルベッドが二つになります。それに加え、使用人の控室もあり、そこにもシングルベッドが二つあります」

 成る程、使用人の控室でも一等客室より寝心地がいいということか。


「それならまあいいか」

「よくないわよ。なんで私がこんな男と相席しなければいけないのよ!」


「それなら、一等客室にいたしますか? それとも、明日にしますか?」

「レナ……。わかったわよ。二日間我慢すればいいんでしょ!」

 レナさんに言われ、アリサも納得するしかなかったようだ。


「お決まりになりましたか? でしたら手続きをお願いします」

 声をかけてきた窓口のお姉さんの笑顔が引きつっていた。


「お騒がせして申し訳ありませんでした」

 ボクは四人を代表して、窓口のお姉さんと周りの人たちに頭を下げたのだった。


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