19 殴我の


「どうした動きが鈍ってきているぞ減らず口はどこへいった拳が軽くてかゆいだろう貴様はそこまでなのかもっともっとオレと戦えぇ!」

「うるせェ……ボケ……!」


 のべつ幕なし句読点もなしにまくし立てるバルダ=ゴウドは絶好調。

 反して返す阿沙賀の罵倒にキレはなく力もない。


 憔悴。

 五分間に及ぶ鬼との殴り合いは、人間の体力で続くような生易しいものではありえない。精神はすり減り、肉体は悲鳴を上げている。

 並外れた強がりで意地っ張りな阿沙賀でさえ、今はその余裕がない。疲労の色は隠せず、見るからに困憊している。

 

 まして最初に重い一撃を受けていて、その段階で死んでいてもおかしくはなかった。

 致命に近い重傷を負ったまま、それでもバルダ=ゴウドとやり合えていたことこそ驚愕で驚異なのだ。


「っ……ァァ……!」


 だから。

 こうして阿沙賀が膝をつくのは道理である。


 なんの脈絡も兆候もなく、ぷつんと糸が切れたように阿沙賀の身体が活動を停止した。

 指一本動かず、視界は真っ白。呼気は乱れて発汗が止めどない。血の味ばかりが明確で、他のすべてがあまりに遠い。


 精神力で引っ張り、魔力で振り回し、そんな無茶をさせ続けた阿沙賀の身体は遂に限界を迎えていた。

 それは当たり前の結末、どうしようもない運命、目に見えた敗北であった。


「はァ……はァ……」


 これまで怖いもの知らずに突き進んできた。

 どんな敵にも怯まず恐れず知恵と度胸で乗り切ってきた。そういう自負と実績があって、だから次もできると信じていた。

 ――阿沙賀・功刀は悪魔なんぞに敗けやしない。

 その強い確信が薄氷とはいえ勝利をもたらしていたのである。


「はァ……はァ……」


 だが、それもここまで。

 所詮は人間という限界があって、限度がある。天井は低く設定されて突き抜けることなどできない。高きにある悪魔どもの見下ろす視座には届かない。

 どれだけその彼我の差を埋めるべく吠えかかっても無理は無理。崖から飛んでも人に翼ははえない。


 幻想は覚める。

 理不尽なほど当たり前に阿沙賀はここで敗北する。


 だから。


「ちくしょうがよ……」


 ――阿沙賀くん、なにか困ったことがあったら、ちゃんとわたしに……ん、わたしじゃなくてもいいけど、わたしがいいけど……言って。


「わかってるよ、九桜」


 いや、あれはアルルスタの言葉だったか。どっちでもいい。どっちであっても力はもらった。


 ――とにかく、がんばれって思ってるのアタシは。


「あぁ、がんばるさ遊紗」


 もっともっと、がんばるとも。

 こんなところで止まらねェ、止まってたまるか。舐めるなよ。


 ――これではわたくしは魔界に帰らねばなりません。こんなに楽しいのに、こんなに……近づいたのに……。


「そうかよニュギス、そんなにイヤなら仕方がねェ」


 パンツも履かないで泣き言漏らす男なんざ格好悪いよな。

 男なら意地でも格好つけて、泣き所にも笑って見せなきゃいかんだろうが。


 目を瞑る。

 目を開く。


 膝をついても憔悴してても瀕死の体であっても――それでもなお真っすぐ輝く力強い瞳を天へと向ける。

 力の限り、吼える。


「――ニュギィィィィィィィィィィィィス!」

「はいですの」

「契約だ! 力ァ貸せェ!」


 それはこれまで言葉にせずとも約定とせずとも、暗黙のうちに了解されていたこと。


 ひとには見えない顕能を認識できる視覚を与え。

 付与された魔力を蓄積する感覚を伝え。

 人体など一撃で砕くはずの鉄拳に耐えうるだけの加護を授けて。


 だがそれはニュギスの身勝手、明文化された契約などではない。

 なんの縛りもない気まぐれ。吹けば消し飛ぶ儚い夢幻の如き力の貸与。


 それを、阿沙賀は明確に自ら求めて仮契約を本契約という形に押し上げる。


「――いいのですか?」


 刹那よりも短い、まるで止まった時の中。

 縁故を頼りに現実とは異なるなにがしかのどこか知らぬ場所で、ふたりは魂で語り合う。 


「それをすれば貴方は一生、悪魔に憑かれる。

 それをすれば貴方は一生、下着を履けない。

 それはすれば貴方は一生、こちら側から逃れられない」


 ここが最後の分水嶺。

 この決断が今後の阿沙賀の全てを決めつける。

 明白な分岐点であり運命の分かれ目――ニュギスはそれを丁寧に伝えた上で答えを聞きたい。


 ずっと嫌がっていたノーパンライフに身をやつしても、それでも。


「それでもわたくしと本契約を、してしまうのですか?」

「ごちゃごちゃうるせェ――男に二言はねェよ、いいからさっさとやれ、ニュギス!」


 即決。即答。

 迷いなく躊躇いなく阿沙賀は最後通牒レッドラインを踏みつける。

 運命なんざ知ったことか。先のことなんて考えたこともねェ。

 見つめるべき最優先は前後を切り離した今この瞬間だと絶対的に信じている。


 たとえパンツを永遠に失うことになろうとも――!


「おれは……こんなところで敗けてられねェんだ!!」


 迸るのは魂の輝き。

 悪魔を魅せ、人を惹きつけ、世界にしかと胸を張って立ち向かう力。

 ニュギスが求めた、幾ら欲しても決して奪えぬものだった。


 故に。


「――確かに確かに承りましたわ、受領いたしましたの、待ちわびておりましてよ!」


 きっと人界に訪れて最高潮。

 ニュギスは有頂天になって満開の笑顔を咲き誇る。

 こんなに楽しいことはない。こんなに嬉しいことはない。あぁ最高だ、淑女のヴェールを捨て去って声高らかに笑い転げたいほどに!


「もはやわたくしの相手は貴方以外にはありえませんもの。ここまで愉快な舞台を楽しませてくれたおひねりを、そしてこれからの愉悦への期待を込めて――契約いたしましょう、我が!」


 それは出会ってから今に至るまで途切れることなく抱く熱烈なほど強い思い。

 阿沙賀・功刀という、ニュギスがはじめて見た人間に対する不滅の祈り。


 続きを見たい。

 先を知りたい。

 この男の果てを記憶に留めておきたい。


 それは好奇心と呼べる思いなのかもしれない。あるいは執着心、ともすれば恋心、もしかするのなら嗜虐心なのかもしれない。


 それらすべてがごちゃごちゃにない混ぜになってまるで別物となっているのかもしれない。

 陳腐に言葉に表すのならばきっと――心を奪われたのだ。

 なにもかもを欲して奪う恣姫シキと呼ばれた悪魔が、よりにもよって卑き人間などに奪われた。


 ――なんとも痛快ではないか!



 そして時は回り出す。

 世界は動き、バルダ=ゴウドの苛烈な鉄拳が身動きできない阿沙賀に振り下ろされる。

 楽しいいくさがこれで終わってしまう。そんな切ない名残惜しさを抱きつつも、その攻撃には容赦も加減も一片すらありない。

 むしろよく健闘した男への手向けとして、トドメの拳はこれまでで最大の魔力を込めた破滅的な一撃である。


 死が――

 死が――

 阿沙賀に死が――



 ――片手で受け止める。



「なに!?」


 阿沙賀とニュギスが交わした契約内容は以下の通り。


『契約者の要請に応じて契約悪魔は保持する魔力を譲渡する。ただし譲渡する限度は敵対する者の最大魔力量を超過しないこととする』


 この譲渡する最大量の制限にはふたつの意味がある。


 ひとつはニュギスが楽しむため。

 ニュギスは公爵、この人間界における逸脱の悪魔。

 魔力を無際限に渡していてはそれだけで大抵の敵をぶちのめせてしまう。

 それではつまらない。

 阿沙賀は苦難に遭ってこそ、阿沙賀は苦境に足掻いてこそ。

 より一際輝くのだと信ずるがゆえ。


 そしてもうひとつはいくら縁故が結ばれていようとも、ニュギスの大魔力を叩き込まれては身がもたないという至極真っ当な判断である。


 生かさず殺さず、ある意味でとても悪魔らしい契約に、だが阿沙賀は即座に了承した。

 裏も読まず、どころか口頭説明すら途中で遮って、いいから早くと決め打った。


 そんなことはどうでもいい。まどろっこしいぞ、放っておけ。

 そんなことよりなにはともあれ、兎にも角にもようやっと。


「――これで対等だ、歯ァ食いしばれやバルダ=ゴウド!」

「上等!」


 弾かれるようにふたりは跳び退き間合いを広げる。

 この狭い決闘結界ではすぐに壁にぶちあたる。それが背に触れた瞬間に前進する。まったく同時に、互いが互いに殴りかかる。

 吸い込まれるように拳は頬に突き刺さり、見事な相打ちを演じる。


 世界が一瞬静止する。


 ふたりは殴り殴られたままに停止し、拳に頬を歪めながら視線をぶつけ合わせる。譲らない。

 不意に漏れ出るのは火がついたような哄笑。


「ハハ……!」

「はははは――っ!」


 阿沙賀の拳の破壊力がハネ上がっている。

 阿沙賀の身の耐久力がハネ上がっている。

 魔力による身体能力の超強化――バルダ=ゴウドと殴り合えるほどに!


「「ハハハハハハハハハハハハハはははははははははははははははは――ッ!!」」


 呵呵大笑の大絶唱。

 ふたりは笑いながらそのまま拳を連打する。殴打する。とめどない。

 拳撃の嵐、この狭い結界内に無数の打撃が応酬される。激烈にして血みどろの殴り合いであった。


 ここで注目すべきはリーチに劣るはずの阿沙賀であろう。届かない分、阿沙賀のほうが深く踏み込んでいる。彼のほうが、半歩分だけ速いことを意味する。


 阿沙賀はその速度の優位を活かして小回りに。

 バルダ=ゴウドはその怪力を存分に用いて心行くまで。


 殴る。殴り合う。どこまでも。


 戦いと呼ぶにはあまりに幼稚。もはやただのガキの喧嘩に等しい乱雑にして無茶苦茶な暴力の巷。

 精妙さなんて欠片もない。美々しい振る舞いなんか見当たらない。

 ただ全力で拳を固めて敵にぶつける――それだけしかなく、それだけでいいと決めつけている。獣でさえもう少しは考えている。


 獣以下の鬼どもに思考など存在しない。ただひとつの感情が昂ぶって、人も魔も関係なしに魂を燃やす。

 彼らにある感情はこっきりひとつ。


 次は、次なら、次こそは!


「「オメェをぶちのめす――!」」

 

 そう信じて奉じて拳を振るう。何度でも。


 握り拳を緩めれば掴んでいた大事なものまでこぼれてしまう。

 食い縛った歯の噛み合いがズレると熱意が口から漏れてしまう。

 腹に込めた気合いと根性が萎えれば即座に総崩れで敗北してしまう。


 だからこそ前のめり。

 視野狭窄して一切を排して前を向く。

 ただただ敵を打ちのめすことだけを至高とするのである。


    ◇


「あぁ……」


 そのいかにも乱暴で乱雑、暴風雨のダンスをひとり観戦するニュギスはうっとりとした息を吐く。


 阿沙賀はこれほどまでに恐ろしい悪魔と真正面から殴り合って一歩も退かない。

 きっと彼にとって最初から人間だ悪魔だの違いなんて、些細なことだったのだろう。

 だから構わず殴って、笑い合って、対等だった。


 素晴らしい。馬鹿馬鹿しい。とろけそうだ。

 ニュギスはこの至福の観劇をただただ堪能する観客であった。


    ◇


「許さねェ……!」


 甘く微笑む悪魔の一方で、阿沙賀の胸に灯る炎は辛く激しく苦い。

 それの名を無念と悲憤。


 覚悟を決めた。腹を括った。

 もう後悔も後腐れもない。


 ――だがそれでも残る無念がある。


 なにせもうこれで二度とパンツを履けない。一生涯ノーパン野郎の変態という誹りを免れない。

 激しい殴り合いに伴って揺れるあいつは束縛もなく自由に大暴れ。畜生め。


 そう、初恋の日にも親の葬式にも孫に囲まれて老死する時にさえ――阿沙賀はノーパンなのだ。


 なんて悲しい。怒りに震える――悲憤が魂を燃え滾らせる。


「あれもこれも全部オメェのせいだゴラァ!」


 その感情全て拳に乗せてバルダ=ゴウドをぶん殴る。

 八つ当たりである。

 しかしその威力は強烈至極、筋肉の塊にも思えるバルダ=ゴウドの芯にまで響き痛打を与える。


 それすら喜びバルダ=ゴウドは叫ぶ。


「ハハハハ! なにを嘆くなにを怒る!? こんなにも楽しいのだぞ貴様も笑えよ!」

「笑えるかァ! こちとら断腸の思いでパンツ我が身を裂いてンだ、オメェこそ笑ってンじゃねェよ!」


 もはやもうキレ散らかして阿沙賀の思考回路は猛烈に回転、火花を散らしてイカレている。

 高密度にして大量の魔力を一度にぶちこまれたことで酔いに近い状態になっていた。

 そのうえ殴られ過ぎてネジが外れてどこかに消えて――精神がハイで魂がぶっ飛んでいる。


「よォしわかった、人の不幸を笑うようなクソ野郎にはそれがどれだけの非道か理解させてやらァ!」


 天才的な閃き。

 殴られまくって逆に冴えてきてやがる――と阿沙賀は信じ込んでキメ顔でそれを告げる。


「オメェもノーパンにしてやるよォ!」

「なにぃ!?」

「おれが勝ったら特権がもらえンだろうが! そんでオメェへの命令は「阿沙賀・功刀が許すまでパンツを履けない」だァ!!」


 実利も利益もあったものではない。無茶苦茶だ。

 そしてだからこそ最高に笑えるのだと阿沙賀は叫ぶ。


「ははははは! パンツのありがたみを今のうちに噛み締めておけェ! 明日からオメェはノーパンのバルダ=ゴウドだ!」

「ふざけ……!」

「どうしたよ、オメェが笑った末路だぞ、一緒に笑い倒そうぜ存分になァ!」

「オレは貴様のノーパンを笑った覚えなどないわ!」


 渾身。

 ノーパンは流石に嫌なのか、激高とともに放たれたそのバルダ=ゴウドの一撃はこれまでで最も強く雄々しく極まっていた。

 だが。


「言い訳すンなァ!」


 それ以上に激烈凄烈なる阿沙賀の拳が真っ向から打ち返し、打ち飛ばした。

 この戦いではじめてバルダ=ゴウドが押し負けた。それに心底驚き、その巨体が揺らいだ。動揺した。

 

「なっ、なに……!?」

「なに驚いてやがるよ、オメェみてェにへらへら笑いながら殴るようなボケが、覚悟を決めた男の拳に勝てるわけねェだろ」

「かっ、覚悟だと!?」


 ノーパンになる覚悟を、阿沙賀は決めている。その上でニュギスと契約したのだ。

 その覚悟がもたらすパワーをバルダ=ゴウドは舐めている。


 ……ノーパンになる覚悟のもたらすパワーってなんだ?

 考えたら敗けである。

 バルダ=ゴウドはまだ敗けていない。


「馬鹿を抜かすな! 思いが強ければ力も増すとでも言うつもりか!? そんなわけがない、力とは純粋なる物理そのもの!

 魂などで強くなるものかぁ――!!」

「魂じゃ強くねェだァ……?」


 魂だけでは強くない。

 それはバルダ=ゴウドの持論であり、他者に求める強さの単純構造。


 だが、阿沙賀に言わせれば鼻で笑い飛ばせる木っ端な理論に過ぎない。


「ンなわけねェだろ! 魂がねェで肉体が強くなるわけがねェ! 肉に在る魂、魂を宿す肉――両方揃っておれだよ、おれなんだ!

 オメェはおれに敗けるンだよ!」


 ワンセンテンスの内に話がこんがらがって結論が逸れているような気もするが、阿沙賀の面立ちに恥ずるところはない。

 なんにせよ、バルダ=ゴウドの意見などが阿沙賀にわずかたりとて影響を与えることなどないという話。


 自己を確信し、自我を邁進する。

 それが阿沙賀・功刀だと断じて一切譲らない。


 その証明のように趨勢は阿沙賀に傾く。

 拳の応酬が、阿沙賀の一方的なタコ殴りに押し流されていく。


「ぐっ……!」


 それが魂の強さの差によるものなのかはわからない。

 だが単純に魔力量については制約により同程度のはずで、その魔力制御については流石にバルダ=ゴウドに一日の長がある。


 特に身体強化についてバルダ=ゴウドは達人だ。

 保有する顕能がタイマンを強制するだけの、実戦的に役に立たないものであるくせに戦いを好むタチ。だからこそ魔力による自己強化は他の誰より磨いている。

 戦闘の経験値についてもやはり悪魔で長命、歴戦の彼に分があるだろう。


 ではなぜそのバルダ=ゴウドが押されているというのか。

 明らかに阿沙賀が優勢に立ち回っているのはどうしたことか。


 理由は不明。

 力や技術や経験という戦闘に必須の事項、バルダ=ゴウドの信じるもの。

 それらほとんどにおいて勝っていて、なぜ。



 ――なぜバルダ=ゴウドは敗けるのだ!?



「貴様はッ、一体……!?」

「おれは阿沙賀・功刀だ、名乗っただろうが忘れんなボケェ!」

「アサガ・クヌギ!!」


 その名を刻み込むように声とだし、確かに笑って――阿沙賀の鉄拳を顔面に受け入れる。

 あぁそれがきっと、バルダ=ゴウドの知らない魂の輝きとやらのもつ意味で、奇跡で、強さなのだと納得し。


「ふはっ、ハハハ……! アサガ、その名はもう二度と忘れぬさ! 我が幾星霜の闘いの日々に現れた無二の益荒男ますらお、魂を強さに変える比類なき奇人!

 あぁ我が不粋な価値観は粉々に粉砕された――認めよう、オレの敗けだ!」


 その納得をもってバルダ=ゴウドは巨体を倒して敗北を受け入れた。

 この長き殴り合いの喧嘩は、そうして終幕した。


「よっしゃァ! おれの勝ちィ! 勝ち鬨を上げろや、迷亭!」


 やれやれとばかりの苦笑の気配にも気づかず、阿沙賀は拳を掲げて既に勝利のポーズ。

 もはや処置なし、言葉もなし。

 迷亭は珍しく無駄口を一切なしに事務的にそれを告げる。


『大江戸学園七不思議試胆会、第六戦目――勝者は阿沙賀』


「そしてオメェは今日からノーパンのバルダ=ゴウドだァ!!」



    ◇



「…………」


 ――遠くどこかでチャイムが鳴った気がした。


 その音色でもって目が覚めて、阿沙賀は起き上がりまず疑問を抱く。

 どこだここは? ベッドの上? 白い、カーテンで囲われている?


 すぐに思い出す、ここは保健室のベッドである。

 さらに連鎖的に記憶が蘇ってくる。


 あの激闘のあと、毎回のごとく怪我は癒えていつも通りに帰された。

 だが疲労はまるでとれなくて、流石に授業は無理と判断。昼休憩の内に保健室にまで駆け込んだのだ。

 保険医の先生は見ただけで阿沙賀の疲労困憊具合を察してくれたのか、あまり質問もなくベッドを貸し出してくれた。


 そのまま寝落ちして、今起きて。

 ――そして絶望する。

 阿沙賀はカーテンを貫いて届く日の光から逃れるように両手で顔を覆って言葉もない。


 思い出した、全部。

 いらないことまで、しっかりと。

 いや、そもそも忘れていない。忘れるはずもない。

 

「タイムマシンがあったらさっきのおれをぶち殺したい……」


 頼むから全人類はタイムマシンの発明に一致団結してがんばってくれないか。後生だから……!


 正気に戻るとめちゃくちゃ頭の悪い発言と決断に、猛烈な羞恥心と後悔が苛む。

 穴があったら入りたい。ないなら掘るからシャベルを用意してくれ。

 いやもう墓穴は掘ったんですけどね!


 あぁもうなんっつぅ無駄なことを……男のノーパンなど見るに堪えない。

 やらせる側すら罰ゲームの地獄である。どうしてつい先刻の阿沙賀はあれを神の閃きだなどと信仰したのだろう。

 これだから宗教はダメなんだ。信じる者は巣食われるのだ。


「あぁ! これはこれは男性の下着を剥いで喜ぶ我が契約者様ではありませんの、おはようございますですの!」

「トドメを刺しに来るなァ!」


 ――当然、その後迷亭を通してバルダ=ゴウドのノーパン令は解除された。

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