第9話 鍵

ミラージュは、目を覚ました。


硬く粗末なベッドにミラージュは横たわっていた。室内は薄暗く、窓の無い部屋は空気が淀んでいた。ミラージュは、体を起こし周囲を見渡す。誰かが生活していたような室内だが、暫く使われていなかったらしく埃っぽい。鉄格子のドアの向こうには階段があり、階段の上に鉄製のドアが僅かに見える。


頭上からは足音が幾重にも重なり微かに聞こえてくる。


どうやら地下に閉じ込められてしまったらしい。


(ここはどこだろう。)


ミラージュは立ち上がり鉄格子へ近づいた。


鉄格子を掴み動かしてみるが、ビクともしない。


鉄格子の所々は茶色い汚れがついていた。


(なんだろう。)


よく見ると、指の跡のように見える。


(これは、血?)


ミラージュは怖くなり、ベッドへ戻った。


ベッドの上に座り込み、両手で膝を抱えて蹲る。


(グラン。ごめんなさい。)


グランは、ミラージュがいなくなった事に気が付いただろうか?まさかこんな事になるなんて。


ミラージュは、瞳を閉じた。


















ふよふよとミラージュは漂っていた。


煌めく星の中でミラージュは浮いている。


声が聞こえる。


大好きな母の声だ。


ミラージュは母の声に引き寄せられるように透ける自分の体が移動するのを感じた。


ミラージュの目の前には母が座っている。


長い黒髪に茶色い瞳の美しい母は、数人の女性と一緒にいるみたいだ。


ミラージュは母に話しかけようとした。だけど声がでない。


(お母さん。私よ。ミラージュよ。ダメだわ。これは夢?)


母の隣に座っている女性が、母へ話しかけた。


「ラナリーン。貴方はどうしてここに来たの?」


母は言った。

「どうしてって。皆と一緒よ。下働きなのに凄く給料がいいでしょ。運が良かったわ。ギガリア公爵家で働けるなんて思っていなかった。貴族の屋敷は審査が厳しいて聞いていたから」


「ラナリーン。貴方知らないの?ギガリア公爵家は、よく使用人が入れ替わるみたいなのよ。給料はいいけど、危険だって町で噂になっているのよ」


「そうなの?でも、貴方だって」


「私には病気の子供がいるの。早くお金がいるからここに就職したのよ。覚悟してきたつもりよ。ラナリーン、知らなかったなら、、、、」


その時、ドアを開けて恰幅のいい女性が入って来て怒鳴った。


「貴方達、おしゃべりばかりしないで仕事をして頂戴。やる事は沢山あるのよ。」


「「はい」」


女性はブツブツ言いながら去って言った。


「本当。公爵様にも困ったものだよ。何度教育してもキリがない。」



ミラージュの母、ラナリーンは使用人服を着て掃除をしている。


ミラージュは、母の後ろを漂っていた。


何度も母に話しかけようとするが、声が出ない。


母が掃除をしていると、数人の白衣を着た男性が廊下の向こうから近づいて来ていた。


「また失敗か。きりがないな」


「もっと若い方がいいかもしれません」


「やはり、貴族でないと」


「だが、さすがに貴族の娘を実験体には、、、」


白衣を着た男性達は何かを熱心に話している。


一番前を歩く壮年の男性とラナリーンは目が合った。


ラナリーンはすぐに頭を下げ、彼らが通り過ぎるのを待つ。


白衣を着た男性はニヤリと笑い言う。


「ああ、ちょうどいい。なあ、そこの黒髪の君。君を選ぼう。若さ、体格、理想的だよ。」


ラナリーンは、震えて言う。


「私は、下働きで雇われました。それ以上の事はできません。どうか私を選ばないでください。」


「決定権が君にあるとでも?敏い子は嫌いじゃないが、勘違いしてはいけないよ。とても光栄な事に君が選ばれた。この娘を連れて行け。」


ラナリーンは、白衣の男達に連れられて奥の部屋へ引きずられるように移動させられた。


「なにをするのです?」


壮年の男性は、書類を見ながら言う。履歴書を見ているようだ。


「ラナリーン?ただの平民か?貴族の面影があるかと思ったが、また失敗するかもしれないな。」


「博士?どうしますか。」


「まあいい。やってみよう。ダメなら処分すればいいだけだ。」


処分と言う言葉を聞き、ラナリーンは抵抗を止めた。


「ああ、平民にしては頭がいいらしいな。できるだけ協力する事だ。もしかしたら無事に帰れるかもしれないよ。」









博士と呼ばれる男は、ラナリーンを含め数人の女性達を監禁し、腹部に何かを注射した。


毎日、食事を管理され、血圧や脈拍、腹部や太ももの大きさ、体調を詳細に記録される。


初めはラナリーンを含めて10人程の女性がいた。


だが、一人一人女性達は体調を崩し、どこかへ連れて行かれた。


数か月すると、残った女性はラナリーンを含めて3人だけだった。


ラナリーンのお腹は大きく膨らんでいた。


地下の薄暗い部屋に監禁されていたラナリーン達の元へ、銀髪で紫色の瞳の男性が訪れた。博士たちは、その男性に頭を下げ、媚を売っている。


「順調らしいな。」


「はい。もうすぐ出産の予定です。3人の健康な妊婦です。」


「楽しみだよ。産まれてくる子供は将来の王妃になる。産まれたらすぐに報告してくれ。」


「「はい」」



一人目と二人目の妊婦が産気づいた。先に産まれた子供は息をしていなかったらしい。


声が聞こえてくる。


「くそ!こっちは失敗だ。子供が息をしていない。」


「まだ二人残っている。何とかなるはずだ。こんなに時間をかけたのだ。」


「この女はどうする?」


「いらないだろう。捨てておけ。」


ラナリーンは、一人ベッド震えていた。


隣のベッドには、息をしていない子供を産んだ娘が震えている。


上の階から歓声が聞こえてきた。


どうやら、もう一人の娘が無事に出産したらしい。


「成功だ。」


「ギガリア公爵様にそっくりな美しい娘だ。早く公爵様へお伝えしろ。」


「これで、我らも安泰だ。遊んで暮らせるぞ。」


「いくら死産が多い家系だからって、こんなに沢山の娘を集めるとは。」


「いいだろ。うまくいった。」


「「はははははは」」


上では博士たちが笑いあっている。





地下の部屋は、人気がない。


ルナリーンの隣のベッドの娘が嗚咽を漏らしている。


ウッ、ウッ、ウッ。


ルナリーンは、気になり声をかけた。


「大丈夫?しっかりして。」


子どもを失った娘の表情は、青ざめていた。


それに、ルナリーンは気が付いた。娘は酷く出血している。薄暗くて分からなかったが、どうやら血が止まっていないらしい。


「お願い。逃げて。貴方だけでも。ここにいたら処分される。私の赤ちゃんの替わりに貴方の赤ちゃんだけでも助けてあげて。」


「そんな。誰か呼んでくるわ。きっと助かるはず。」


「助からない。皆死んだのよ。貴方だって気が付いているでしょ。これを。」


血だらけの娘はルナリーンに小さな鍵を渡してきた。


鉄格子の鍵だ。


「私ね。手癖が悪いの。子供を産んだら逃げようと思っていたのよ。でも、私はもうダメ。お願い。逃げて。私の赤ちゃんをつれて、、、」


「わかったから。絶対逃げる。だからしっかりして。」


「ありがとう。」


娘は、安心したように腕を下した。





ラナリーンは涙を拭い、立ち上がった。


小さな鍵を鉄格子に差し込み、廻す。


ガチャ。


鍵は簡単に開いた。


そのまま、出て行こうとしたラナリーンは、何かを思いついたように立ち止まり、鉄格子の端の壁の側に座りこみ、鍵を壁の隙間に押し込んだ。


階段の近くに掛けられていた黒いローブを被りラナリーンは、階段を昇って行った。








ラナリーンは、階段から出てすぐに右手の使用人口へ入った。


裏の使用人通路は細く薄暗い。


ラナリーンは真っ直ぐに使用人通路を進んで行く。


表の廊下からは笑い声が聞こえてくる。


数人の男性が祝宴を開いているようだ。


ラナリーンは、使用人通路を進み、階段を上り裏口から外へ出た。


そこは高い崖になっていた。


ラナリーンは、迷わず崖に近づいていく。


後ろのギガリア公爵邸から賑やかな騒めきが聞こえていた。




ギャーーーー。どうしてですか!公爵様!アアアーーーー。




大きな悲鳴や怒号を轟いた後、公爵邸は静まり返った。



ラナリーンは、後ろを振り向かず崖に向かい、そのまま崖に走りこんだ。










母が、崖から落ちた後を見て、ミラージュは目を覚ました。


両手はいつのまにか握りしめていたらしくジットリと湿っている。


起き上がると、目の前には鉄格子がある。


さっきまで見ていた夢で母が過ごしていた場所だ。


ミラージュは両手で顔を覆い、涙を拭った。


母は、ここに閉じ込められていた。


生物学上の父ギガリア公爵によって。


ミラージュは、鉄格子に近づいて行った。


鉄格子にそってゆっくりと歩き、壁に近づきしゃがみ込んだ。


壁を下からゆっくりと指で撫で上げる。


指に細く冷たい突起が触れた。










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