第4話 大和が仲間になった!

 ホットケーキは味もわからぬまま食べ終わった。

 それを見計らったようにコトリと小さな音を鳴らして、卜部さん? は私と碧子様、そして自分用にアイスコーヒーを置いて、向かいに座った。


「えっと、アイス?」

「そう、話長くなりそうだし、びっくりしてこぼしても熱くないしね」


 ニコッと微笑む卜部さん。私は腹をくくった。

「改めまして、私は高山那智と申します。そしてこっちは高山家に代々取り付いている怨霊の碧子様です」

『那智! その紹介酷くない?』

「事実じゃん」

『ううっ……事実だけど……』


 正面に座った卜部さんは片手で口を覆い、くすくすと笑った。

「やばい、面白い。私……もういいね、俺は卜部うらべ 大和やまと。この店のオーナー。よろしくね。二人? 仲いいんだね。こんな関係性初めて見た」


 私は慌てて首を振る。

「誤解です! 仲いいわけない。だって碧子様が私の前に出たの、ほんの一週間前からなんです」

「そうなの? 随分打ち解けて見えるけど?」

『それはわれが那智を赤子の頃から見守っているから……』

「それならば、〈怨霊〉ではなくて〈守護霊〉なんじゃないの?」


 私と碧子様は顔を見合わせて、はあ、とため息をついた。

「碧子様が見守るだけならば〈守護霊〉でしょう。でも実際は碧子様に家ごと呪われている状態なんです。一から説明させていただいてよろしいですか?」

「うん、お願い」


 私は表の看板を〈準備中〉にしてくれた卜部さんに、私そして高山家の現状を全てお話しした。



「両想いになった途端忘れられる呪い……それは……ゴメン、かける言葉も見つからない。そんな深刻な状況だったのに、さっきはからかってしまってごめんね」

 卜部さんは眉を八の字にして謝ってくれた。


「いえ、とんでもない! こんな、突拍子も無い話を聞いてくれて信じてくれただけで、御の字です。現にココに来る前、門前払いされたんです」

「それドコ?」

「なんだったっけ……竹富山神社?」

「ああ、設楽ね……」


 そう言うと、卜部さんは数秒目を閉じた。なぜか碧子様が、ビクッと背筋を伸ばした!

「碧子様、どうしたの?」

 碧子様が卜部さんをチラリと見て、

『な、なんでもない』

 顔を引きつらせた。


「で、話を戻すと碧子様の霊言で、俺のところに来たってこと?」

「はい、碧子様のご存命の時代、卜部家が実力、格ともにトップだったとお聞きして……藁をもすがる思いでして……せめて、何か、実行できるアドバイスでももらえないか、と」


『た、頼む! 我のせいで高山が泣くのを見るのはもう嫌なの! 斗真とうままで泣いたら……我は本当に怨霊になってしまう!』


「斗真?」

「……弟です。まだ大学生。弟には大好きな女の子と結婚して……欲しいんです」

「……そっかあ……」

 卜部さんが顎に手をやり、何やら考える。


「何か打つ手、ありそうですか? お手伝いいただけますか?」

 卜部さんが見える人ってだけで、すごく期待してしまう。両手をぎゅっと握りこんで、祈るように卜部さんを見つめると、彼はふっと表情を緩めた。


「ダメだよ高山 ……いや、なっちゃんって呼んで、言葉も楽にしていいかな? 俺も大和って呼んで。卜部さんって言われるとオヤジと勘違いしちゃうから。で、まず初めに、いかがわしいかもしれない相手に無邪気に自分の事情全て喋っちゃダメだ。俺が呪い払ってやるから100万寄こせって言ったらどーするの?」


「え、……払う」

「もう! ダメだよ!」

 私の迷いない答えに、卜部……大和さんが私をコラっと睨みつける。


「だって、手だてがないもん!」

「碧子様、止めなきゃ! あなたのなっちゃん身ぐるみはがされちゃうよ! 高山家はそもそもお人好しばかりなんでしょ?」

『那智! 財産を使い切ってはいかん……って、われが言える立場にない……。帝の星読みにまで登りつめた卜部の子孫に限って、そんなアコギなことせぬと、信じている』


 私と碧子様に手を合わせられて見つめられ、大和さんは頭をわしわしっとかいた。

「……まあしませんけどね。なっちゃん?」

「はい」

 私は姿勢を正し、言葉を待った。


「俺のとおーい先祖はね、一度、高山に助けられたことがある。君のうちはね、昔っからお人好しで、卜部が敵に嵌められ、一族全員殺されそうになったとき、助けてくれたことがあるんだ。なんの得にもならないのに」

「へー?」

 っていうか、そんな数百年前の話が語り継がれていることが驚きだ。


「だから、俺が出来ることは試してみようと思ってるよ」

「ほ、ホントですか!」

 とおーい我が家のご先祖様! ナイスアシスト!

『恩にきるわ! 卜部!』

 大和さんはニコッと笑った。


「でもね、ちょっと困ったことになる」

「な、何でしょう?」

「俺がなっちゃんの依頼に動くと……ここでの仕事が手薄になるだろ? なっちゃんからは依頼料を受け取るつもりはないし……。でもそれでは俺が食っていけない……固定客も離れちゃう!」

「生活に響きますか? ど、どうしましょう?」

 うちの呪いを解決するために、大和さんに苦労させるわけにはいかない。


「うん、ウチでバイトして?」


 へ? バイト? 思わず口がポカンと開けっぱなしになった。


「なっちゃん、お仕事何?」

「ええと、市内の銀行のカウンター業務です」

「ほら客商売! 一緒一緒!」

 一緒か?


「でもあの、副業不可なんですが……」

「ああ、俺のポケットマネーからのお小遣いってことにするから気にすんな!」

 いやいや、気にしたほうがいいのでは?


「で、でもさすがに仕事帰りに寄るのは遠い……」

「休みだけでいいよ。実際休みの日の方が客足伸びるし。なっちゃんがうちでバイトすればするほど、早く解決するかも?」

「任せてくださいよろしくお願いします!」

 私はもちろん即決し、敬礼ポーズさせていただいた。


「じゃあ、早速、表、掃いてきて?」

 ん? ……今から?

 大和さんはお腹の前の蝶結びを解いて、黒いエプロンを外し、私に手渡した。

 今からなのね……。



 ◇◇◇




『……腐っても従四位下の卜部、金ならたんまり持ってるでしょうに』

「そうでもないですよ?」

『お前は現役の術師だ。その痺れる覇気でわかる。それも陰陽道というよりも……神道に戻った? いやそれともまた異質な何か……ともかくお前ほどの能力者を雇えば、権力者は……金子……今の貨幣であれば、億は出すはずじゃ』

「ふふふ、碧子様、そこまで高くありませんよ」


『金に困っておらんのに、何故那智を縛った?』

「……単純に、嬉しいからですよ。昔なじみの、異形が見えるという同族に会えた。それも我らに恨みも邪な思惑も持たない澄みきったヒト。そりゃあ仲良くなりたいでしょう? 碧子様はご不満ですか? 俺以外にあてがあるのなら、那智とこのまま帰ってもいいですよ?」

『…………』

「……安心してください。先程恩があると言ったのは事実。卜部は血なまぐさい世界に生きていたからこそ、純粋な恩を忘れない。裏切り者には……容赦しませんが」

『…………』


「それに……ここに来てる間は、辛いことを思い出す暇もないでしょうし、腕によりをかけて、栄養たっぷりの賄いで、太らせてみせます。かなり……痩せたんでしょ? なっちゃん」

 大和は眉間にシワを寄せ、窓の外でしゃがみこみちりとりと格闘する那智を見た。


『……高山を、頼む。全て……全て愚かな私が悪いの……』


 碧子の瞳から涙がこぼれ、空気に溶けた。


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