12 大嘘吐きの迷亭先生


 ――そして世界がぐるりと反転した。


「む」

「あら」

「はァ?」


 水中世界は入れ替わるように別世界に転がり込み、水が捌けて空白に投げ出される。

 唐突な浮遊感を一瞬だけ感じたと思えば、すぐに底冷えする急転落に引きずり込まれ――


 気づけば空き教室に座していた。

 着地の感触もなしに、いきなり座っている。


 最前席に阿沙賀とニュギスは並んで座って、真っすぐに教壇を仰いでいる。

 さらにニュギス側の二つ隣にフルネウスが頬杖をついていて、阿沙賀側の隣に遊紗が気を失って座らされていた。


「ここは……なんだよ、教室か?」

「異相の狭間、どこぞの誰か悪魔の領域ですの。強制的に取り込まれてしまいましたの」


「――その通り」


 目の前の教壇に立つ者はいない。

 だが、教卓で座る非常に行儀の悪い学生服姿の女性はいた。

 実に楽しそうに漆黒の瞳を細めて阿沙賀たちを見下ろし、鈴の音のようなぞっとするほど美しい声を発する。名を名乗る。



「僕は迷亭めいてい。「大嘘吐きの迷亭先生」さ」



 先生と号される割にはどうも着飾って纏うは学生服にしか見受けられない。

 しかし思えば見たことのない黒衣の制服だ。うちの学園は男女ともにブレザータイプなのだが、彼女の纏うそれは古風なセーラータイプ。白地の一切ない黒に、赤いリボンがよく映えている。


 真っ黒で真っ暗なさらさらとした長髪を撫でつけ、迷亭と名乗る女は言う。


「はじめまして、になるね。阿沙賀くんにメアベリヒくん」


 その声には聞き覚えがある。

 その態度には既知感がある。


 即座に思い至って阿沙賀は机を叩いて叫ぶ。


「オメェ天の声か!」

「その通り。会話はしても対面ははじめてだから、ふふ、緊張してしまうなぁ。イメージと違って失望されたら怖いじゃないか。どうだい、感想なんかを聞かせてもらえると後学のためになるのだけど」

「くっそ胡散臭い!」


 即答にして断言。

 会う前からあった恐ろしいほどの異物感が、対面して余計に際立って怪奇現象そのものにしか見えやしない。

 美しく麗しい女性の姿をしていても、微塵も情欲が湧かないで不審ばかりが積もっていく。まるで本能が信じるべからずと警告音をひたすら鳴らし続けているような底知れない面妖さ。

 要するに胡散臭いのある。


 迷亭は飄々と。


「いや逆に、逆にだよ? ここまで怪しいと逆に無垢じゃないかい?」

「いや怪しいもんを複数畳みかけてもひとつひとつの怪しさは微塵も軽減されねェからな。まかり間違っても無垢にはならねェよ真っ黒だよ!」

「黒曜石のように美しい君の瞳に夢中? いやぁ照れてしまうねぇ」

「誰もそんなこと言ってねェよ! 嘘というより捏造じゃねェか! 黒の一字だけでよくぞまあそこまで盛りに盛れたな、最新のプリクラよりデコってんじゃねェの!?」

「ふむ、プリクラかい。いいじゃないか一緒に今日という記念すべき日を記録に残そうじゃないか!」

「死んでも御免だね! ひとりで魂吸い出されてろ!」

「悲しいなぁ、僕はこんなにも君たちと親しくしたいと思っているのに」

「うそつけ、オメェはなんも信用できん」


「大嘘吐きの迷亭先生」

 七不思議に曰く「学園の存在しないはずの角部屋には嘘ばかり吐く迷亭先生がいて、先生の話を聞き入っていると教室から出られなくなってしまう」とのこと。


 噂からして嘘吐きで、肩書もまた嘘吐き。シトリーもそのように言っていたことから見て仲間内でも嘘吐き。

 嘘にまみれた一切合切、言葉に信ぴょう性のない女である。


 そんな女がどうしてまた急に顔を出す。


「なんのつもりだ? 連戦でもしようってのか、上等だぜ。裸にひん剥いてオメェの身体中のホクロの数丁寧に数えたろか」

「急にあられもない性癖の開示などしないでください」


 酷く淡々とニュギスは咎めるように言い。

 迷亭は楽しそうに自らの泣きボクロを指でさしながら。


「僕の身体のホクロの数は百八コだよ」

「うそァ」

「嘘だがね。君のノリに合わせた嘘さ、許したまえ」

「けっ」


 苛立った態度で舌打ちする阿沙賀とはさかしま、迷亭はくすくすと楽し気に笑う。

 こうして目の前でからかうことが楽しいと、嗜虐的な笑みは牙剥く獣のようにも見えた。


「そして質問に答えるのなら、僕の手番がやってきたから顔を合わせてもよくなったのさ。だから早速呼ばせてもらったんだ。君たちとはずぅっと会って話をしたかったからね」

「手番って、もしかして七不思議の順番って決まってンのか?」

「そうだよ」



「腐乱死体の校内行脚」

「夜中の乱痴気騒ぎ」

「廊下を泳ぐ人食い鮫」

「大嘘吐きの迷亭先生」

「鏡の向こうの誰か」

「彷徨う人食い鬼」

「血染め桜の狂い咲き」



「この順番で僕たちは君と相対し、そして雌雄を決する」

「はン。じゃあこっちから探し回っても意味はなかったわけか」

「それはわたくしに対する侮辱と受け取っても?」


 前日に七不思議を探しに散策に行くべきではと提言したのはニュギスである。

 それがやはりというか無意味な行為であると断ぜられたのだから、もはやこの試胆会からニュギスへの侮辱ではないか。あとわざわざあげつらう阿沙賀にも可愛らしくも忌々し気に睨む。


 別にその気もない。阿沙賀は肩を竦めて。


「べつに侮辱のつもりもねェよ。けっきょく探しに行けてねェって事実確認だろ」

「もうっ。本当にこの学園は嫌いですの。どうしてこうもわたくしの言い分とズレて外れているのでしょうか、流石のわたくしも腹立ちが抑えられません」

「あっはっは。君たちは面白いなぁ、他の子らが惹かれるのもよくわかるよ」


 阿沙賀とニュギスの言い合いに、迷亭は実に愉快だと微笑む。

 互いにまるで遠慮がなく、包み隠すものがなにもない。

 本音のぶつかり合いだなんて、嘘吐きから見ればなんとも遠く眩いことか。


 なに笑ってやがんだと、阿沙賀とニュギスの敵意の視線が迷亭に絞られる。


「で、じゃあオメェは? 順番回って、顔合わせて、そんでどうする? やんのか、おう?」


 阿沙賀は喧嘩腰で立ち上がり、今すぐの開戦を望むところだと言ってのける。

 つい先ほどまでフルネウスと戦って疲労していないはずがないのに。力も使い切って『命短し恋せよ亡者イドルム・モリ』――魔力も失われているのに。

 それでも真っすぐ貫く瞳に曇りはない。


 迷亭はふっと息を吐いて両手を前に突き出す。御免だと否定を示す。


「あぁ、僕は言っただろう。君のことが大好きだからね、戦いなんかしたくはないよ」

「初耳だな。じゃあどうすんだよ、じゃんけんでもするか?」

「いや、不戦敗で結構」

「……なに?」


 不可解に顔を歪める阿沙賀、そしてニュギスに対して迷亭は花咲くように笑い、歌うようにそれを宣する。



『大江戸学園七不思議試胆会、第四戦目――勝者は阿沙賀』



「…………マジか。うそじゃなく?」


 そのアナウンスは、これまで勝敗を決した際に迷亭が謳っていたそれ。

 この試胆会における終了の合図ではなかったのか。

 はじまったつもりさえなかったのに終わるとはこれいかに。


 悪魔は身勝手という寸評通りに、迷亭は自儘。

 したいようにするし、言いたいことを言う。


「僕は嘘つきだけれど、ひとつの本音もなく嘘はつけないものさ」

「つまり?」

「嘘はつくけど本当のことだって言う。そうじゃないと嘘吐きではないんだ――僕の負けだよ、おめでとう」

「…………」


 まるで信用のない視線にも、迷亭の面の皮の厚さは相当。まるで気にした風もなく微笑みを返してくる。

 阿沙賀もニュギスもどこまでも疑い深い目つきのままに話を進める。


「じゃあ、なんで呼んだ」

「だから会いたかったからさ」

「わたくしに拝謁願いたいのはわかりますけれど、では何用でこんな不躾な呼び出しをなさったのです?」


 会いたかったのはいいが、ではなんのために会いたかったのか。

 迷亭はどこまでも不真面目に嘯くように。


「え? 会いたいことに理由なんているのかい?」

「おれはあってほしいね」

「わたくしもですの」

「うーん?」


 そう言われてしまえば仕方がないなぁ、なんとか考えてみよう。君たちのためにね。

 とでも言いたげな態度が腹立つ。

 誰も頼んでいないのに頼まれてしまったから応えるみたいな言い回しが天才的に上手い。むかつく。


「では忠告というのはどうかな? 僕は君が大好きだからついついお節介にも教えてしまうのさ」

「……なにをだ。ことによっては聞く耳をもってやってもいい」


 情報は有益だ。

 たとえ嘘吐きの口から発されるものであっても、いや、嘘吐きだからこそそれが虚実どちらかであることは確か。


 ――ひとつの本音もなく嘘はつけない。


 まるで無軌道の作り話や妄言を吐き出すのは夢想家か詐欺師の類であって嘘吐きではない。

 必ず真実の表裏であるべきが嘘だから、どこかに真実と接地しているはずだ。判断材料にはなろう。


 未だに行儀悪く教壇に座ったまま、足をぷらぷらと揺らして迷亭は言葉を放る。


「まず、阿沙賀くんが探そうとしていることは徒労に終わるよ」

「ハ。おれの調べたいことがわかるってのか?」

「わかるよ? 僕は迷亭先生だからね」


 ただの名乗りであるのに、そこに宿る自信は絶大だった。

 美々しい人差し指で阿沙賀を指して。


「君は前学園長を七不思議の召喚者と見ているね? 答えをあげちゃうけど、そこは正しいよ」

「!」


 急に答え合わせをされても、一瞬戸惑うのは相手が相手だから。

 迷亭もそれはわかっていて、だからこの場で事実を口にできる相手に水を向ける。


「これくらいは話してもいいことさ。ねぇフルネウスくん」

「…………」

「フルネウスくん? ……あぁ君、いま鼓膜の再生中だったね」


 では、と。


「――君の耳は聞こえるよ」


 シン、と。

 なにか空間が脈動したような、静寂の中に起伏が発生した。

 それは聴覚的に感知したわけではなく、もっと根源的で深い部分で気づくことのできる微かな違和感。

 まるで迷亭の囁きが現実を浸食し、嘘によって塗り替えてしまったかのような……事実その通りである。


「ん、お? 聞こえる。迷亭の仕業か?」


 あまりよく聞こえずぼうっとしていたフルネウスは、急に聞こえるようになって驚く。

 迷亭は存分に恩着せがましく。


「うん。その通り、僕のお陰さ。だけどお礼はいいよ、僕と君の仲じゃないか。暇そうな君を仲間にいれてあげた優しさにどうしてもと言うならいつでもお礼の受け入れ準備はできているけどね?」

「ハナからする気もねぇけど、どうせ一時的なんだろ? ……で、なんだよ、アサガと話してるようだったが」

「そうなんだ、聞いてくれよフルネウスくん――」

「待て待て待て」


 気にせず話をもとに戻そうとする迷亭に待ったをかけるのは阿沙賀。

 今見逃せない事象が発生したのだけど、そこには言及しないつもりかと疑義を投げる。


「オメェいまなにした?」

「説明の途中で説明を挟むなんてテンポが悪くなってしまうじゃないか」

「うるせェいいから説明しろ。気になって仕方ねェだろ」

「だいたいの予測はついているだろうに。まあいいさ、君にそんなに強く求められると断れない愚かな女だからね、僕は」

「気持ち悪い……」


 率直に本音が漏れ出てしまう。

 なんだろうこのずけずけとした図々しさは。まるで親しくないのに旧来から友であったとでも言いたげな態度は、阿沙賀をして気持ち悪いと思わせる。


 先の遊紗の馴れ馴れしさにも似て、だが大きく異なる。

 遊紗はあれで一線をしっかりと見定めていたように思う。こちらが困っていないとわかって、それの範囲でできるだけ接近するという割と賢い立ち回り。

 だがこいつは、こちらが嫌悪してるとよりすり寄って来る。そのくせこちらから気になって歩み寄れば一歩引く。迷惑千万ながら、やはり狡猾な立ち回りではある。

 なるほど心を弄ぶ悪魔らしいと言えばそうなのかもしれないが、それにしても妙に阿沙賀にしな垂れかかってくる。


 小さく疑問を抱くも、それよりも大きな問いのほうの答えが優先される。

 迷亭は自らを手のひらで示して言う。


「僕の顕能は『嘘吐きと呼ばれた女アリスアクレタ』というんだけどね、それの能力は嘘を信じさせる力なのさ」

「あ? 洗脳的な?」

「それは聞こえが悪いなぁ。ちょっとしたイタズラみたいな可愛らしい力なのに」

「いや聞こえない耳が聞こえるようになるって、それだいぶ影響力強ェじゃねェか」


 嘘を信じさせる――それは相手の認識を操作するということ。

 それはわかるが、停止した機能を再生させるというのは範疇を超えていないか。

 思い込みで実際のポテンシャルが上昇するという話も聞くが、それすら飛び越えている。

 嘘を基点として他者を自在に操っていないか?


「そんなことはないさ。ひとつ決定的な欠陥があるからね……嘘はいずれ露見しなければ嘘ではない」

「なんだ、もしかして時間制限があんのか?」

「その通りだよ」


 嘘を吐き、それを一時的に対象に信じこませ、だが必ず露呈する。真実が明るみに出てその姿を取り戻す。

 嘘はバレてこそ嘘であることを完成させる。


「その時間をして三分と言ったところかな。相手によっては時間の増減はあるが、ともかくいつかはバレる。自覚されて解ける。そういう終わりを含めてはじめられるのさ。

 もちろん君は死んでいる、といったような取返しのきかないものはそもそも不可能で、まったく万能とは程遠いつまらない顕能さ」

「……」


 阿沙賀はすこし不服そうに唇を歪める。

 その顕能の存在と迷亭の役割からして考えられる、のちのちの面倒を思う。


「そいつで学園の奴らの記憶をいじったのか?」

「そうだよ。この試胆会は無関係な者には知られざるべしと契約がなされているからね」

「……でもいつか思い出すのか?」

「いやいや、それは悪魔や召喚士、もしくは君みたいに魂の強い相手にはだよ。鈍感な手合いが嘘を嘘とも気づかず一生を終えるなんて珍しくもないだろう?」

「前言撤回が早すぎだろ」

「ふふ、嘘吐きだからね」


 君の不安は杞憂に過ぎないと言われても、相手が迷亭ではまるで安心できないというジレンマ。

 とはいえここでそこを追求しても意味はなく、嘘だと断じることにも意味はない。結局のところ、阿沙賀は別にそこまで秘匿を重んじてはいないわけで。


 だからぽろりと零した言葉には他意などない。


「オメェ、ピノキオなら鼻の長さが地球一周してそうだな」

「はは。僕がお人形さんのように綺麗だって言いたいのかな? そう褒められると困ってしまうな」


 わざとらしく照れて見せる迷亭に絶望的なほど冷めた視線を送って、すぐに見切りをつける。

 もはやこいつに関わるのがかったるい。これだから悪魔というやつは。


 阿沙賀は横を向いてニュギスの頭越しにその長身を見上げる。


「フルネウス、オメェら七不思議を召喚したのは前学園長であってるか?」

「ん? おぉそうだけど……これ言っていいんだっけ」

「構わないよ。もうほとんどバレているからね。自発的な調査もまた戦いさ」

「まァ、フルネウスの言い分は信じるが」

「わぁ、僕の言葉に対する信用度が綿埃ほど軽いみたいだねぇ」

「綿埃さんに失礼だぞ、オメェは軽いンじゃなくて皆無なんだよ」


 正直、サメの発言だってそこまで信じられるわけでもないが、どうしても比較対象が大嘘吐きで相対的にとても信じやすい。

 とはいえ、フルネウスは嘘など吐けるタチでもないとは阿沙賀の見解。


「そんで、前学園長がなんだよ」

「君はおそらくその学園長の関係者で、かつこの学園に現在在籍しているような生徒もしくは教師はいないかと調べたくて図書室に向かったんじゃないかな?」

「…………」


 沈黙は図星を当てられたが、かといって肯定するのも癪という小さな抵抗である。

 特段に意味はなく迷亭は立て板に水とすらすら話を進める。


「残念ながらその情報は図書館なんかにはないよ。ないし、意味がない。君を代理に立てた、曰く黒幕と呼んでいたかな? その人物に対する情報は検閲をかけている、僕がね」

「オメェかよ」


 まあ、さほど期待していたわけでもない。

 動けるところで動きたかっただけだし、ダメならそれでもよかった。

 ならばこうして探す前に無意味を伝えられたのは手間を省いてくれたとも言えるが、それとは別に自分の考え方の否定をされたようで気分はよくない。


 迷亭は故意か偶発か、付け加えてさらに阿沙賀の神経をひとつ逆なでしてくる。


「君たちは試胆会を真っ直ぐにこなしていれば、それで充分に求める結末に至れるよ。そう変に横道に逸れなくていいさ」

「うそくせェ」


 自発的な行動もなしに求める結末に至れるわけがない。


 ――阿沙賀は常にとばっちりを受ける側だ。

 巻き込まれて放り込まれてまるで大渦の中の藻屑であって、なんとか流れに乗って受け流して生き延びているに過ぎない。

 ここ数日間、ずっとそのようであって――それがなにより気に入らない。


 阿沙賀の人生に勝手に割り込んできたのはそちらだろう。

 悪魔だとか試胆会だとか、なにぞ仰々しい物言いでのさばっておいて、随分と大きな顔をしていやがるが。


 それがなんだ、おれは阿沙賀・功刀だ。


 阿沙賀の人生を決めつけるのは阿沙賀本人であって、周囲のなにぞであっていいはずがない。

 たとえそれが非現実的に巨大な存在であったとしても、そんなものは関係がない。ただ阿沙賀の邪魔をする障害でしかなく、それ以上でも以下でもない。


 自らの意志で、自らのしたいことを好き勝手自在にする。

 その道行きを他者に支配されるなど許せるはずもない。


 だからこそ、こんな舌先三寸の権化みたいな女の言うことなど一顧だにしない。

 なんと言われようとしたいようにする。それは一種の意地で、意固地でしかないのかもしれないが……意地も張れずに男は張れない。


「ふふ」


 自分の意見をすこしも聞き入れる様子のない阿沙賀に、けれど迷亭はやはり楽しそうにころころ笑う。

 そうでなくてはと天邪鬼に思っているし、それでこそと勝手に喝采している。

 面倒で身勝手で、そこは女のサガが如実に表れていて、迷亭という悪魔の本質が垣間見える。


 だがそうした面はすぐに立ち消え、やはりうすら笑いで話を進める。


「さて。僕の忠告はこれくらいにして……試胆会に戻ろうか」


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