第2話 兄たちとメイド
玄関ホールには二人の兄が、勘当されたボクを待ち受けていた。
「マレック、遂にこの屋敷を追い出されたのか?」
「まあ、お前は不器用でカード魔術もろくにできなかったからな」
「兄さんたちの言うとおりだよ。もう会うこともないだろうけどお元気で」
ボクのことを虐めてくる兄たちに逆らってもいいことはない。素直に認めて、別れの挨拶をする。これでもう、虐められることはなくなるだろうと思うと清々する。
「お前、出ていくのはいいが、外で魔術の秘密をバラすなよ」
上の兄であるホルック兄さんが威圧を込めた言葉をかけてくる。
「追い出されたボクが外で本当のことを言っても、誰も信じてくれないよ」
「そうだな。逆に嘘つき呼ばわりされるだけだから、気をつけろよ。ガッハッハッハッ」
下の兄であるバラック兄さんが無駄なことはするなと、皮肉を込めて可笑しそうに笑った。
まあ、今までも魔術など嘘ではないかと噂に上ることはあったが、それらは全てアートランク一族によって文字通り封殺されてしまったのだから、ボクも無駄なことをして命を縮めるつもりはない。
それに、家族のことは好きではないが、陥れようとまでは思っていない。
「それじゃあ、ボクはもう行くよ」
「長生きしたければ自分の言動に気をつけろよ」
ホルック兄さんは最後まで釘を刺すことを忘れないようだ。
「ミキのことは心配するな。俺様が可愛がってやるからな。ガッハッハッハッ」
「ッ!」
ミキというのはボクの専属メイドのことだ。勘当されて、今はもう専属だったになってしまったが……。
バラック兄さんは前からミキを狙っていたが、ボクの専属ということで手が出せなかった。
だが、ボクが勘当されたこととにより、専属だからという防壁が無くなってしまった。
使用人がみんなボクのことを蔑むようになるなか、ミキだけは変わらずボクに仕えてくれたのだが、ミキには申し訳ないことをしたことになる。
だからといって、今更、ボクに何かできるわけもない。なんとか、自力でバラック兄さんの魔の手から逃れてもらいたいものだ。
「ガッハッハッハッ」
バラック兄さん馬鹿笑いを聴きながら玄関を出ると、そのまま振り返らずに屋敷の門も潜った。
ここからは自分一人で生きていかなければいけない。そう、決意を新たにしたところで、ボクはボクを呼ぶ声に気がついた。
「マレック坊ちゃん、お待ちください!」
呼び止められて振り返ると、門を抜け追いかけて来たのはボクの専属メイドを務めていたミキだった。
「ミキ、ボクはもう勘当されて屋敷を追い出されたんだ。坊ちゃんはやめてくれ」
「それではマレック様」
様もどうかと思うけど、坊ちゃんよりマシか。
「ミキには申し訳ないことになってしまった。すまなかった。頭を下げることしかできないが許してくれ」
「頭を上げてください。謝っていただく必要はありません」
「そうか、すまない。それで、何か用か?」
まさか見送りのためにわざわざ来たわけではないだろう。
「忘れ物です」
ミキはボストンバッグを一つ持っていた。
この短時間に着替えを詰めて持ってきてくれたのだろう。
「ありがとう」
ボクはお礼を言ってバッグを受け取ろうとしたが、ミキはそれを渡してくれなかった。
「荷物を持つのはメイドの仕事です」
「でも、ミキはもうボクのメイドじゃないだろ」
「いえ、私はずっとマレック様の専属メイドです」
「いや、ボク、勘当されて屋敷を追い出されたんだけど? ミキはアートランク伯爵家に雇われているんだよね?」
「いえ、私はマレック様に雇われている契約になっています。ですからマレック様にお供します」
「え? そんな契約したっけ?」
「こちらがその契約書になります」
ミキは用意がいいことに、契約書を取り出すとボクの前に広げて見せた。
そう言われれば、専属メイドが決まった時に契約書を交わしていたな。
秘密が多い家だから秘密保持のための契約だろうと思い、ろくに中身を確認せずにサインをしたが、広げられた契約書を今更よく読んでみると、雇い主がボクの名前になっている。それに、この契約内容はどうなんだ?
「ミキはこの契約内容に納得しているの?」
「もちろんです。ですから、夜のお勤めもお任せください」
そういえば、今までも何度もミキから夜のベッドに誘われていたが、冗談だと思っていた。
「もしかして、そういうことに馴れているの?」
「初めてですが、いろいろ勉強しました。お任せください」
ミキは恥ずかしそうに体をくねらせながら答えた。
そうか、初めてか……。それに、いろいろ勉強って、どんな勉強だ?
気にはなるが、ボクと一緒に行けば苦労をかけることになる。だが、屋敷に戻したところでバラック兄さんの餌食になるのは目に見えている。それならボクが美味しくいただいた方が……って、何を考えているんだボクは!
それより、本当にボクと一緒に行く気なのかちゃんと確認したほうがいい。
「ミキ、契約に縛られる必要はない。例え一緒に行ってくれなくてもボクは咎めはしないよ」
「いえ、契約に関係なく、私はマレック様と一緒にイキたいです」
ボクのことを見上げるミキの瞳がハートマークになっているような気がするが、それはきっとボクの気の所為だろう。
「わかった、じゃあ一緒に行こう」
「はい。それではどこのホテルにします?」
「いや、まだ日も高いし、とりあえずこの街を出よう」
バラック兄さんが、ミキがいないことに気づいて追ってこないとも限らない。そうなると厄介だ。早くこの街を離れた方がいい。
「いきなり野外ですか?」
「いや、歩いていくわけでなく、列車を使うつもりだから、野宿をするつもりはないよ」
魔導列車を使えば明日の夕方までには目的地に着くだろう。車内泊になるが野宿よりはいいだろう。
「列車で痴漢プレイですか!」
「ミキは何を言ってるんだい?」
「え? 勉強の成果についてですが……」
「……。とりあえず、駅まで急ごう。バッグはボクが持つよ」
「大丈夫です。荷物持ちはメイドの仕事ですから。こう見えて、私、力持ちなんですよ」
「そうかい。でも、疲れたら代わるからね。必ず言ってくれよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「じゃあ、行こうか」
こうして魔術の名門伯爵家を勘当されたボクは、ちょっとエッチな専属メイドのミキと一緒に駅への道を急いだのだった。
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