アサガニシガ一ノーパン野郎とポンコツ悪魔のとばっちり契約

うさ吉

第一幕 阿沙賀と悪魔と大江戸学園試胆会

1 パンツがねェ!


 我レ思う――人生に理不尽はつきものだ。


 生きていれば多かれ少なかれのとばっちりを食らってしまうもの。

 時には思いもよらないほど大きなとばっちりに命さえ落とすこともあるかもしれない。


 そしてそれは同時に、怒りでもある。


 理不尽に対する怒り。

 とばっちりに対する怒り。


 自業自得なら納得しよう。

 因果応報も理解できるし、恩讐おんしゅうの縁だというのならきっと誰かにとっては道理なのだろう。


 だがそうではないもの。

 誰も彼もが理解不能で納得のできない不条理の折り重なった果ての理不尽には、激怒する他にないではないか。


 理不尽への怒りを忘れるな。

 理不尽への怒りこそが彼を衝き動かす魂の原動力――



    ◇



「――パンツがねェ!」


 朝日眩しく目覚めさわやか。

 小鳥のさえずりが響く心地よい早朝の空気は澄み渡って清々しい。

 誰もが倦怠感と期待感とを抱くべき気持ちのいい一日のはじまりである。


 ……そんな青天に真っ向反する哀切のこめられた絶叫があった。


「パンツがねェ!」


 目が覚めた瞬間にそれに気づいた。

 起き上がるよりも先に困惑と憤怒が湧き上がった。

 部屋の天井に遮られようとも、構わず天に噛みつかんばかりに彼は叫ぶ。


「パンツが、ねェ――!」

 

 ――いやおかしいおかしい、なにかがおかしい。

 どうしてパンツがなくなるのだという。

 昨夜、眠りに落ちるまで下半身にその存在感をアピールしていたはずのパンツがなくなっている!


 パジャマん中で股間がすーすーするんだけど!


 朝起き抜けの異常事態にしては突飛が過ぎる。眠気も相まって正常に思考ができない。

 人生かれこれ十七年、ずっとそこにあったはずのものを急に失って、それは手足の喪失にも遠からず近しい感覚ではないか?

 違う? 違うか……。


 ともあれ掛け布団をどかして起き上がる。

 さっきから眩しい窓をカーテンで半分ほど覆い光量を調節する。

 寮部屋を見渡し――箪笥がひとつ、立てかけてあるちゃぶ台、すみっこのテレビとDVDプレイヤー、脱ぎ捨てられた制服一式――昨夜の状況と変化ないことを把握。


 それから立ち上がって最も重要な確認作業に移る。

 まずは箪笥を漁る。下着から上着、ズボンに靴下まで一緒くたに仕舞い込んだもの。

 そのはずが。


「ない。マジで……ない……。パンツ……朝起きたらパンツがねェ!」


 棚の中にすらパンツがない。

 他の衣類はそっくりそのまま残っているのにパンツだけが全てまるっと一切失われている。

 慌てて洗濯機のほうに走り蓋を開けるもなにもない。


 この部屋中のパンツがなくなっている……!


「…………」


 これはまさか……ドロボウ、とか?

 いや! 男物のパンツ盗むって世も末かよ、意味わかんねェよ。

 この学生寮というボロくて狭くて壁の薄い部屋で眠る家主を素通りして戸棚あさるって、だいぶ困難だろう。その困難乗り越えてやることがパンツ泥棒って怖すぎるよ。

 もし万が一マジにドロボウ案件なのだとすれば、部屋に荒らされた形跡がないことからパンツを狙っての犯行ということになる。それが最も奇妙というか、途轍もなく恐ろしい。


 じゃなくて。

 問題はそこじゃなくて。

 箪笥からなくなってるのは百歩譲って、恐怖を脇に置くとしてだ。


 ――どうやって寝ている間に履いていたパンツがなくなるんだよ!


 しかもハーフパンツは残したままに! そこが最大のミステリーだよ! 寒気がするのは股間の防御が手薄なせいじゃないはずだ!

 誰か名探偵呼んできて!


「おーい、阿沙賀あさがぁ」


 そしてここでお呼びもしない闖入者登場。遠慮もなしにばんばんとドアを叩いて名前を連呼する。

 いや、呼んだのは名探偵であってその対極に位置する隣の部屋の馬鹿ではない。この忙しい珍事態に参入してこないでくれ。


 朝もはよからやって来た馬鹿はドア越しにいう。


「聞いてくれよ、阿沙賀ぁ。昨日の夜に小腹がすいてさぁ、食うもんないかなって探したら運よく菓子パンがあってさぁ。当然食べたんだけど、今朝起きたらびっくりだよ、朝飯に買っておいた菓子パンがねぇの。なんで食べたら減るんだろうな?」

「知るかボケェ!」


 ほら馬鹿だった。

 登場して即座に自らの馬鹿さ加減のアピールに余念がないもんなァ! 哲学っぽく言ったところで賢さの足しにもならねェよ!


 阿沙賀はそれでも最大限丁寧に可能な限りの優しさを込めて叫ぶ。


「今こっちは忙しいんだよ、どっか行け! 遠凪とおなぎ!」

「いやせめてなんか食べるもんちょうだいや」

「なんでおれがオメェに施さにゃならんのだ、コンビニ行ってこい!」

「そんな体力ないんだってばぁ」


 じゃあもう野垂れ死んでおけや! ……とは流石に言えなかった。常識を弁える男なのだ、阿沙賀は。


 がんがんとドアを叩く馬鹿に一向に見つからないパンツ。朝から地獄のような惨状であった。

 混乱に混乱を足して割らずに放置された状況下で頭を悩ませていると、事態はまたさらに面倒な方向に転がる。


 誰にとっても予想外で規則性皆無、なんだかよくわからない――理不尽の如き到来。

 これまで生きてきた正常が、平穏が、音を立てて崩れ落ちていく。


 ――地獄は思いのほか奥深く底深いもの。



「貴方かしら? このわたくしを呼び出した人間は」



「――は?」


 そんなことはありえない。

 一人暮らしのこの室内から自分以外の声と気配が突如として発生するなどありえるはずがない。

 狭い部屋に誰ぞいて気づかないわけがなく、隠れるところはおろか物音ひとつしなかった。そもそも誰もいないことは既に確認済み。


 では背後からする声と気配は一体なんだという。


「…………」


 さっきからおかしなことばかりで辟易だ。

 もう全部忘れて二度寝したい……。

 今日を思い出にして明日を生きていたい……。


 心の底からの願いに蓋をして、覚悟を決めて振り返る。

 そこにおわすは――


「誰だオメェ――!?」


 後光のように朝日を背に在る、それはそれは麗しき少女であった。

 浮世離れした白い肌に豪奢な純白のドレス。日本人離れの銀の長髪でツーサイドアップ、くりくりとした生意気そうなつり目は金色に輝いている。

 顔は小さく目は大きい、瞳孔は細くまつ毛は長い。可憐で素敵で、高くたっとい。

 人類すら超越してそうな美貌の女の子――


「いや、ほんとどなたですかァ!?」

「?」


 マジで見知らぬ他人――もはや恐怖しながらの絶叫じみた問いに、少女は小首をかしげる。

 阿沙賀が意味不明を叫ぶその姿こそが、少女には想定の外であるようだった。

 覗き込むように阿沙賀の瞳を見つめ確認を。


「なにを仰っていますの、供物は貴方から頂戴したはずですのよ?」

「くもつ……」


 耳慣れぬ言葉に腕を組んですこし考える。

 まさかと閃いてハッとした顔になる。


「菓子パンを捧げたのは隣部屋の馬鹿ですが?」

「いえもっと大切なもののはずですの」

「パンツ盗ったのお前かァー!」

「えぇ……わたくしへの供物パン――下着でしたの?」


 そこは普通に落ち込む見知らぬ白い少女。感情表現が素直だ。

 いや落ち込みたいのはこっちである。許されるなら再び毛布を被って二度寝したい。不貞寝したい。


 だが、逃避行動に意味はなく、話は進めなければ現状に進展は起こりえない。

 不明は未だ多く、不服もまた解決していない。というか増え続けている。


 押し寄せる理不尽に、なんだか無性に腹が立ってきた。


 怒りは力を湧き上がらせ、やる気を呼び起こす。

 阿沙賀は腹をくくってこの異常事態の解決に至るべく行動を開始する。


 ――まずはうるさい外の馬鹿。

 台所から食パンを包装紙ごとひっつかんでドアを開ける。

 

「お! 阿沙賀、さっきなんか甲高いソプラノ声が聞こえた気がしたけど女児でも誘拐したのか?」

「うるせェ、犬コロとってこい」


 ぽいとできるだけ遠くに向かって食パンを放り投げる。


「わーい!」


 疑問も忘れて馬鹿は食パンに向かって本当に犬のように飛んで行った。

 よし、これで第一の問題は処理。


 ドアを閉めて鍵もかけてついでにチェーンもしておく。

 そして部屋に戻って手持ち無沙汰そうにする少女のもとへ。


「で、だ」


 指折りすればキリのない問うべき言葉は数あれど、阿沙賀はまず第一声に選ぶべきはこれしかない。


「とりあえずオメェがおれのパンツを盗ったってんなら返せやァ」


 相手が何者であろうともそれだけはまずなによりも優先すべきである。


「ええと……」


 少女のほうにだって言いたいことは幾らもあっただろう。

 けれどこちらの必死さを理解してくれたのか、不思議そうにだが問いに答えをくれる。

 真心こめて残酷な真実が受け渡される。


「供物として頂いたものは返却できませんわよ?」

「なんでェ?」

「そういう契約ですもの」

「契約ってなんだよ」

「……貴方、本当になにも知りませんの?」


 遂には怪訝そうに見つめてくるが、なにを言っているのか理解不能の阿沙賀である。

 彼の視点では朝起きたらパンツが失くなっていた挙句に馬鹿が乞食に来たと思ったら白い少女が現れたという怪奇である。

 夢かな?

 夢ではない。地獄のほうがまだほど近い。でもここは地獄ではないはずだ。


 少女はしばし考えこんだ様子であったが、埒が明かないと判じて一から順番に言葉を選ぶ。


「まず、わたくしは世に言う悪魔でしてよ、魔界からやってきましたの」

「……へェ」

「貴方、わかっておりませんわよね」

「いや別にオメェの種族に興味ねェし。人間じゃないのはもういいけど」


 確かに人外風味な超越感は初見からあったし、美人にも程があるってレベルで造形整ってるしで納得できる。

 むしろ相手が悪魔ならばいるはずのない密室への侵入およびパンツ失踪に非常識ななにがしかの関与が予想され、この状況への理解につながる。 


 問題はそこなのだろうか――問題点が別次元にシフトしたとこの男は気づいているのだろうか。


「そんなことよりパンツだよ、おれのパンツはどうなってンだ」


 まるで気づいていないらしかった。

 あまりにあまりな返答に悪魔の少女は吼える。


「いえ! せめてもうすこし驚きませんの!? もしくは疑いなさいな、なんでそんなにあっけらかんとしていらっしゃるの! この世の常識に対して喧嘩売ってる態度ですのよ、それ!」


 彼女としてはせめて悪魔の実在性についての言及とか、悪魔であることへの疑義を呈して欲しかった。

 それが無知な者との定番で想定していたファーストコンタクトだ。

 だというにこいつ心の底から悪魔云々をどうでもいいこととして処理している。でなくばあんな華麗に話題を切り替えられるものか。


 むしろなにを狼狽えてるんだと、阿沙賀は肩を竦める。


手前テメェの見て感じたものを信じてられねェほど、おれは野暮でも柔でもねェ」

「なる、ほど……?」


 よほど自分というものに信頼を置いているということなのか。

 これまで培ってきた常識や理屈を放ってでも今現在の自己の認識をこそ優先している。

 自ずから我と言い張るが故の自我――阿沙賀の瞳に迷いは見えない。


「そもそも悪魔のくせになに現代人の反応にケチつけてんだよ、意外とこういう反応する奴多いぜ、たぶん」


 阿沙賀はごく適当なことを放言した。何の根拠も理屈もない。

 それに騙される悪魔ではない。


「ふん! おバカね! そんな言葉には騙されませんわ! わたくしは人間界検定極東編においてなんと二級の資格をとった実力者ですの! その程度の読解たやすいく見抜けますわ! 褒めてくださってもいいのですよ!」

「二級ってびみょうだな」

「うぅ……」


 そこは普通に褒めて欲しかった少女である。

 いや、初対面から欲しがられてもと阿沙賀は思う。

 チヤホヤされたい系の女子なのだろうか。


 彼女のポンコツな性格についての言及などどうでもいい。すべきは事の把握である。

 

「そんで悪魔検定受験したことないおれの素人質問なんだが、なんで悪魔がこんなとこにいるんだよ。悪魔なら地獄とか魔界にいろよ」

「だから契約でしてよ。わたくしたち悪魔は人間により召喚され、契約を交わすことで人間界に顕現することができますの。もちろんその契約は双方の同意の上ですの」

「同意した覚えないなァ!」

「だからおかしいと言っていますの。どういうわけなのでして? 確かに契約は成立してこうして縁故は結ばれていますのに」


 本気で不可解そうに、少女は黙りこんでしまう。

 つまり聞いても不明の問いであったらしく、阿沙賀はおろか彼女にとっても不可解な状況であるということ。

 困ったが――ならばと建設的に一旦棚上げ。


「なにはともあれおれとオメェは契約してるんだな? パンツは返ってこないんだな?」

「それは確かですの」

「じゃあちょっとパンツ買ってくるわ。話はそのあとで――」

「あ、それもできませんの。貴方のものになった時点で供物として定められた品は自動的にわたくしに捧げられますもの」

「……は?」


 ……は?


「どーゆーことですか?」

「貴方はもう下着を履けないということですの」

「一生変態じゃーん!」


 衝撃的事態にさらなる衝撃を積み重ねていくな! もうそろそろ泣きそうなんだけど!

 泣くどころか泣き言さえも許されない。


「それにしても貴方も奇特な方ですのね。供物になるのはこびりついた魂の残り香、それは自己の象徴……それが、ふふ……それが下着だなんて……! 可笑しいったらありませんのっ!」

「うるせェ笑うなこっちにゃ切実なんだぞ!」


 これからはじまるめくるめくノーパンライフ!

 押し寄せる絶望、待ち受ける地獄。しかして誰かから見ればお笑い種と来た。

 なんてことだ、お先真っ暗とはこのことか。


 阿沙賀は光ない瞳で天井をしばし眺め、それからゆるゆると俯きながらため息を吐く。


「というか、そもそも契約ってなんだよ。まだなんかおれは失うのか、それともなんかくれンのか?」


 悪魔との契約。

 古今東西、それは尋常ならざるものを授かるようでいて、不吉の前触れ。


 願いを叶える――思わぬ方法、望まぬ結末で。

 力を授ける――力に溺れ、より大きな力に振り回される。


 結末は決まってバッドエンド。

 いついつとて悪魔の狡知に人は食い物にされて嘲笑われる。


 警戒心が湧き上がるのも無理からぬこと……と、悪魔の少女は思うのだが、やはりというかこの男はどうにもあっけらかん。

 というかわかっていないような態度でまるで警戒心が見受けられない。ただ純然たる疑問を抱いて確認をとっているだけ。


 そしてそれは正解だ――悪魔の姫君はとろけるほどに微笑んで首を横に振る。


「そういうものはありませんの」

「理由なき凶行ォ!」


 まだ若気の至りにもそれらしい理由があるだろってくらいに無意味な行為じゃねェか。

 単に大事なものを失って悪魔な少女を召喚しただけって、阿沙賀だけが損をくらった大間抜けではないか。


 食って掛かる阿沙賀を手で制し、悪魔は言う。


「今はまだ白紙なのですわ。貴方がわたくしを大事なものと引き換えに呼んだ。わたくしがそれに応えてあらわれた。そこまでしか記載がなく、これから交渉の上、加筆をしていくことになりますの」


 契約書にしたら随分と空白の多そうな契約である。

 それを加筆していくとは、これから契約を増やしていくということで。

 いや、なんでそんなことするんだよ。

 阿沙賀に目的などなく、というか思いもよらない被害者で、契約書なんて焼いて破棄してしまいたいくらいだ。


 しかし一方少なくとも自ら理解の上、契約を結んだこの少女はなにかあるのだろうか。


「じゃあオメェの目的は? なんでわざわざこんなとこまで来てんだよ」

「わたくし単に人間界に遊びに来たかっただけですの」

「うわァ! 享楽的ィ!」


 悪魔っぽい、実に悪魔の所業っぽいわ!

 そんな個人の悦楽のための阿沙賀のパンツは……!


「じゃあ契約破棄とかできないのか? そうすりゃパンツは返ってくるってことだらァ?」

「それはそうですけれど……そんな簡単に解約できんませんの。ネット会員とは違いましてよ」


 人間検定二級っぽい言い回し来たな。

 どうでもよくて。


「条件とかあんのか」

「そもそもこの契約、おそらくなんらかの手違いがありますの。本来わたくしと契約するはずだった召喚士が別に存在するはずですの」

「はァ? どっかの誰かの契約を手違いでおれと結ンじまったってことか?」

「そうなりますの」

「うそァ」


 なにその巻き込まれ感。

 完全に無関係の第三者なとばっちりじゃんか、おれ。

 そして第三者であるからこそ契約のことなど知り様もない。


「契約を破棄したいのならまずは本来の契約者である召喚士を見つけ出さねばなりませんの。契約破棄の条件は契約を提示した召喚士しか知りませんもの」

「まじか。じゃあその召喚士? とやらの手がかりとか……」

「一切ありませんの」

「暗闇の荒野ァ」


 道を。道を切り開かなきゃ……!

 光の手掛かりさえなき暗澹あんたんに落ち、荒んだ大地に方角さえわからなくっても、立ち止まってはいられない。

 停滞は自己への敗北であるからだ。


 めげない阿沙賀は覚悟を決めて宣する。


「よーしわかった、全て理解した。

 つまり要するにその本当の召喚士とかいうボケを見つけてボコって契約解除すりゃいいってことだな?」

「うーん。まあわたくしとしても下着を延々と捧げられるというのもなんだか気分がよくありませんし、正式な契約者がいるのでしらたそれでも構いませんの」


 言質はとった。

 口約束とはいえ悪魔は契約遵守と相場は決まっている。大丈夫であろうと楽観する。


 阿沙賀は開き直った獰猛な笑顔で手を差し出す。

 

「よし決まりだ、それまで協力関係としよう――おれの名前は阿沙賀アサガ功刀クヌギ。オメェは?」

「わたくしは誇り高き七大魔王が一柱ベイロンの眷属にして六姉妹の末妹、六十六の臣下を束ねる公爵ヘルツォーク、ニュギス・ヌタ・メアベリヒ――恣姫シキニュギスですの!」

「なんて?」


 長い。

 わからん。

 どういう意味?


 少女はふふんと胸を張る。

 貴き姫君として下賎の輩には身に余る栄誉をくれてやると、寛大なる御心でもって許しを与える。


「そうですわね。本来ならわたくしの名を呼ぶなど不敬極まるのですが、特別ですの。ニュギス様と呼ぶことを許してさしあげますの」

「ニュギスな。わかった」

「う……呼び捨て……」

「よろしくニュギス!」


 いや、呼び捨てとかそれは本当に随分と無作法なんだけど……。

 言いたかったがどうにも押しの弱い少女は、先刻までの上位者然とした態度を取りこぼして渋々に阿沙賀の手を取る。


「うぅ……わっ、わかりましたの。よろしくお願いしますわ契約者様」


 そうして。

 なんだかよくわからんけどふたりは固い握手をするのだった。

 いやほんとわかんねェなこれ。


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