36 学生召喚士の在り方


「竜木・竜がこの学園に現れた!?」


 事の次第に誰より激しく驚き、声を荒らげるのはリアであった。

 というか阿沙賀も遠凪も知らない名前であって、単純になんか面倒そうという漠然とした印象しかないだけだ。

 つまりそれは情報の有無による反応の差異であり、阿沙賀は知っていてくれたことに感謝したい。


「知ってるンだなリア、どこのどなただよ。白昼堂々と学園の教室で誘拐未遂だぜ、やべェ奴過ぎるだろ」

「はい……途轍もなくおぞましい人であり、人たちです」

「やっぱグループなのか。九頭竜、とか言ってたか」

「……」


 そこでリアはちらりと時計を見遣る。

 時刻は現在、五限目の真っ最中。

 急な学園内での結界発生に急遽授業を放り出して駆けつけて来たリアであったが、事が済んでいるのなら戻りたいのが本音だ。

 四角四面に彼女は言う。


「今日の放課後に話しましょう。今は学生の身分ですし、学業も大事ですし」

「真面目ァ」


 いや真面目ではないだろうと遠凪は呆れたように。


「あんたは学生ってのが建前でこっちが本職だろう、優先順位ごちゃってない?」

「うっ。それはそうですが、学生生活というのも割としたい年ごろでして……」


 リアは面映ゆそうに両の人差し指をつつき合わせる。

 私情を優先していることはわかっているのだが、敵が撤退しているのも事実。叶う限りはふつうに学生でいたいのである。


 男どもはそろって不思議そうに首を傾げ。


「なんだよ、御霊会のお仕事が忙しくて学生生活できてませんってことか?」

「はい……そうなります……」

「というか本当にオレたちと同年代なんだ……」

「本当に! 同い年! です!」


 潜入任務みたいなものだし、年齢を偽って転入してきているとばかり思っていた遠凪である。

 阿沙賀などは高校生啓術使いって多いんだなぁとまた間違った知識を得てしまう。


 当然、啓術使いという狭い界隈で学生の者など一握りである。

 だからこそリアは学園での悪魔案件によく駆り出され、忙しく転校を繰り返している。まともにひとつ所に留まることはなく、勉学や友人関係もまた中途半端になりがちだ。

 その結果、逆に学生生活というものに多少なり憧れを抱くという妙な事態になっている。


 その思いに嘘はなかろうと阿沙賀は見取って鷹揚に頷いた。


「ふゥん? ならまァおれは別に後でもいいぞ」


 大雑把で軽い阿沙賀の物言いに、遠凪はせめて確認をと。


「はぁ……迷亭、敵の撤退は確認できたか?」

『うん、おふたり様はお帰りになられたよ』

「あ? わかんのか? なんか隠す顕能っていうのは……」

『阿沙賀くんが敵の魔魂顕能レツァイゼンを暴いてくれたからね、知っているのなら対処の方法もあるのさ。その方法、聞きたいかい?』

「いや別にどうでもいい」

「あー、オレはちょっと気になるな、後学のために」


 すごく聞いて欲しそうに言うもんだから阿沙賀は面倒くさそうに切って捨てる。

 とはいえ真面目に興味深い部分なので遠凪は仕方なしに聞いておく。


 迷亭は喜び勇んでこんな時ばかり先生ぶって。


『不自然に一部分だけが消されていると、逆に浮くものでね。全体を俯瞰して観ることができれば存在しないことを知覚できるというわけさ』


 学園全域を知覚下においた迷亭だからこその視点。

 綺麗な風景画に消しゴムで消したような雑な空白があれば目立つようなもの。


 その感覚を理解する遠凪は言わんとすることを納得する。今度試してみようと思う。


「遊紗ちゃんが無事なら、オレも構わない」


 ちらと一年七組を見遣れば先ほどの襲撃などなかったかのように平常に授業を進めている。遊紗も何事もなくそこにいて、それだけで遠凪には満足だった。


 キルシュキンテと迷亭の顕能が組み合わされば、学園内に限りどんなことでももみ消せるのである。

 ちなみにリアには遠凪の契約悪魔の力と説明しておいた。嘘は言っていない。


「じゃ、仕方ねェ授業に戻るかァ……なんて言い訳する?」


    ◇


 仮病を言い張ることにした。


 すぐにバレるかなァと思っていた阿沙賀であったが、むしろ担任長谷はせは青い顔をして深刻に心配をしてくれた。

 そういえば数日前まで入院していたのだった。

 当人がそんなことすっかり忘れていた。


 遠凪もそれに乗っかり、阿沙賀が体調悪そうだったので傍にいたとデマをこくことでなんとかお咎めなし。

 むしろ早退を勧められたが、そこは謹んでお断りをした。

 

「それで契約者様」

(……おう、なんだよニュギス)


 再開された授業を、リアは熱心に遠凪は表面上真面目に、そして阿沙賀は見るからに眠そうに聞いている。

 阿沙賀はさほど勉学というものに思い入れもなく、とはいえ必要性は理解している。嫌いでも好きでもないというフラットな感情で勉学というものに対しているつもりだ。

 しっかり聞き耳は立てているし、背筋を伸ばしてとはいかないまでも軽視しているわけではない。だからその態度がだらしなく見えるのは生来の彼の醸す雰囲気か。


 悪魔の少女はお構いなしに会話の相手を求めて続ける。


「退院から五日も経ずして早速のイベント、大変愉快に観覧させていただいております」

(オメェ一番楽しンでんなァ……)

「ええ、もちろんですの。特等席ですからね」


 ニュギスはくすくす笑いながら、ふわりと阿沙賀の真上に膝を抱えて浮かんでいる。

 ちらとリアが厄介そうに見ているのは、その姿に気が散って授業に集中できないことへの文句であろうか。

 だがすぐに居住まいを正して黒板を向いたことから、おそらく声までは届いていない。そのように制御されている。


 ふたりの会話を他者に聞かせるようなことは、ニュギスはしない。


「それで、観客として先の展開を少々お教え願いたいのですが」

(なんだよ未来のネタバレなんざおれが知りてェぞ)

「そうではなく、契約者様の意向――目指すべき道筋のほうですの」

(あぁ、おれの行動方針ってことか)


 試胆会において、それは黒幕を見つけて契約破棄の条件を聞き出すことであった。

 紆余曲折あったし最終的にそれも変更された目的だが、心持ちとしてはそこを目指していた。

 そういうおおよその方向性を知りたいとニュギスは言っているのだろう。ジャンルも知らずに観覧するのはお嫌なようだ。


「わたくしは観客。物語やその登場人物に極力関わらず、影響せずにありたく思いますの。ですので強制したり勧めたりもいたしません、どうか契約者様の思うままにお進みください」

(当たりェだ)


 ニュギスはそういうスタンスだからこそあまり阿沙賀以外と話すことをしないのだろう。

 思わずツッコみをいれることはあっても、阿沙賀と誰かの会話やイザコザにも割り込まないようにと気を付けている。

 茶々入れは不粋であろう。ありのままの物語を鑑賞したいのだ。


 自らの在り方を自らで定義し定め、それを遵守して貫かんとする。そういう姿勢は、阿沙賀にとって好ましいものだった。

 なぜなら彼もまた、そうして生きているのだから。


 流儀――というとなにか違う気がする。そんな畏まった言葉はすこししかつめらし過ぎて似合わない。

 ではなにかと言われると即答にならない。そもそも言葉で当てはめようという意識がない。

 どうでもいいと、ふたりは思っている。理由も所以も、隣り合うこととは無関係だと。


 阿沙賀は黒板に目線を向けたまま、なんとなしに先刻のことを思い出しながら。


(で、まァ当然喧嘩売って来た野郎はブチのめす。特にリューギだったか? あいつはやべェ)

「そうですか? わたくしの琴線には触れませんでしたが」

(オメェの琴線って面白そうかどうかのラインでしかねェだろ、なんの参考にもならんわ)


 等しく人の子を下に見て憚らない悪魔の姫君。

 個人として彼女が正しく認識している者など阿沙賀以外で他にいるのだろうか。


 とりあえず悪い意味で平等なニュギスの視点からは読み取れない事項もあって、阿沙賀はそこに引っ掛かりを覚えているようだ。


(なんかわかんねェけどやばい気がする。もう取り返しのつかないところまで踏み込んでる危うさっていうか、どうしようもない場所にまで辿り着いてるような遠さっていうか、そういう感じがする)

「非常に抽象的ですが契約者様の勘は侮れませんし、なにかあるのでしょうね」

(そこらへんリアが教えてくれりゃいいんだがな)

「あぁそういえばそちらもありましたわね、御霊会ごりょうえのほうはどういたしますの。なにか考えておいでで?」


 確かに彼女も彼女でまた別方向の問題事ではある。

 御霊会なる啓術機関、それがどれほどの規模でどんな思想をもっているのか大まかにしかわかっていない。

 敵対せず、だが関わらせずという遠凪の対応からすると割と規模は大きく思想もそれなりと読み取れるが……このまま煙に巻くことができれば最善といったところか。


 なので阿沙賀のなすべきことはひとつ。


(さァ? 遠凪がなんとかするだろ)

「投げやりな上他人任せですの!」

(こちとら全然初心者なんだよ、こういう時は経験者に丸投げが最適なんだ)


 それに御霊会という組織単位では不明でも、リアという個人にはそう悪い感触は抱いていない。


 真っすぐで優しく、真面目で正しく。

 それでいて自分の楽しみにも素直。

 いい奴だと、阿沙賀は思う。


 すくなくとも協力関係を結べそうではあるので、今のうちに仲良くなっておけばなんなら友人になれるかもしれない。


 たとえ彼女に打算の腹積もりがあったのだとしても、それと彼女の善性は矛盾しない。


(まあ要するに腹の立つ相手は殴り倒して気に入った奴とは仲良くする――いつも通りだ、変わりゃしねェよなんにもな)

「そのようですわね。では黙して観覧、期待させていただきますの、わたくしの契約者様」


 不変不動に自我を押し通す、それでこそだとニュギスは深く深く微笑むのだった。

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