第3話 未練の記憶
「で、どうです? 成仏できそうですか?」
「すみません……まだ……」
「謝る必要はありませんよ、ゆっくり成仏できる方法を探していきましょう」
あれから数時間。
俺達はありとあらゆる豪遊を行った。
食事に娯楽、酒に女。
しかし彼はなかなか成仏をしてくれない。
どうやら彼の根本的未練は、豪遊ではないのかもしれないな。
というか、それよりも……。
「ねえコウ! 次はどんな豪遊をするの!? 私次はパンケーキ食べてみたい!」
サナがすっかり豪遊モードに入ってしまった。
本当に彼女はJKなのか?
彼と競馬を行った時なんて、自分じゃ馬券が買えないからって100万渡された時は憤りを超えて恐怖すら覚えるほどだった。
パンケーキで浮かれてJKぶってるがとんでもない。
パンケーキを食わせたら次は何を言い出してくるか……。
「パンケーキの後はねー、あっシャンパンタワーやりたい! ドンペリでシャンパンタワー! どう!?」
どう?……じゃねーよ、この腐れ女子高生!
あぁダメだ早くなんとかしないと……。
「おいサナ、この豪遊は君を遊ばせるための物じゃないんだぞ?」
「分かってるけどさー、でもまだあの人が成仏出来てないなら豪遊は続くよね! じゃあ少しくらい……」
「残念ながら豪遊はもうおしまいだ」
「えっ! なんでよ!? あの人まだ成仏してないよ! まだ豪遊が足りないんじゃないの!?」
こいつ……彼を出汁にしてまだ遊ぼうとしやがってる……。
まあでも、その疑問自体は正しいな。
確かにここまで好きなだけ豪遊させて成仏していないんだ。
普通に考えれば、まだ満足していない、という理由が真っ先に浮かぶだろう。
だがその理由はあり得ない。
何故なら、未練の解決に求められるのは要求への返答であって、幽霊の満足感など意味を成さないからだ。
そうだな、彼で例えてみよう。
彼の未練が仮に豪遊したい、だとする。
そこで俺が未練解決のために黄泉の諭吉を使わせ豪遊させた場合、もうその時点で彼の未練は解決だ。
たとえその豪遊が満足のいかないものだとしても、彼の目的は果たされたため幽体は勝手に成仏を始めるのだ。
まあそもそもで、黄泉の諭吉は使いたい放題のお金。
豪遊が未練の幽霊にそんな物を使わせて満足しなかった例は過去にないので、そもそもで可能性が低いという理由もある。
だがそれでも成仏しない、というケースもある。
例えば彼の未練が、ただ豪遊をしたかった、ではなくギャンブルで豪遊したかった、であればいくらレストランで豪遊したとしても目的は果たされないため意味がない。
だから俺は彼と、人がパッと思いつくような豪遊を今まで行ってきたのだが、その全てが未練の解決につながっていない。
となれば未練は他にある、と考えた方が利口だろう。
「と、まあそんな理由だからもう豪遊は中止だ」
「えー!! やだやだ豪遊したい! 遊びたい! パンケーキたーべーたーいー!」
「……」
「あ、ごめんなさい。真面目にやります」
俺はサナをひと睨みして黙らせる。
もしサナの未練が豪遊ならばいくらでも付き合うのだが、彼と同じ理由でその可能性は無さそうである。
……まあ彼の成仏が終わったら成功報酬としてパンケーキくらいは食わせてやるか。
っと、ふざけてないで続きに戻らなければ。
「ごほん、失礼しました。まあそういう理由があるので、あなたの未練は豪遊では無さそうです」
「そ、そうですか……」
「それで本題ですが……他にないですか? やっておきたい事とかは」
「……分かりません、どうにも記憶が朧げで……」
「そう、ですか……」
成仏に当たっては当たり前だが本人の未練が最も大事だ。
しかし実際は、その未練を探す所でまずは躓いてしまう。
何故なら幽霊は生前の記憶を強く持つ事が出来ないからだ。
実際、彼の記憶には自身の名前が無いせいで、未だあなた呼びから変わらない。
多少であれば保持している事もあるが、基本的にはくだらない記憶も、楽しい記憶も、辛い記憶も、そして名前すらも等しく命と共に消え去ってしまう。
だから幽霊には記憶から未練を探すのではなく、未練そのものを少ない記憶から探してもらわないとダメなんだ。
「ねえコウ、やっぱり私みたいにこの人も未練の記憶が無いんじゃない?」
うっ、やっぱりその質問はくるよな……。
俺が彼の未練探しを待っていると、サナは首を傾げて質問をしてきた。
正直サナにはあまり未練の詳細な説明をしたく無かったが、これもまあタイミングというものなのだろう。
仕方ない、腹を
「……サナの前で言う事ではないんだけど、サナが異例なだけで幽霊であれば絶対に未練の記憶はあるはずなんだ」
「え、どういう事……?」
俺は2人の幽霊の前でゴホンと1つ咳払いをし、説明を始める。
「まあ簡単にいうと、本来人間は死ぬと自動的に魂になって輪廻転生の窓口に運ばれる。だけど未練という足枷がある場合、魂とならずに幽霊となってしまう」
「ふむふむ」
「そしてその足枷、つまり未練というのは記憶の鮮明さは個人差にもよるが、必ず存在する。じゃないと幽体になっている説明がつかないからな」
「た、確かにその通り……だね……」
俺の説明にサナは一言だけ発すると、目を泳がせ黙り込んでしまった。
だがサナは自分が黙り込んだ所為で空気が重くなってしまったと思ったのだろう。
すぐに
「……あ、な、なるほど、だからコウは私に驚いていたんだね。だってすごい矛盾している存在だもんね、参ったなー! あはは!」
サナは俺の説明を自分なりに理解したようだ。
思考自体は冷静なのだろう。
だがサナの放つ言葉は頭の中のそれとは違い対称的だ。
とても早口で、冷静とはかけ離れている。
頭では理解が出来ても、感情という部分では上手くいかないだろう。
誤魔化すための笑顔も苦笑である事が丸わかりだ。
やっぱり説明はするべきではなかっただろうか……。
「でもそれなら私がこの世界で特別って事だもんね! それってチートじゃんチート!」
「……はいはい、そうだなチートだな。ったく、サナが騒ぐから話がそれたじゃないか。とりあえず話を戻すぞ」
「はーい、ごめんなさーい」
俺はなんとか場を誤魔化そうとするサナに合わせて、冗談混じりにサナを叱る。
そんな俺の言動に少し安心したのだろう。
てへっと舌を出して笑う顔は、先程のものよりかは自然なものに変わっていた。
これで少しは落ち着いてくれれば良いのだが……。
っと、サナの件は追々解決するとして……今は彼の成仏が先だな。
「それで、まあサナのような一部特例を除いて基本的に未練の記憶はあるんです。難しいかもですが記憶を遡ってみてください」
「は、はい……うーん……」
彼は必死に記憶を探っているのだろう。
腕を組み、うーん、うーんと唸りながら首をあちこちに回していた。
「どうやら彼の未練は少し薄いようだな……」
「こういう時はどうするの?」
「うーん、そうだな……彼の身辺を調査して未練になりそうな事を推測する……くらいしか無さそうだな……」
「ならコウ、私彼にちょっと疑問点があるの」
「サナ? あ、ちょっ」
俺が彼の記憶探しを気長に待っていると、サナは痺れを切らしたのか、彼の前に立ち質問を始めた。
「あのー、そもそもどうして貧乏だったんですか?」
「えっ、それは……あれ、どうしてでしょう……」
いやどうしてでしょうと言われましても、知らねーよとしか答えられないです。
しかし、確かにひっかかる部分だ。
貧乏なのは問題ない。
大金持ちの方が不思議だし、ある意味普通の事だ。
しかし彼のそれは明らかに異常だ。
その日食うことすらも困る程に貧乏と言っていたっけか。
普通に生活をしていればそこまで追い込まれる事など滅多にないだろう。
であればその滅多にない理由にこそ、未練へのヒントが隠れているのかもしれない。
やるな、サナ。
パンケーキにアイストッピングをする事を許してやろう。
まあ許さなくても勝手にやりそうだけど。
「まずはそこから解決していきましょうよ。ねっ!」
「え、えぇ……そうですね」
「なら決まりね! コウ、調べるためにこの人の自宅に向かいましょ!」
「そうだな、そうしようか」
俺達はサナの提案のもと、幽霊の自宅で色々と探す事にした。
幸い、まだ遺体自体は発見されていない。
だが見つかってしまうのは時間の問題だ。
遺体が見つかってしまえば、遺族によって納骨され部屋にある物は警察が捜査のために回収してしまう。
できる限り急いで調査に当たらなければ。
「では、まずは個人情報の捜索から始めましょう。はい、これを耳につけてください」
俺は2人に現世転生の輪をつけさせ、自身の耳にもつける。
「お、おおぉ……。やっぱり受肉ってへんな感じだなー。なんか体が重いっていうかなんていうか……」
「ほらサナ、遊んでないで情報を探すぞ」
「あ、はーい」
俺達はまず財布と携帯を見つける事にした。
どちらも何かしらの個人情報が見つかりやすいものだ。
とりあえずは彼の名前だな。
名前さえ見つかれば……まあどうにかなるだろう。
「キャァッ!」
「どうしたサナ!?」
「ゴ、ゴキ、ゴキゴキッ!」
「なんだゴキブリか……それくらいで騒ぐなよ、あと大声も出すな。今の俺達は一般人と同じなんだからな」
「そ、そんな事言ったってぇ……」
あ、あぶねぇ……。
周りに人の気配も感じないし、幸い誰にも気づかれてないようだ……。
現世転生の輪は、現世に干渉できる上にやりたい放題しても全て無かった事にできる超便利アイテムだ。
だがそんな便利アイテムには勿論デメリットも存在する。
まずは根本的な部分で現世への干渉だ。
俺達の声は普通に聞こえるし、物音だって立てられる。
つまり今不用意に騒ぎを起こしてしまえば人を集めてしまうのだ。
そしてもう一つ。
なかった事にする方法。
実は現世転生の輪は、何もかもを都合よく無かったことにする様な真似はできない。
無くすのは受肉した対象に関する全ての記憶だけ。
つまり物を動かせば輪を外しても移動したままだし、人を集めてしまえば輪を外しても集めた人が元の場所に戻される事はない。
現世転生の輪は黄泉の諭吉と違って、こういう融通の効かなさが少し使いづらい。
まあとにかくだ。
この部屋に人を集めてしまえば輪を外しても俺達という存在は認知されないが、遺体は認知されてしまう。
そんな事になってしまえば物探しは中断どころか、もう再開する事が出来なくなってしまうだろう。
「いいか、物音は最小限。大声なんてもっての他だ。今後同じような場面には幾つも出くわす。これも練習だと思って耐えてくれ」
「うっ、うううっ……分かりました……」
サナには悪いがこれも修行のうちだ。
厳しい事を言っているのは分かっている。
適材適所という言葉もあるし、物音を立たずにスムーズに捜索を終わらせるにはサナをメンバーから外すのが1番効率的だろう。
しかし今後おそらく長い付き合いになるだろうし、いつまでもメンバーから外すだけの解決策ではダメだ。
また同じような場面になった場合のためにも、今のうちに汚部屋の耐性はつけてもらおう。
「これ終わったらなんかご褒美ちょうだいね……」
さーて、探し物の再開だ。
とりあえず財布は……おっ!見つけた!
「ねぇ、今無視したよね!? ねぇ!」
「おっ、見つけたぞ、えっと免許証……あった!」
はてさてどんな名前なんでしょうか……。
「シミズ キョウヘイ……ね。どうやらあなたの名前はシミズさんだそうです」
俺は本人に免許証を渡す。
シミズさんはその免許証を受け取ると、小さく頷きつぶやいた。
「僕がシミズ……ああ、そうだ。僕はシミズキョウヘイだ……」
「おっと、これは……どうやら推測は必要なさそうだな」
「ん? どゆこと?」
俺は首を傾げるサナに、シミズさんの記憶整理の邪魔にならないよう小声で説明する。
「幽霊に本来記憶は殆どない。それは分かるな?」
「う、うん。さっき説明してくれたし」
「だけどな、実は自分の名前を伝えると鮮明に記憶が蘇る事があるんだ」
「え、でも私自分の名前知ってるけど記憶ないよ?」
「あー、失礼。誰も彼もが自分の名前を知ることで思い出す訳ではないんだ。今回はたまたま上手くいっただけだな」
本人に名前を伝えれば、そこから記憶が蘇る事は結構ある。
しかも断片的ではなく生前並み、もしくは生前以上に思い出す事だってある。
だが記憶を戻すとは何もいい事ばかりではない。
記憶が蘇った結果未練が増えるという事も考えられる。
今回はあまりにもヒントがないために仕方なくこの方法を使ったが、できれば使いたくはない手段ではある。
「どうです? 何か思い出しましたか?」
「そう……ですね。はい、何となくですが……」
「そうですか、そしたらゆっくりでいいので、シミズさんの記憶を教えてください」
「……はい、僕は……」
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