仮眠

三日月てりり

仮眠

 民族衣装を着て観光客相手のSHOWをした後、吸血鬼という職種に戻っては血を吸っていた。吸っていたのは近隣に住む少女で、両親は食料を配給する仕事をしていた。少女は配給する両親を見てその手順を覚えたが、たまたま目撃した烏が鳩の骸を啄んでいる状況に驚愕し、それを見ている最中ずっと配給する動作を繰り返しせずにはいられなくなった。それから少女は衝撃を受けるたびに配給する動作を繰り返し、不憫に思った私は血を吸って彼女の苦しみを増やしてあげた。百年程度あるかもしれない寿命よりずっと長い寿命を与えることでさらに長い長い苦しみを味わわせてやるのだ。ワハハ。

 私は嫌われ者だ。人間にちょっとした意地悪をすると人間は簡単に私を憎んでくる。人間の分際で私を憎もうとするだなんてそれだけで死刑だ。だから私は人間を狩らねばならない。少女は私を見て手順を覚えてくる。私の持った鎌を持ち、人間の首を狩るのだ。人間狩りが繰り返され、私だけ愉快に楽しく、少女は何の感情も無く無言で首を狩る。狩り続けて飽きた私は戯れに国中の少女の血を吸ったり、同族と化した吸血鬼を十字架に磔て日光に当てて溶かすなどした後、川を遡上して源流へと旅をした。山は高く、途中で鮭もついてこれなくなったので、私は諦めて空を飛んだ。翼があるのだからずっと飛べば良かったのだが、そこはそれ、泳ぐ必要が無いときにも泳いでみるという無駄な行為をすることは、最高に贅沢なことなのだ。私は人里離れた奥地に家屋敷を作り、少女の到着を待った。クキキ。

 百年ほど経って、少女は私のところにやってきた。どうやら私は百年も仮眠してしまったようだ。太陽が爆発するまですぐなのだろうな。そうすれば永遠の暗闇になって、我々はより自由に生きられるだろう。今はただただそれが待ち遠しい。少し暗い気持ちになって、冷凍庫から保存した血液を取り出し、温めて溶かして飲み干した。ああ、自由だ。気持ちの良さは漆黒の暗闇から与えられているのだろう。私は少女をチラと見た。もはや電波という言葉では語り尽くせない、メンヘラという分類では収まりのつかない、愉快な無言の冷酷少女だ。手を握る。冷たい。吸血鬼に体温はあるのだろうか。この子に生まれてきた意味はあるのだろうか。私は少女を頭から丸呑みし、胃液で消化されるまで待った。骨まで溶かすには相当な時間が必要だ。百年、二百年、また仮眠してしまった。もうそろそろいいだろう。私は消化し尽くした少女を思い、愉悦に浸った。私は少女の全てを吸収したのだから、一心同体と言える。ケヒヒ。

 数千年経った。人間は相変わらずだ。ある程度は繁殖し、ある程度は人の手の届かぬ自然の驚異によって滅びた。私は怪異そのものであるという当事者として言っておきたいのだが、人は食料だ。馬も同じ。熊も猪も同様だ。食べるに値する価値の無くなった食料は、繁殖させず、種を閉ざし、生命の多様性による滅亡を回避する手立てであることと反しても失わせてしまう。それは正常な人間なら嘆き悲しむようなことではあるが、私は悲嘆が大好きだ。クヒャヒャ。

 ついに人間が滅びた。予見し得ることではあったが、実際に居なくなってみると喜ばしい。私は異常能力によって病気などなんともないし、人の他に幾らでも血を蓄えた動物がいる。私はほんの気まぐれで、人間を悼むことにした。地上に大きな絵を描き、宇宙人に観測させるのだ。もしも彼らが絵に気づいたならば、きっと私にコンタクトしてくるだろう。彼らはきっと地球上の動物とは全く違った血を持ち、希少な味を私にもたらしてくれるだろう。そう考えると私は嬉しくて、ついつい少女のことを思い出してしまう。少女の面影を絵に描こう。僕にとって意味のある最後の人間だった少女。少女の瑕疵は、彼女が人間に生まれついてしまったことだけだったろう。ああ、人間がいなくなって良かった。いなくなって良かった。僕と眷属と血肉袋だけが生き残る世界に、サチアレ。



2021/12/25記+2022/08/25微修正

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仮眠 三日月てりり @teriri

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