ロサと頭のない城

彁はるこ

【地下】  薔薇のゴミ捨て場

「その頭には慣れたかしら?」

「いまつけたばかりだよ」


 慣れるわけないじゃない。と、少女は今し方自分の頭部になった薔薇を触りながらぼやいた。


「頭と記憶を取り返したいんでしょ? 慣れた慣れないなんて文句をお言いでないわよ。早く首刈り女王の元へ向かうのね」

「分かってるけど……」


 頭の無い猫に急かされて、少女はひび割れた冷たい床から立ち上がる。

 身に付けるエプロンドレスはボロボロだ。そこかしこに群生する巨大な薔薇の太い棘で切ったのか、記憶を失う前になにかがあったのか分からない。

 少女は頭とともに記憶を失っていた。


「どうしてこんなことになったのかなあ」

「それを思い出すために頭を取り返すんでしょ」

「その通りだけど、そうじゃなくて」

「ならアンタは何のために何をするのよ?」

「……もういい」


 少女は薔薇の頭でそっぽを向く。

 頭とともに記憶を失った少女に代わりの頭として薔薇の花を持ってきてくれたのはこの頭のない黒猫なのだが、猫の態度は少女となかなかに噛み合わない。

 そもそもなぜ頭がないのに猫は声を出せているのか疑問に思ったが、口のない薔薇の頭で喋る自分が言えたことではないと少女は疑問を飲み込んだ。


「首刈り女王に頭を返してもらわなきゃ」


 少女は歩き出す。

 四方八方が石で出来た薄暗く冷徹なここは猫曰くゴミ捨て場。

 けれども巨大なツタ薔薇が這う石造りの地下は、不気味ではあるが美しさも感じられてゴミ捨て場とは信じられない。


「女王は最上階の薔薇園でお茶会を開いてるわ。ずっとずーっとね。長々とお茶会を続けるためにはたくさんの頭が必要なのよ」

「頭を変えたって紅茶の味は変わらないよ」

「そうでもないわ。みんな少なからず好き嫌いはあるものでしょ?」

「迷惑な話」


 黒猫は少女についてきた。

 一人と一匹は赤い花弁の絨毯を進む。

 一本道のため迷いようがない。左右には檻があり、ゴミ捨て場よりも牢獄に見えた。

 でも誰もいない。

 いるのは赤薔薇と、黒猫と少女だけ。


「アンタが紅茶嫌いならすぐに返してもらえるわよ。まあ、使えない頭ならゴミ捨て場に落ちてくるから、ないところを見ると気に入られたか……薔薇に喰われたかしらね」

「喰われた!? 薔薇に!?」


 少女は思わず足を止め、声を荒げる。


「当たり前よ。ここはゴミ捨て場と言ったじゃないの。薔薇は生き物ならなんでも食べるわ。一等掃除が得意な花だもの」

「そ、そんなの知らない」

「アンタは頭と一緒に記憶がないからね」


 黒猫はケタケタと呑気に言う。


「けど、名前までないのは不便ねえ。ここから無事に出られたら名前をつけましょう。無事に出られたら」


 無事にを強調され、少女はない歯を食いしばる。

 小さな手をプルプルと震わせた。


「薔薇は特に小さなお肉が好きよ」

「そういうことは早く言って!」


 途端にこわくなり少女は一目散に走り出す。

 出口がこっちなのかは不明だが、生き物を喰う薔薇に囲まれた状態で大人しくしているなど少女には耐え難かった。


「なにこれ……」


 一本道の端まできて、少女は愕然とした。


「出口がイバラで覆われてる?」


 地下の出入り口は鋭利な茨で隙間なく塞がれていた。


「どうやって出ればいいの?」


 少女は膝から崩れ落ちる。

 目があれば大粒の涙が溢れていたが、薔薇の頭は涙ひとつも浮かべず咲き誇っている。

 少女が出ない涙を流して震えていると「これを使いなさい」と傍らになにかが置かれた。


「オイルランプ?」


 黒猫の長い長い尻尾が持ってきたのはオイルランプ。レトロなそこには火が灯っていて、薄闇を優しく切り裂いている。


「薔薇は火をこわがるわ。これを使って進むといいわ」

「ありがとう猫さん!」


 少女は黒猫にお礼を述べてオイルランプを手に取った。


「これで出られる!」


 少女は大きなオイルランプを手に一歩踏み出す。

 茨のツルが獰猛に少女へと伸びてきた。


「きゃ!」


 茨にオイルランプを弾かれて少女は尻餅をついた。

 壊れなかったが中身のオイルが漏れてしまい、少女は慌ててオイルランプを拾い上げる。


「アンタ……なにをしてるのよ?」

「だ、だってオイルランプを使えって」

「使えと言ったけど、持てとは言っていないわ」

「持たないで、どうやって使うの?」

「頭に使う以外に方法はないじゃない」

「あ、頭……?」

「薔薇を外して、そのオイルランプを頭としてお使いなさい」


 猫の返答に少女は驚愕する。


「手に持ってたらそりゃあ叩き落とそうとするわよ。嫌いなんだから。けど、頭にすれば問題ないわ。薔薇は頭が簡単に取れることは知らないもの」

「私も頭が簡単に取れるなんて知らなかった……」

「アンタは記憶がないから仕方がないわ。そう気に病むんじゃないわよ」


 少女の抱く違和感は記憶がないだけで片付けられる気がしなかったが、ここでもたつくわけにはいかない。


「分かった。頭を、変えればいいんだね……」


 少女は意を決して、薔薇の頭を掴むと上に引っ張った。

 思った以上に呆気なく、簡単に、薔薇頭は取れた。元々薔薇の頭は自分のものではないとはいえ、こんなに簡単に頭にしていたものが外れる感覚には不安を覚えた。


「うっ……」


 そして頭が完全に離れた瞬間、奇異な感覚にも見舞われる。

 目がないのに瞼が落ちてくる気がした。眩暈のような、けれども不快感はない微睡み。

 足元がふらつき、力が抜ける。


「早く頭をつけたほうがいいわよ。自分がなくなってしまうわ」


 ふ、と。

 掠れていた意識が明瞭になる。


「顔は個人を判別する大切なカタチよ。頭を変えるのならすぐに変えないといけないわ」


 いつの間に膝から崩れていた少女に黒猫がオイルランプをつけてくれた。

 薔薇頭同様目のないはずのオイルランプの頭でも視界があり、猫の声も聴こえる。


「あ、ありがとう……」


 口もないのにこうして喋ることもできた。

 眼前の黒猫など頭がないのに周りが見えている様子で、お喋りもできている。


「あなたは頭がなくても平気なの?」

「あら、猫は頭と尻尾が別の生き物だと知らないの? 猫は尻尾があれば頭がなくても問題はないわ」

「そうなんだ……」


 考えても仕方がないと少女は不可思議を受け入れた。

 猫は長い尻尾を自慢げに揺らす。

 猫の尻尾には首輪の代わりなのか大きな赤いリボンが付いていた。


「ほら。火が消える前に進むわよ」

「うん」


 少女は立ち上がると改めて茨に塞がれるそこを見詰める。

 少しこわいが、一歩踏み出した。

 茨の鞭は飛んでこない。

 少女は意を決して前に進んだ。オイルランプが辺りを照らし、周りが見やすくなる。

 茨は明るくなったオイルランプの少女に襲い掛かることもなく、逆に怯えるように壁や天井の隅にズルズルと後退していく。

 階段が見えた。


 ――――これならいける!


 見計らい、少女は走る。

 階段を駆け上がり、少女は薔薇のゴミ捨て場から脱出した。

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