僕ら転生族

三日月てりり

僕ら転生族

 かつて野菜として生まれた僕の魂は野菜として転生を繰り返し野菜としての一生を何度も何度も何度もこなして今やっと長寿命体である人間という生物へと転生し純朴でニュートラルな人柄を持った人間となった。

 僕は人間社会が嫌いだ。資本主義で生きていられない、社会主義も情けない。僕が僕の面倒を見られれば良かったのだけど、僕は自分のことなんて満足に出来ない。増してや他の人のことなんて世話してあげる余裕なんかないし、それなのに僕は愚かにも人間に転生してしまった。

 この世界の人間は本当にただの人間で、人間以外の動植物などの頂点に君臨する王者だ。

 僕は王者として他の動物に君臨したい。けれど僕に出来ることは、クンクンと匂いを嗅ぎ、リンスを髪に馴染ませてシャンプーの後の髪を整えてあげることくらい。これが僕のクンリンだ。僕は犬や猫などの匂いを嗅いで髪を洗い上げる仕事を始めた。まだ人間に生まれて4年くらいの僕にはそれだって大変なことだったのだけれど、動物たちからの僕への評価はすこぶる高かった。なでなでと滑らかにするだけなのに不思議なものだ。僕はその生活に満足していた。たとえ自分が産み落とされてすぐ捨てられ奇特な人が拾い育ててくれているのだとしても、僕には彼ら以上に動物たちからの貢物がある。お金では支払えない動物は、そういう風にしてくれるのだ。美味しい海の幸、山の幸、食べたいに決まってるじゃないか。だから僕は常人には知ることのできない美味しさを知っている。それが何という名称で人間界で呼ばれているかなど知らなくても、食べられるものを食べたり、食べられないものを食べなかったり、取捨選択ができるのだ。凄いのだ。偉いのだ。ワッハッハ。

 僕は動物たちからの信頼に留まることなく、人間の健康も見立ててあげることにした。医師免許なんか持ってない。だから医療はしないんだ。僕がしてあげられるのは心のマッサージみたいなものだ。手を触れないマッサージをして、明確な効果がある人は4割ほど。他は僕の手に余る。だけれど僕は祈念や神通力でその人たちのこともなんとなく状態を少し良くしてあげる。僕は5歳になったからこのくらい出来ていい頃合いだろう。

 僕はさらに自分にハイレベルな修行を課した。3歩進んだら、2歩下がるのだ。そうすることで着実な一歩が歩める。歩むと、心が前向きになれるんだ。だから人を応援したり、違う何かを人間に取り入れたり、そうして僕は人々から信頼を得ていった。

 少年期、瑞々しい澄んだ川の水を掛け合って遊んだ。友達が出来たのだ。友達は華奢で、まるで女の子みたいな外見だった。僕たちは川で獲った魚を焼いて食べると、一緒に横になって眠った。気温は暖かく、空には星が満天だった。僕たちは自分の過去を話し合った。彼は言う。

「私たちが生まれてくる前に、どんな生き物に転生するのか決める場が無かったかい? 僕は昔、いろいろな食べ物に転生しては食べられていた記憶があるんだ」

「驚いた、僕もだよ。僕は野菜だった」

「私は肉類。いろいろな動物だったよ」

 僕たちは前世を覚えていたんだ。転生の長い記憶を覚えていた僕らは、運命の出会いだと思い、一緒に暮らすことにした。

 楽しい愉快な暮らしだった。僕たちが笑い合って転げ回って横になったり駆け回ったり。素敵な日々だった。動物や人間の患者さんは少なくなっていた。

「僕たち2人でなんでも出来るだろうね」

「そうだよ、2人でなんでもやってやろう」

 僕たちは14歳になっていた。かけがえのない僕たち2人は、未来に希望をしっかり抱いたまま、その夜に星になった。魚と肉の食べ過ぎだった。ふたりともぽっちゃりしてしまっていたものな。満たされる気持ちは嬉しいものだった。欠けた何かを補填できる気がした。天空の転生殿で僕たちはすぐに再会した。

「見つけた、私は君のことがずっと好きだよ」

「わっ君か、僕だって君のことがずっと好きさ」

 僕たちはまるで違う別々のものに転生するみたいだ。手を離したくない。彼を離さない。僕は彼の手を握ったままもっと違う何かへの転生の扉を開いて駆け入った。

「君!」

 呼びかけられて笑顔を見せて、さらにギュッて手を握って言った。

「僕たちの運命を生きよう!」

「うん!」

 僕たち2人はそれから、なんとも言い難い殿へと転生したり、遊んだり、転生したり、遊んだりして十分に楽しく過ごした。僕達はもう世界の終わりを見届けてしまったのだ。

「抱きしめて」

「うん」

 僕らは宇宙の全てが生命の根源へと還るのを感じた。人と人とが手を携えて生きる世界の思い出を胸に、ビッグバンの到来を待ち望み、宇宙全部の魂が溌剌と活発に動き、何もかもが帰還する時。僕たちは精一杯の楽しさを感じながら、世を見送るのだった。



2021/12/21記+2022/08/25微修正

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